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米国主導の対テロ戦争に反発、穏健派と連携を

 米同時多発テロの後、米国主導で進む対テロ戦争がイスラム世界の反発を招いている。テロ封じ込めのためにはイスラムの理念を重視する穏健な宗教者の働きかけと、人々の協力が必要だ。日本は、そのようなイスラム世界のテロとの戦いを助けつつ、パレスチナ問題など中東・イスラム世界が抱える政治問題の解決に役割を担うことを求められている。(論説委員・長岡昇、中東アフリカ総局長・立野純二、編集委員・川上泰徳)

軍事力の限界──イスラムの理念と法重視、過激派の切り崩しに効果

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オサマ・ビンラディン容疑者の父親が生まれたイエメンのルバート・バエシェン村のハッサン村長(左端)と子どもたち

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ルバート・バエシェン村=いずれも06年12月、長岡写す

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 その村は、垂直にそそり立つ岩山のふもとにあった。れんがを積み重ねた家が岩山にへばりつくように並んでいた。

 イエメン東部、ハドラマウト地方のルバート・バエシェン村。国際テロ組織アルカイダの首領、オサマ・ビンラディン容疑者の父親が生まれ育った村である。

 「農地はなく、日雇いの暮らしだったらしい」とハッサン村長は語る。父親はこの村から石油特需に沸くサウジアラビアに出稼ぎに行き、建設会社を起こして財を成した。ビンラディン容疑者は、五十数人いるとされる子どもの一人である。

 古老によれば、60年代に一族の者が村に戻って水道や道路の整備をしたが、今はだれも残っていない。同容疑者も村に来たことはないという。

 インド洋の交易ルート沿いにあるハドラマウトは、昔から多くの移民を送り出してきた=地図参照。ビンラディン一族のように仕事を求めて、あるいはイスラムの布教のために海を渡った彼らは「ハドラミー」と呼ばれる。

 もっとも多くのハドラミーを抱えるのはインドネシアだ。ジャカルタにある親睦(しんぼく)団体「アラウィー連盟」によると、300万人を上回り、イエメン本国より数が多い。

 02年のバリ島爆弾テロを皮切りに、インドネシアでは大規模なテロが続発した。これらのテロを実行した過激派「ジェマー・イスラミア」の精神的指導者、アブ・バカル・バアシル師もハドラミーである。テロ対策の専門家たちはその人脈に目を向ける。

 だが、過激派に立ち向かう穏健なイスラム指導者の中にも、実は多くのハドラミーがいる。インドネシアのコーラン研究の権威、クライシュ・シハブ氏もその一人だ。

 シハブ氏は「罪のない者を巻き込む無差別テロは、イスラムのいかなる教えに照らしても許されない。彼らは病める者たちだ」と断言する。

 インドネシアの治安当局は、こうした穏健なイスラム指導者と連携してテロ集団の孤立化を図ってきた。同時に、オーストラリアから携帯電話の追跡装置、日本からは警察用の通信機器や交番制度のノウハウなどを提供してもらい、テロ対策に生かしてきた。

 テロ対策調整官のアンシャド・ンバイ氏は「軍事的な手段でテロを封じ込めても、一時的な効果しかない。捕まえて裁判にかけ、彼らが理念の面でも誤っていることを明らかにすることが何よりも大切だ」と語る。

 東南アジアのテロ組織の内情に詳しい「国際危機グループ」のジャカルタ代表、シドニー・ジョーンズ氏も「法的な手続きを踏むことの重要性」を説く。インドネシアでは逮捕者の中から捜査に協力する者を獲得し、過激派の切り崩しに成功しつつあるという。

 なのに、米国の対テロ戦争は、理念や正義を軽視したまま進む。キューバのグアンタナモ収容所で、多くのイスラム教徒を裁判なしで拘束し続け、大義なき戦争でイラクを内戦状態に陥れ、パレスチナ紛争を収拾する努力も怠っている。

 平和を求め、イスラムの正義や理念を実現しようとする勢力を、いかに支えるか。テロとの戦いで日本に求められていることである。

日本の特異な立場──対米同盟国の発言力生かし、政治問題への関与に期待

 ペルシャ湾に臨むバーレーンで先月、英国際戦略研究所主催の中東安全保障会議が開かれた。小池百合子首相補佐官(国家安全保障問題担当)が演説し、北朝鮮とイランの核問題について、ともに「世界の平和と安定に対する脅威」と訴えた。

 演説後、中東系の研究者が質問をした。「核兵器の保有を宣言して核実験を強行した北朝鮮と、核の平和利用を主張して開発途上のイランを同列に扱うことは、妥当だろうか」

 小池氏は応じた。「レベルは違うが、国際社会から非難を受けている点は同じです」

 その質疑は、日本と中東が念頭に描く「国際社会」の違いを映し出した。日本がまず配慮する米欧では、「反米」と「核」が結びつけば等しく脅威とされる。一方、中東では、イランへの対応は微妙に揺れる。

 イランは核兵器保有を目標と宣言したことはない。イスラエルの核武装は黙認する一方でイランの核を指弾する米国の姿勢に、中東では「二重基準」との批判も根強い。

 イランに対しては、強硬派の米国と、対話派の欧州の間でも温度差がある。その中で日本はどんな立場を取るのか――。

 「対米関係の文脈から離れた日本の中東政策はあり得ない」。外務省幹部はそう語る。中東問題をめぐって日本はこれまで米国に追随する補佐役に徹し、巨額の経済支援を続けてきた。

 しかし、中東が日本に寄せる期待は、経済中心から、政治を含む包括支援へと変質しつつある。特に米ブッシュ政権が対話の扉を閉ざす「反米」の国や組織は、日本に「オネスト・ブローカー(正直な仲介者)」の役割を求め始めている。

 レバノンのラフード大統領は昨年夏のイスラエルによる攻撃下で、日本の支援について「もっと顔が見えるようにして欲しい」と語った。シリアのアサド大統領は昨年秋、「日本はその国際的地位に見合うように政治面でも中東和平に関与するよう期待している」と朝日新聞に明言した。

 日本に目を向け始めているのはパレスチナのイスラム組織ハマスも同じだ。昨年1月に自治政府の内閣を握って以来、対外関係の改善を模索しており、「日本は、対話の一歩を踏み出したい重要国だ」と幹部は言う。

 「日本は特異な先進国だ。米国のように民衆の嫌悪の対象ではなく、欧州のように(ユダヤやパレスチナなどとの)歴史のしがらみもない」

 小泉前首相が中東を歴訪した昨年7月、日本政府はイスラエル、パレスチナ、ヨルダンと協調する「平和と繁栄の回廊」構想を発表した。パレスチナの農産物の輸出や交通など広範なインフラ整備をめざす支援策。パレスチナのアッバス議長は先月、議長府での演説で「暴力さえやめば日本の支援が受けられる」と和平を訴えた。

 ハマスも議長府幹部も一致する点がある。「我々は日本が対米協調から逸脱する行動を取ることを望んでいない」。むしろ、「対米同盟国として米政権に直言も出来る日本でいてくれてこそ、対話の価値がある」とハマス幹部は語る。

 日米同盟に基づく戦略の枠組みを維持しつつ、米国とも欧州とも異なる第三極としての中東政策が紡げるのか。それが、中東が日本に投げかけている問いだ。

宗教者の影響力──国内の研究者ら通じ、働きかけのパイプ作れ

 イスラム世界では、政府よりも宗教者のほうが、民衆に影響力を持つ。何らかの問題が生じた場合には、解決のために仲介役として動く。例えば、04年4月にイラクで起きた日本人拉致事件の時は、イスラム宗教者委員会が解放を仲介した。委員会が「占領軍と関係ない民間外国人は解放せよ」と声明を出し、武装勢力が受け入れた。

 当時、イスラムや中東の研究者の勉強会を持っていた経済産業省は電子メールで「解放に向けたアイデア」を求めた。「イスラム宗教者委員会に働きかけてはどうか」という意見が出て、政府の対策本部に上げられた。宗教者委員会は声明を出したのは「独自の判断」という立場だが、当時は現地日本大使館も委員会に接触していた。

 宗教者として平和を探る動きでは、06年8月に世界宗教者平和会議世界大会が京都で開かれた。キリスト教、イスラム教、仏教など約2千人の宗教者が参加。5年ごとの開催だが、01年の米同時多発テロ後に開催地が決まらず、7年ぶりとなった。

 日本での開催は、イスラム教もキリスト教も問題なく集まることが出来るためだ。「宗教や文明が対立する現在の世界で平和を議論する場として日本が占める位置は貴重だ」と、同日本委員会の畠山友利事務総長代行。

 同日本委員会は04年7月にスンニ派の宗教者委員会を含め、シーア派やキリスト教徒など6人の宗教指導者を招いて「イラク問題シンポジウム」を開いた実績もある。

 イスラム世界の宗教権威として強い影響力を持つのが、エジプトのアズハル大学モスクだ。昨年噴き出したデンマークでのイスラムの預言者の風刺画問題などでも発言が注目された。

 日本の外務省は、宗教組織や宗教者との接触について、欧米の政府に比べて消極的だ。しかし、日本の宗教者や研究者の人脈を利用して、普段から働きかけのパイプをつくることは安全保障の上でも重要だ。

 日本にもアズハル大学とのつながりはある。同大学は昨年4月に10世紀の開校以来初の「卒業生世界大会」を開いた。イスラムへの風当たりが強くなる中、アズハルが持つ世界的な人脈を確認する狙いだ。日本から卒業生の徳増公明・日本ムスリム協会会長ら2人が招待された。日本にとって貴重な人脈である。

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