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資源確保のためにも、中東産油国との相互成長を目指せ

 石油・天然ガス資源の確保は、日本のエネルギー安全保障の大前提である。国民に大パニックをもたらした73年のオイル・ショックを再現させないために独自の戦略が求められている。輸入原油の9割を依存する中東産油国は、イラク、パレスチナなど多くの紛争を抱えるイスラム世界に位置する。不安定な地域というリスクを分析しながら、湾岸諸国と相互成長を求めてゆくことが今後の課題だ。(編集委員・定森大治、テヘラン支局長・安東建)

変わる湾岸諸国──石油景気にわく商都 政治リスクも踏まえた展望必要

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 サウジアラビアと並ぶほどの石油を、日本に輸出するアラブ首長国連邦(UAE)。その最大の商都ドバイにいま、超高層ビルがひしめき合っている。「中東の香港」を目指していたのは過去の話だ。周辺諸国を含めれば総額1兆ドルといわれるオイルマネーの波に乗り、いまや押しも押されもせぬ「世界のドバイ」にのし上がった。進出した金融、商社、メーカーなどの日本企業の数は、もうすぐ200社に達する。

 06年11月、ドバイの超高級ホテルで、日本の国際協力銀行(JBIC)が事務所開きを兼ねて、日本から主だった経済界の代表を招き、地域の各界指導者らとのフォーラムを開いた。六つのアラブ産油国グループである湾岸協力会議(GCC)と日本との関係“多様化”がテーマである。参加者200人という、これまでになかった規模だった。

 「石油や天然ガスを中心とした貿易だけでなく、日本固有の企業文化を輸出して、産油国の経済発展に寄与して欲しい」(アルカシミUAE経済相)、「省エネや環境整備などで日本の技術を採り入れれば、GCCと日本の双方が潤うウイン・ウインゲームが成立するはずだ」(アブドルアジズ・サグル湾岸研究センター会長)

 日本側も積極的だった。渡文明・石油連盟会長(新日本石油会長)は、貿易面で日本が7兆円の輸入超過になっていることに触れながら自由貿易協定を通じた関係の重層化を図ることが必要だ、と強調した。そして、「GCCなしにアジアの発展はない」と持ち上げた。

 エネルギーの大消費国である日本と湾岸産油国の関係拡大を象徴するようなフォーラムだったが、終了後の記者会見で、地元記者が質問した。「すべてがバラ色の投資環境のようだが、イラクの混迷やイランの核問題と言った政治的なリスクをどう考えているのか」

 産油国の発展にどこまで協力できるのかという日本の「総合戦略」が見えないことへの、産油国側のいら立ちを反映する発言だった。

 ドバイでは、欧米企業に加え、インド、中国企業などがしのぎを削り、すさまじいビジネスの熱気が立ちこめている。しかし、周辺諸国を見渡せば、イスラムの厳しい戒律が存在し、「開放」を売り物にするドバイは例外でしかない。

 ドバイの企業が06年初め、米東部の港を管理する会社を買収したことで、米本土の安全が脅かされる、との反対運動がわき起こった。9.11テロの実行犯にUAE出身者がいたことなどが理由で、最後は米企業に再譲渡された。米社会のアラブ諸国に対する敵対心が浮き彫りになった。

 73年の第1次オイル・ショック後、官民一体で作られた中東協力センター会長を務める根本二郎・日本郵船名誉会長は言う。「石油の安保だけでは、イスラムとの接点がない。経済と人間開発を車の両輪とするような戦略が必要だ」

 日本が02年、官民協力でサウジに作った自動車技術の短期大学は、地元で大きく評価されている。「脱産油国」を目指す、これらの国々が求めるものに、日本が得意の分野で応じる。それが最善の相互依存の道だろう。

実権を握る王族──異なる統治システム 冠婚葬祭への配慮も不可欠

 経済産業省は06年、エネルギー資源で原油が占める割合を、30年までに40%以下とする目標を打ち出したが、「脱中東」という標語は掲げなかった。民間企業も同じ立場である。現地の商社幹部らは、「欧米ではなく、アジアの市場に熱い視線を向ける湾岸産油国に向かって、脱中東とは、口が裂けても言えない」とうち明ける。

 中東産油国との取引を長年やってきた佐谷信・新日本石油副社長の説明はこうだ。「インドネシアから10万バレル運ぶより、中東から超大型タンカーで30万バレルを運ぶ方が、コストは安い」。となると、当面は中東への9割依存が続くことを前提に、湾岸産油国との関係をどのようなものにするか、という戦略を考えなくてはならない。

 まず、統治のシステムが違うことを十分に考慮すべきだ。欧米型の民主主義は機能しておらず、国王や首長、イランの場合はイスラム教の最高指導者が、国政の最終決定権を握る。閣僚は、湾岸アラブ諸国では王族がほぼ独占し、交代することはめったにない。

 サウジアラビアでは、民間出身の石油相よりも王族の石油次官の方が権限を持ち、UAEを引っ張るアブダビ首長国では、大統領(首長)の兄弟たちが、それぞれの立場で石油政策にからんでいる。王族は政策立案者であり、ビジネスマンでもあるのだ。

 また、湾岸の指導層が重視する冠婚葬祭などの行事に、もっと配慮すべきだろう。アラブ指導者の中でもっとも尊敬を集めた、といわれる故ザイド・アブダビ首長(UAE大統領)が04年に死去したとき、西側諸国は首脳級が駆けつけたが、日本からは川口順子元外相が首相の代理で葬儀に参列し、UAE側を失望させた。

 欧米は、日本と違う付き合い方をしている。戦闘機や戦車など国防産業がからむ武器市場は、湾岸産油国が最大の顧客になった。額が大きいだけに不透明な部分も多い。

 日本は別のかたちで存在感を見せるべきだ、と故首長の外交顧問だったダウード・アルアズディ氏(75)は主張しながら、我が国への期待をコーランの一節から引用した。「だれが周りにいようとも、あなたの誇りを懐にしまっていてはならない」。親日家の同氏は、「UAEにとって、日本は最大の輸出相手国であるだけでなく、近代化のモデル国家だ。人材育成で日本はもっと協力して欲しい」。

 アジア地域に比べ、湾岸諸国との首脳級の交流は、あまりにも頻度が少なすぎる。人間開発を手助けするにしても、アラビア語を自由に操れる人材が足りない。日本経済の生命線であることを考えれば、これらの国々に対する幅広い理解と、多様な相互依存の関係を築く能力を、政府、民間レベルで高めるべきだ。

混迷イラン情勢──激しいエネルギー争奪戦、日本独自の情報網を

 日本が直接、開発にかかわる中東最大級の「日の丸油田」と喧伝(けんでん)されてきた、イラン南部のアザデガン油田開発計画が06年10月、頓挫した。日本政府が、核開発問題でイラン批判を強める米国や欧州諸国との国際協調に強く影響されたためだ。

 この油田が、どれくらいの規模であるかは、いまだにはっきりしない。しかし、戦後の日本が50年代に当時の大型タンカー「日章丸」で中東からの原油を輸入した最初の産油国がイランであり、伝統的な友好関係は、79年のイラン・イスラム革命後も続いている。革命前の産油量は、現在を上回る1日当たり約600万バレルだったことを考慮すると、「日本のエネルギー戦略の本丸の一つ」と石油関係者らがみるのは無理もない。

 石油の輸出量で見ると、日本向けでは第3位であり、イランを完全に見捨てることはできない。イラン最高評議会に属する戦略研究センターのマフムード・バエジ副所長は「日本がいま正しいと思っていても、長期的にはより高くつくものになる」と批判した。

 ラフサンジャニ、ハタミ両大統領時代に長く外務副大臣を務めたバエジ氏は、アザデガン開発契約締結について「先進工業国にエネルギー安全保障が切実な問題となるなか、イランから日本側に与えられた大きな『好意』だった」と明かす。

 イランをめぐるエネルギー争奪戦は、激烈だ。中国はアザデガン近くの油田の開発に動き、欧州、特にフランス系企業が南部の天然ガス田で操業し、アザデガン油田の権益には、ロシアのルクオイルが食指を動かす。

 反米強硬路線をとるイランに対しては、日本はこれまで、欧州諸国と同様に、「建設的関与」という対話路線を重視してきた。しかし、米政府や議会が嫌うような関係をイランとつくれば、日米関係にひびが入りかねない。日本の政府も企業も、そうした不安を抱えつつ、米イラン関係の改善に期待をつなぐしかないのが実情だ。

 保守強硬派が政権を主導するとはいえ、イラン政局は、常に流動的だ。アフガニスタン、イラク情勢をめぐる米国との綱引きも、今後どうなるか予測は難しい。イランと国交を断絶したままの米国に頼るわけにはいかないだろう。日本独自の視点を持ちながら情報ネットワークを広げる必要がある。

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