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イスラム世界が独自モデルを実現するための手助けを

 イスラムはもはや遠い存在ではない。外国から日本に移り住むイスラム教徒(ムスリム)は増え続け、イスラム教に改宗する日本人も珍しくなくなった。日本社会でどう共生していくかが、イスラム世界と揺るぎない関係を築く第一歩だ。互いの「美しき誤解」を乗り越えるために、地域での交流や知的インフラづくりを進め、日本からの発信力を強化したい。(論説委員・隈元信一、外報グループ・野嶋剛、社会グループ・築島稔)

在日ムスリム──国際色豊かな隣人、足元での対話必要

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犠牲祭でメッカに向かって礼拝する信者たち=06年12月31日朝、東京都渋谷区の東京ジャーミイ・トルコ文化センターで、恵原弘太郎撮影

 イスラム暦は年ごとに11日ほど早くなる。「犠牲祭」の初日が大みそかに重なった朝、東京都渋谷区にあるモスク「東京ジャーミイ・トルコ文化センター」は、ゆうに1000人を超えるムスリムでごったがえしていた。

 トルコ政府が建てたモスクだが、インドネシアの人もいればアフリカの人もいる。「30カ国くらいかな。今はモスクも増えて、全国で40カ所以上で犠牲祭をやっている」。パキスタンから日本に移住して30年になる大東文化大講師、A・R・シディキさん(69)の解説だ。

 コンサルタント会社を営むトルコ人、セルダル・バシャラさん(33)は「ここはまるで国連みたい。スンニ派もシーア派もない。イスラム教はもともと寛容な宗教だし、日本社会も親切に受け入れてくれる」と語る。

 円高が進んだ80年代以降、パキスタン、バングラデシュ、イランなどから出稼ぎに来る若者が増え、日本人と結婚し、中古車輸出や食品販売で成功する人も出始めた。90年代には、インドネシアからの研修生、留学生が激増した。日本に住むムスリムは、2000年には7万人余に膨らんだ(桜井啓子『日本のムスリム社会』)。

 どんどん太くなっている関係をもっと生かすべきだ。イラクで武装勢力の人質になった日本人が解放された04年4月、在日ムスリムの団体「イスラミックセンター・ジャパン」(東京都世田谷区)の幹部が、現地の親類を通じて解放に努めたことを思い出したい。日々の交流は、いざという時に力を持つ。

 同センターのサリーム・ハーン副理事長は「困っている人を助けるとか、老人を敬うとか、日本文化にはイスラムの教えによく似たものがいっぱいある。互いに情報が少ないが、知り合えば通じ合える」と言う。

 日本人は彼らをどう見ているのか。東京都立豊島高校の松本高明教諭が東京と神奈川の高校生を対象に、イスラムのイメージを調べたところ、「厳格で戒律が多く不自由」「不寛容で攻撃的」などの回答が目立った。それがイスラムを知る授業を始め、モスクを訪ねたりすると、「身近に感じる」といった感想に変わっていくという。

 まずは知り合い、誤解を解くところから始めるしかない。

 国際交流基金は米同時多発テロ以降、中東地域との対話、相互理解に力を入れている。その一環として東京で毎年開く「アラブ映画祭」は、現地の生活、文化を伝える作品が並ぶ。

 企画に協力したシリア人ジャーナリスト、ナジーブ・エルカシュさん(32)は、ロンドンで映画製作を学び、日本に来て9年になる。「映画監督にイスラム原理主義者は一人もいない。そんなことから知ってもらって、宗教とかではなく、人間として互いにどう支え合えばいいのかを日本の人と一緒に考えていきたい」と言う。

 NHKは04年秋から、テレビの語学講座にアラビア語を加えた。文化や歴史、方言を紹介するコーナーもある。講師を務めるエジプト人のアルモーメン・アブドーラさん(31)はこう語る。「日本人がアラブ世界に抱く既成のイメージから入って、現地情報を立体的に伝えたい。日本からもそういう発信をすべきなのではないか」

 イスラム諸国への発信といえば、英国の綿密な広報文化戦略が有名だ。しかし05年7月、ロンドンで起きた自爆テロの犯人は、英国で暮らすパキスタン系の若者だった。足元での対話が足りなかったと衝撃を呼んだ。

 その翌月、日本各地で国際交流に取り組む人々が集まる「国際交流・協力実践者全国会議」は、国内に住む外国人との交流強化を打ち出した。隣人となった在日ムスリムの声を聞き、知恵や力も借りて、外国人と一緒に暮らす「混住ニッポン」をつくっていく。その先に、地球規模でのイスラム世界との共生の道が開けていくに違いない。

知的インフラ──研究発信ネットワーク作りの加速を

 イスラム世界への関心は、中国や韓国でも高まっている。

 「冷戦後、政府は国家目標としてイスラム諸国との関係強化を進めた」。そう説明するのは中国のイスラム研究の拠点、社会科学院西アジア・アフリカ研究所の張暁東教授だ。

 毎年のように中国の首脳が中東を訪問し、サウジアラビアのアブドラ国王も05年の就任後初の外遊先に中国を選ぶなど、「相思相愛」の関係が続く。

 中国にとって、経済成長で不足する石油の供給地、製品の輸出先といった経済的な理由が優先する。張教授の研究所は20人以上の中東やイスラムの専門家を抱える。昨年末にも、エジプトや湾岸諸国に現地研究者との交流チームを送ったばかりだ。

 韓国では、6年前に出た『イスラム』という本が22万部のベストセラーになった。中心筆者の李熙秀・漢陽大教授は「若い世代に広がる反米意識が、イスラム世界への積極的な興味につながっている」と語る。

 韓国中東学会は昨年11月、ソウルで国際会議を開き、中東や日・中から研究者を招いた。初めて外務省との共催。「国民の関心を反映し、政府も積極的にかかわろうとしている」と、同学会の崔昌模会長は言う。

 さて、日本はどうか。日本中東学会に所属する研究者は700人で、数では中国や韓国の倍以上だ。しかし、中・韓が政治、経済など現代を扱う研究者が多いのに対し、日本は歴史研究が多く、アカデミズムと政府の政策立案の間の連携が弱い。国立の研究センターがないため、研究者が大学や民間の研究所に分散している。

 さらに問題なのが、政府の省庁間の連絡。佐藤次高・早稲田大教授は00年、外務省にできたイスラム研究会に呼ばれて驚いた。「文部省でも、97年からイスラム地域研究プロジェクトをやっている」。そう話したら、外務官僚は誰もそのことを知らなかった。「役所はばらばら。だから、やることも小さくなってしまう」と佐藤教授は嘆く。

 それでも変化は見える。97年からの研究を継承し、ネットワーク型の国際共同研究「イスラーム地域研究」が今年度から始まった。佐藤教授の早大に、東大、京大、上智大、東洋文庫が加わり、それぞれ研究・教育の拠点に育つことをめざす。

 イスラムと一くくりにせず、地域の個性に目を向ける、中東や欧米の研究者も参加し、「当事者」と「他者」の視点を生かす。研究成果は出版やインターネットで日本語、英語、将来はアラビア語やインドネシア語でも発信していく。こうした方向は、今後の日本の知的インフラ戦略の参考になるだろう。

 文部科学省は今年度、「日本の国際貢献に必要な政策的、社会的ニーズ」がある地域研究を助成する制度を始めた。中東研究では一橋大大学院の加藤博教授と東京外国語大大学院の酒井啓子教授がそれぞれ代表を務める研究プロジェクトを選んだ。

 加藤教授は「アジアのなかの中東」というテーマで、元商社マンなど中東駐在経験者に聞き取りをし、欧米経由のイスラム理解ではなく、日本人がイスラム社会と直接かかわった体験談を蓄積する試みも始める。

 酒井教授は研究のほかに、学者やジャーナリストが中東について語り、聴衆と議論する「中東カフェ」を始めた。1回目は昨年末、東京・新宿の居酒屋で開かれた。イスラムをより身近なものとして発信する試みだ。

 この企画に参加しているイラン人研究員、アレズ・ファクレジャハニさんは「私がイスラムの女性だからって、スカーフしないのって聞かれるのは、日本人がチョンマゲじゃないのかって聞かれるようなもの。誤解を解いて、生活面に目を向けてほしい」と言う。

 互いに実像を見て語り合う。研究の場を社会へとつなげる試みが、ようやくスタートラインに着いた感がある。

終わりに──成功支えるパートナーに

 イスラム世界、特に欧米に支配された歴史を持つ中東にとって、日本は長い間、希望の星だった。日露戦争でロシアを破り、第2次世界大戦で米国と戦い、原爆を落とされたが、戦後の復興を達成した。家族のつながりや伝統的な価値を維持しつつ、工業化を成し遂げた理想の成功モデルだった。

 中東・イスラム世界で日本への過大な評価と好意を示され、面はゆい思いをした日本人は少なくないだろう。米国のイラク戦争や占領にイスラム世界が反発する中で、日本が自衛隊を派遣した時、アラブ世界では「なぜ、日本は我々を裏切るのか」という反応が出たのも、その裏返しだ。

 そのような日本への思いを、日本のある外交関係者は「美しき誤解」と言った。01年の米同時多発テロの後、米欧との対立や緊張が強まっているなかで、日本が警戒心を持たれずにイスラム世界とかかわることができるのは大きな利点である。

 日本が独自の立場から、イスラム世界が政治的な安定や経済の発展、テロの克服に向かうことを助けることは、中東に原油の9割を依存している国として重要課題であり、世界に対する貴重な貢献でもある。

 しかし、現実に目を転ずると中東・イスラム世界で日本の存在感は全く不十分だ。逆に鋭い対立の構図の中で、日本の立場は埋もれ、政治的には米国と同一視されつつある。日本でイスラム世界は「分かりにくい」と見られているが、イスラム世界の一般の人々にとっても日本は遠い存在だ。

 エジプト北部で地中海を望むアレクサンドリア図書館長のイスマイル・セラゲッディン氏は、「日本は引っ込み思案の大国だ」と評した。

 同氏は日本政府が03年から始めた「アラブ対話フォーラム」のエジプト側の座長だ。図書館はユネスコの協力で建設され、02年に開館した。06年は大小540の催しがあり、学術、文化の国際的な交流の場となりつつある。しかし、「中国も、インドもくる。だが、日本からの参加はごくわずかだ。独自の価値観やスタイルを持つ日本に参加して欲しい。日本はもっと積極的に世界の舞台に出ていくべきだ」と忠告する。

 日本の存在感が希薄なのは、文化交流に限ったことではない。人脈作りでも経済支援でも、日本のかかわりが、政府対政府の関係が中心になっているためでもある。

 国連開発計画(UNDP)が発表した「アラブ人間開発報告」は、アラブ諸国に人権や自由を軽視する強権体制がはびこり、産業化や開発は遅れている上、文化活動も停滞し、女性の社会進出も不十分と指摘している。政府への働きかけだけでは限界があるのだ。

 逆にイスラムのシステムは政治、社会、経済などを取り込み、政府を超える枠組みとして人々を支えている。政治の失敗が、「真のイスラムが実現されていない」と人々に認識され、イスラム政治組織への支持につながり、一部では過激派が生まれる土壌ともなる。

 イスラム世界には欧州よりも前に世界の文明を先導した誇りがあり、統治や社会契約にも独自の価値観とルールを持つ。イスラムの心を持ちつつ、近代化を目指そうとする、日本での「和魂洋才」に似た心情もある。日本に問われているのは、中東・イスラム世界が、困難を克服し、独自の成功のモデルを実現するのを手助けできるかどうかだ。相互の信頼と理解に基づいて、必要とされるパートナーとして積極的にかかわる態勢づくりと戦略が求められる。(編集委員・川上泰徳)

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