「国力の再設計」選択肢は 影響力ある国であるために
21世紀の日本の国家像とは何か。国際社会でどのような役割を果たす国になるのか――。一つの図を描いてみた。「国力をどう使うか」という座標図である。そこに戦後60年の軌跡を重ね合わせた。さらに、その延長上に今後の道筋をいくつか想定した。そのどれを選ぶべきか。それは国際秩序が大きく揺れるなかで、日本が影響力のある国として生き抜くために、目標と国力をどう再設計するのか、という戦略的選択にほかならない。(編集委員・本田優)
■吉田路線の代償――米の保護下で経済成長、戦略あいまいに
まず戦後60年のこの国の軌跡を、座標上で追ってみよう。
敗戦から再出発した日本は、軍事的にも経済的にも米国に依存する「小国」だった。
当時の国家目標は、経済復興と敗戦国の地位からの脱出。米ソ冷戦という2極構造の中で、吉田茂首相が選んだのが、経済中心、軽武装、日米安保という、いわゆる吉田路線だった。
「米国が作って支える秩序の中で、日本の利益を最大限にしていく」(栗山尚一元駐米大使)という国益中心の「受け身の外交」に徹した。
それは繁栄の面で、驚くべき成功をもたらした。世界の国内総生産(GDP)に占める比率で見ると、80年代には米国についで世界第2位になった。政府の途上国援助(ODA)は、90年代には世界第1位を占めた。
経済力の軸で見る限り、「大国」になった。座標上の「戦後」と「現在」を結ぶ太線の矢印が、その変化の大きさを示している。
しかし、軍事力の軸で見ると、この間の変化はずっと小さい。
戦争体験に裏打ちされた平和主義の考え方が国民に浸透していたからだ。憲法9条に基づく「専守防衛」に徹し、他国を脅かす核兵器や戦力投入能力を持たず、自衛隊の海外派遣も禁じてきた。
だが、その政策は日米同盟による米国の軍事力への依存という選択とワンセットだった。
日本の安全保障のためではあったが、「米国の保護国」(ブレジンスキー元米大統領補佐官)と辛辣(しんらつ)に評されるような影の部分が、国の在りようにつきまとってきた。
吉田路線の代償である。
国際安全保障の世界にも積極的な関与をしなかった。国連の平和維持活動(PKO)には、冷戦が終わるまで、一度も参加していない。
「独りよがりの平和主義」(明石康元国連事務次長)とも言えるものだった。
その路線が、冷戦後の湾岸戦争で挫折した。そして模索が始まった。
国連PKO協力法や特措法を作って、カンボジア、インド洋、イラクなどに自衛隊を派遣した。国際平和協力を自衛隊法の本来任務にした。
しかし、国連によると、PKOへの軍・警察の貢献度は現在、人的にいえば日本は世界第82位で、主要8カ国の中でも最低だ。
「美しい国」(安倍首相)、「普通の国」(小沢民主党代表)と、政治家の言葉は乱舞する。だが、経済力、軍事力、ソフトパワーを、どういう目的でどう使う国になるのか、という長期戦略は依然としてあいまいだ。
そこが今、問われている。
■日本の新たな理念──「戦後の平和主義」を能動的に再定義
日本が戦略的選択に直面しているのは、国際秩序が軋(きし)みつつ揺れ動いているからだ。
「イラク、北朝鮮などで明らかなように、米国一国で問題が解決できる時代ではない。冷戦後に一瞬の一極時代があったが、中国、インドが台頭し、欧州もひとかたまりで動く。多極化はもう政治の現実になった」
国連政府代表部の神余隆博次席大使がそう語る。
「多極の世界」は、米国に過度に依存してきた戦後の日本にとって、不安の絶えない未体験ゾーンだ。日米同盟は外交の手段として極めて利用価値は高いが、冷戦時代のようにオールマイティーではない。
国際情勢を自分の目で見究め、国家像、目標、国力を自分の意思で再設計しなければならない。そういう意味で、戦後初の「自立戦略」が求められているのである。
どんな選択肢があるのか。
選択肢Aは、核を持つ大国路線だ。米国、ロシア、中国、インドがこの分類に入る。すでに覇権を持っているか、将来覇権を求める可能性を秘める国だ。
「日本の軍事大国化」を懸念する声は、この選択をイメージしているのだろう。だが、これは現実的ではない。
日本はこれから人口も相対的経済力も縮むのに、日米同盟を壊し、米中とも敵に回しかねない。核武装に踏み切った瞬間、核燃料は輸入できなくなり、原子力発電もとまる。脆弱(ぜいじゃく)な孤立化路線というほかない。
一方、選択肢Dは、時計の針を逆回転させ、かつての消極的な平和主義に戻ろうという路線だ。グローバル時代の国際安全保障や平和構築から身を遠ざければ、日本の発言力も存在感も薄れるばかりだ。
日本は覇権をめざす大国ではない。もちろん小国でもない。その間に位置するミドルパワーか、もう少し大きいミドルパワー・プラスの国だ。その実力を踏まえて、国際社会の平和と安定のために積極的に役割を担う以外に、国民が誇りを感じる「名誉ある地位」(憲法前文)を築くことは難しいだろう。
選択肢のBとCはそうした路線だが、軍事力の使い方に差がある。英国は湾岸戦争でもイラク戦争でも米国とともに戦闘に参加した。こうした攻撃的役割までも担う路線をBとする。
Cはそこまではしない。しかし、PKOに関しては、警備任務なども含めて、幅広く参加できるようにする。
アフガニスタンのドイツのように国連決議に基づく国際部隊の一員として治安維持任務を行うのは、BとCの中間領域と言えるだろうか。
BとCを区別するうえで重要な指標は、日本の戦争体験に根ざした平和主義の理念に沿うかどうかということだ。
といっても「戦後の平和主義」ではない。それを現代の国際安全保障の世界でも通用する「能動的な平和主義」に再定義する必要がある。
国際法上の正当性を重視し、軍事力の使用に慎重さを保ちつつ、地域紛争の解決に積極的に乗り出す。大国間の緊張緩和と地域の安定にも努める。いわば国際社会の「良き世話人」に徹する戦略だ。
そのためには、過去の軍事力使用の大失敗とその克服という、日本の苦悩の現代史をつまびらかに発信することも不可欠だ。その裏打ちがあってこそ、平和主義に説得力が生まれる。
それができれば、成熟国家・日本の外交に展望も開けてくるのではないか。
■国力の構成要素は「軍事力」「経済力」「ソフトパワー」
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この座標図は日本の国力の質的な変化をとらえるためのものだ。
国力の定義は「国際関係に影響を及ぼすことができる力」とした。これは栗山尚一元駐米大使が退官後に早稲田大学で国際関係論を教えた際に用いた定義である。
その国力を構成する要素については、(1)軍事力(2)経済力(3)ソフトパワー、の3種に分類した。
これはジョセフ・ナイ米ハーバード大学教授の「ソフトパワー」についての著書を参考にした。3要素のうち軍事力と経済力はハードパワーで、強制や報酬により相手にいうことをきかせる力。
ソフトパワーは文化、政治的な価値観、外交政策などにより、魅力でもって相手に自分の望む行動をさせる力だ。
この3種類の力は立体図によって統合的に示される。X軸に経済力、Y軸に軍事力、Z軸にソフトパワーという立体的な座標軸を組めばいい。図の左上部分に「国力(国際関係に影響を及ぼす力)の3要素」と題した小さな座標軸がそれである。
だが、立体図は複雑すぎて理解しにくい。そこで、もっと単純化して見やすくするために、経済力を横軸、軍事力を縦軸とするハードパワーの平面図で、戦後日本の軌跡やこれからの選択肢を考えることにした。
経済力には、国内総生産(GDP)、貿易量、ODA、技術力などさまざまな要素が含まれる。軍事力には、核の有無も含んだ軍備規模や、国際安全保障でどこまで軍事力を使うのかという要素が含まれる。
各軸の目盛りはその大ざっぱな傾向を示すものだ。横軸では中央の原点から右にいくほど経済大国に、左に行くほど他国の支援に依存する開発途上国になることを意味する。
縦軸では、原点から上に行くほどミドルパワー、軍事大国へと変わり、下に行くほど他国の支援に依存する軍事小国になることを意味する。
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