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海外派遣、各国の経験 様々な国情・問題点

 各国はどのような理念に基づいて平和構築に軍隊を派遣しているのか。それぞれに国情があり、論議のあり方や問題点は一様ではない。日本と同じように敗戦、再軍備の道をたどりながら近年、積極的に派遣を進めるドイツ、国連平和維持活動(PKO)への関与を「伝統」とするカナダなどの例をみた。

積極策のドイツ──PKOに重点「能力の限界」懸念も

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アフガニスタン・カブールで、監視業務にあたるドイツ連邦軍の兵士たち=05年4月、ミハエル・カペラー氏撮影

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自爆テロにあい右足を失ったケスナー上級軍曹=能登写す

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海外派遣に備え、訓練を受けるカナダ兵士=オンタリオ州の平和支援訓練センターで(カナダ軍提供)

 ドイツ連邦軍のティノ・ケスナー陸軍上級軍曹(32)は、アフガニスタンで負った大けがのリハビリに励んでいる。

 05年11月、首都カブールを軍用車で走行中、爆弾を積んだ車に体当たりされた。右足が砕けた。仲の良かった同僚は即死、もう1人は両足を切断した。

 好奇心から軍に入った。03年に初めてアフガン行きを命じられ、3度目の派遣でのことだった。担架で帰国。病院で8カ月間つきっきりの恋人と退院翌日に結婚した。結婚式で初めて義足を着けてワルツを踊った。

 02年1月に始まったドイツのアフガン派遣。治安は改善せず駐留に懐疑的な見方もあるが、ケスナー上級軍曹は言う。

 「あの荒廃ぶりを見れば放置できない。世界の行動がいる。もちろん人々の尊敬を得られることが大前提にあるが……」

 「欧州の大国」としてドイツはいま、国外派遣に積極的だ。アフガンやコソボやアフリカ諸国などに約7500人が駐留している。軍の主任務は国土防衛から平和維持活動に移り、25万5000人の陸海空3軍などは2010年をめどに「介入部隊」「安定化部隊」「支援部隊」へと再編が進められている。

 ドイツ(旧西ドイツ)の再軍備は55年、北大西洋条約機構(NATO)枠内で許された。

 冷戦崩壊。91年の湾岸戦争では日本同様に多国籍軍への人的参加をせず、国際社会から批判された。憲法に相当する基本法は、集団安全保障への加入を認める一方で侵略戦争を固く禁じる。世論は長くNATO域外への派兵に慎重だった。

 94年、憲法裁判所は連邦議会の事前承認を条件に域外派兵を認めた。99年、ユーゴスラビア空爆に参加。NATOや欧州連合(EU)、国連の活動範囲内で派兵を積み重ねてきた。昨年9月、レバノンの停戦監視のため戦後初めてイスラエル周辺への派遣に踏み切った。ナチスによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)という「負の過去」との関係で、深刻な論議となった。

 メルケル首相は「ドイツはイスラエルに対する特別な責任がある。派遣は欧州の安全にもつながる」と主張したが、「歴史を無視している」などと与党内でも反対意見が出た。一方で、反戦平和から出発した野党の90年連合・緑の党は「派遣の成功が中東和平プロセスを前進させる」と賛成に回った。

 その後の公共放送ARDの世論調査では「平和目的の海外派兵を進めることは正しいか」との質問に対し57%が「正しい」と答え、「誤り」(39%)とする声を引き離した。戦後の「派兵アレルギー」は薄れている。

 しかし、新たな問題も呼び込んだ。

 派遣能力は限界を超えているとの指摘が強い。兵士の苦情や相談を受け付ける連邦議会の防衛監察機関によれば、陸軍の人手不足は、心身の異常を訴える兵士の増加を招いている。徴兵を拒む若者も少なからずおり、徴兵制度の見直し論議が進む。

 国外派遣による犠牲者は計65人。負傷兵は昨年だけで2000人を超える。国防省はベルリンに慰霊碑の建立を進める。

 ユング国防相は朝日新聞に「我々は『世界の警察』ではない。無制限の派兵はありえず、最近は上限に近い。だが世界が求める援助要員と能力を積極的に準備せねばならないのも現実。国情や国益、国際貢献のあり方を踏まえた論議を常にしている」と語った。(ベルリン=能登智彦)

「伝統国」のカナダ――犠牲増えて 世論の支持離れ

 「NATOの正体」

 こんな題名の風刺マンガが2月下旬、カナダの全国紙に載った。マンガでは、不気味などくろと笑顔のハロウィーンの対照的な二つの顔が並んだ。どくろの両目はカナダとアフガニスタンの国土の形で、ハロウィーンの両目は独と仏、口はイタリアの国土の形で、描かれた。

 カナダは北大西洋条約機構(NATO)主体の国際治安支援部隊(ISAF)に2500人を送る。タリバーンの拠点、カンダハルなど南部に駐留する。比較的安定する北部などの独仏伊と比べ、なぜカナダは過酷な任地なのか。そんな国民の不満を映した内容だった。

 カナダは国連平和維持活動(PKO)の提唱国で、過去61回の国連PKOで最多の50回参加した。カナダ外交の基本は国連重視と国際主義。その象徴がPKOへの関与だ。そんなカナダの「伝統」がいま試練を受けている。

 この5年間にアフガンで命を落としたカナダ兵は45人を数える。アフガン以前のPKOや多国籍軍での死者は120人で、犠牲の規模は突出している。

 カナダではPKOの死者も国内任務での死者も同様に扱う原則だが、国民への心理的影響はある。死者の増加で国民の派遣支持率はじりじりと下がり、昨年末には4割を切った。野党の自由党らも「早期撤退」を掲げ、政権批判を強める。

 カナダ政府も世論対策に懸命だ。現地での活動を国防省ウェブサイトで常時紹介し、オタワの戦争博物館では昨年から政府の全面協力でアフガン企画展を開く。だが、国民の意識を変える決定打にはならない。

 カナダ政府は派遣理由を「アフガンが破綻(はたん)国家に戻れば再びテロリストの巣になり、カナダの脅威にもなる」と国民に説明するが、「遠いアフガンで過大な重責を担うのは隣の同盟国米国への配慮が大きい」(外交筋)との見方が根強いことも不人気の一因とされる。

 ただ、カナダでは世論や議会の反発が必ずしも撤退に直結はしない。制度上、軍や警察の海外派遣は「政府の高度な政治的決定」とされ、政府に強力な権限があるからだ。日本の「PKO5原則」のような縛りはなく、「国連決議か現地国の派遣要請」が唯一の条件だ。

 派遣に際し、国防省、外務省、国際開発庁が協議し、閣議に派遣計画を提出する。閣議を通れば派遣は決定。議会承認は不要で、形式的な議会審議はあるが通常は1日程度で終わる。

 しかし、その強力なPKO政策も国民の強い支持があってこそ。政府は09年までのアフガン駐留を堅持する構えだが、マイク・ハンラハン国防省平和維持局長は「死者のインパクトは大きい。派遣継続の最大の障害は世論だ」と、これ以上の犠牲の増加を警戒している。(野嶋剛)

豪州──自国の安保に 強いこだわり

 オーストラリアの海外派兵を支えるのは「米豪同盟」と「自国の安全保障」への強いこだわりだ。カナダや北欧のように「国連」や「多国間」を基本理念に置く発想はあまりない。

 豪州軍の海外派遣は現時点で8カ所、計約2900人。100人以上の派遣は米国の要請があったイラク(1400人)とアフガン(500人)、それと豪州から地理的に近接する東ティモール(800人)とソロモン諸島(140人)だ。

 シドニーのシンクタンク、ロウリー研究所のクック研究員は「豪州外交は伝統的に孤立主義。海外派兵には『同盟維持のため』などの分かりやすい説明が求められる」と話す。

 一方、アジア・太平洋への派遣は02年のバリ島テロ事件で加速した。約100人の豪州人が死亡し、国防省は05年の国防白書で「地域で強力な安全保障を構築することが必要」と指摘。日本やインドネシア、南太平洋諸国との防衛協力を積極的に拡大している。(野嶋剛)

途上国の関与 急拡大 PKO訓練施設

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 PKO訓練施設の世界の草分け、カナダの「ピアソン平和維持センター」(ノバスコシア州)。真冬の2月下旬、熱帯や亜熱帯の途上国などから来た軍人たちの「開校式」があった。彼らは「上級作戦統合コース」に参加する。世界から装備や練度の異なる兵士が集まるPKOの現場でどう各部隊を統合し、効果的に作戦を展開するか。4週間のコースで学ぶ。

 マリの陸軍中佐(52)は「アフリカは紛争が多い。マリ政府は自国の安全保障のためPKOに熱心で、学んだノウハウは帰国後すぐに部隊に伝授する」と話した。

 冷戦後に多発する紛争は途上国にもひとごとではない。途上国のPKO関与は急速に拡大、要員提供の主役は完全に途上国に移った。

 各国で訓練施設をつくる動きが活発だ。「平和維持活動研修センター国際協会」によると加盟機関は50を超え、アフリカ、中南米、アジアの新設が多い。中国も昨年末に北京に文民警察の訓練センターをつくった。

 途上国兵士が母国よりも多額の手当を得るPKOの「ビジネス化」批判がある。一方、拡大するPKO現場に途上国の人的資源は不可欠だ。ピアソンセンターは講師派遣などで各国の訓練機関などと連携を深め、途上国の能力底上げを最大の活動目標に据える。

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