国際社会に仲間を増やすため、「ソフトパワー」を磨け
国力には、ハードパワー(軍事力、経済力)とソフトパワー(魅力によって望む結果を得る力)がある。米ハーバード大のジョセフ・ナイ教授が言いだした、そんな考え方が改めて注目されている。最強の軍事力を誇る米国は、イラク戦争で泥沼にはまり、経済大国の日本は、国連の常任理事国入りで中国や韓国などの支持を得られなかった。ソフトパワーをどう生かし、国際社会に仲間を増やすか。戦略の練り直しが迫られている。
(論説委員・隈元信一)
■インドネシア好転──「ドラえもん」も橋渡し、深まる対日理解
日本はソフトパワーにつながるものをたくさん持っている。ナイ教授は著書「ソフト・パワー」で、そう指摘する。
何といっても欧米以外で初めて近代化をなしとげつつ、独自の文化を維持できることを示したことだ。「失われた10年」の90年代にも、文化の影響力は高まり、アニメやファッションは「クール(かっこいい)」と人気を集めるようになった。
しかし、「限界もある」と教授。日本は海外を侵略した歴史を清算できていない、と。
この二面性は、英BBCの世論調査にもみられる=図参照。日本は世界に「良い影響」を与えていると評価する国がほとんどなのに、中国と韓国だけ「悪い影響」が突出している。
歴史問題を早く解決し、東アジアに協調関係を築くべきなのは言うまでもない。中国や韓国で反日デモが起き、それが日本の反中・反韓感情を高める。そんな反感の連鎖を断つためにもソフトパワー戦略が必要だ。
儒教や仏教など、中・韓と共有する「価値観」を生かし、信義を基にした「外交政策」で和解の道を切り開く。そうすれば世界での日本のソフトパワーは決定的に高まるに違いない。
先のBBC世論調査で、最も親日的なのはインドネシアだ。意外に思う人が多いだろう。
インドネシアは戦時中、日本に占領された。戦後も74年に田中首相が訪問したジャカルタで学生らの反日暴動が起こった。
対日観はどう変わったのか。朝日新聞と共同研究をしている慶応大の山本信人教授らが現地の新聞報道などからさぐった。
その結果、85年ごろに転機があることがみえてきた。プラザ合意で円高が進み、日本の企業や観光客が増えた。企業は雇用を生み、現地にとけ込んだ。豊かな都市中間層が登場し、高価な日本製品も身近になった。ドラマ「おしん」やアニメ「ドラえもん」が人気を呼んだ。
90年に「ドラえもん」の放送を始めたテレビ局、RCTIのアハマッド編成部長は「今も一番人気。放送をやめたら暴動になるかも」と笑う。日本人の普通の暮らしや優しさがわかり、夢を与えてくれる。それが息の長い人気の秘密だという。
顔の見える関係や共感が「魅力」を生む。無国籍性がうける日本アニメが多い中で、日本文化を映し出すことによって「ドラえもん」はソフトパワーの源泉になったと言っていい。
慶応大の研究からは「自己イメージと他者イメージのズレ」も鮮明になった。自分が思っている姿と、相手の目に映る姿は違う。ズレを認識し、それを埋める努力が必要になる。
それを端的に示すのが、昨年のジャワ島中部地震の報道の違いだ。日本のメディアは日本の支援ぶりを報道したが、現地の新聞などに日本の影は薄い。
「見えるのは、国際社会に埋もれる日本の姿。現地には、最大の援助国がお金を出してくれるのは当然という意識が強い。日本政府の広報も内向きで、諸外国へのインパクトが弱い」。山本教授はそう分析する。
インドネシアの有力紙「コンパス」のスルヨプラトモ編集長は「日本は宣伝が下手だ。何をしているか伝えてくれれば、報道するのに」と残念がる。
発信力もソフトパワーの大事な要素だ。しかしその前に、相手が自分をどう見ているか、何を期待しているかを知らないと、相手の胸に届かない。
「魅力」は、他者に感じとってもらうしかないのである。
 インドネシアでも絶大な人気をほこるドラえもん=ジャカルタで |
 売りに出ている旧日本領事館=トルコ・イスタンブールで、いずれも隈元写す
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■トルコの疑問──旧総領事館売却で波紋、信頼崩壊の危機
親日で知られるトルコの日本研究者らが昨年末、日本にやってきた。イスタンブールの旧日本総領事館が売りに出されたのを知って驚き、歴史的・文化的な価値を訴えに来たのだった。
その建物は、後に首相となる芦田均臨時代理大使が昭和初期に大使館として購入、アンカラに大使館が移った後も総領事館として使われた。オスマン朝末期の様式を伝える木造建築で、文化財に指定されている。
「建築学的に重要なだけでなく、日本との友好、知的交流の舞台。それを売るなんて日本はそんなに貧しくなったの?」。ボアジチ大のセルチュク・エセンベル教授(日本近代史)は、そう疑問を投げかける。
売却は、03年11月にイスタンブールの英国総領事館などが標的になった爆破テロがきっかけだ。日本総領事館は塀もなく道路に面し、テロ対策がとりにくい。そんな理由で、中心街から離れた高層ビルに移った。
移転後に着任した松谷浩尚総領事は、旧館に勤務した経験もあるトルコ通だ。「文化交流の拠点として使ってくれる人を探したい」と言う。だが、買い手はまだ見つかっていない。
旧総領事館の近くには各国の公館が並び、文化度を競うかのような空間だ。独領事館には、考古学研究所がある。仏領事館の文化センターでは、トルコの美術家の展覧会をやっていた。
日本の不在感が際だつ。そう思って歩いていると、「日本文化情報センター」があった。日本留学から帰ったムハレム・デミルジ所長が私費で建てた。日本語・トルコ語辞典の出版や、日本語講座を開いている。
デミルジさんは言う。「旧総領事館は、日本の国際交流基金が文化センターに使えばいい。うちは看板をおろして蔵書を寄贈するとか、協力したい」
ソフトパワーを築き上げるのには歳月と手間がかかるが、壊れる時は一瞬だ。歴史的・文化的価値を軽んじても壊れるし、小泉前首相の靖国神社参拝や政治家の失言など、国際社会の信を失う言動でも大きく傷つく。
だからこそ、ソフトパワーを強めるにはまず、せっかく築いた資産を壊さないことに気を配る必要がある。
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ソフトパワー
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その源泉をナイ教授は三つあげる。他国の人々が魅力を感じる「文化」。国内外でそれに恥じない行動をとる「政治的な価値観」。正当で敬意を払われる「外交政策」。
これらはあくまで「源泉」であって、望む結果を生まないこともある。例えばイスラム世界では、ハリウッド映画が反米につながることさえある。どう受け取られるかによって、良くも悪くも変化するのが特徴と言えよう。相手との関係が大切なのだ。
一方、文化や価値観を政治に使うことを警戒する声もある。「国際的に正当性のない軍事力の行使を巧妙に合理化する手段」(小倉和夫・国際交流基金理事長)に利用される危険があるからだ。
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