ここから本文エリア 現在位置:asahi.com > 提言 日本の新戦略 ![]() 〈地球と人間〉
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・豪州やカナダとのFTAなどで、食料の優先的供給を定める ・バイオ燃料にも力を入れ、食料の不足時には作物を食用に向ける ・地球規模の食料安定供給を考え、持続可能な農業、漁業を支援する |
食料をめぐる世界の情勢が大きく変わろうとしている。地球全体で人口が増え、中国やインドなどの人口大国が経済発展を背景に食欲をましている。地球温暖化による干害なども心配だ。
そのうえに、農作物からつくるバイオ燃料のブームだ。原油価格の高騰によって、サトウキビやトウモロコシからエタノールを精製してガソリンに混ぜたり、大豆油やヤシ油をディーゼル用に使ったりするのが盛んになってきた。「食料品店とガソリンスタンドが同じ作物を奪い合う時代」になったのである。
目を海に転じると、漁業資源の乱獲と世界的な魚の消費拡大によって、日本が国際市場の競りで「買い負ける」事態も起きている。
こうした状況のなかで深刻な天候異変や戦争が発生すれば、食べ物を安定して確保するのが難しくなる。どの国にとっても「食料の安全保障」は、これまで以上の課題になっている。
政府は「不測時の食料安全保障マニュアル」をつくり、レベル0(不測事態が予測される)からレベル2(1人1日2000キロカロリーが維持できない事態)まで、深刻度に応じた対策を考えている。その中心は、現在は40%の食料自給率をさらに高めることだ。
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しかし世界の食料事情をみれば、地球規模で食料の安定を考える必要がある。とくに海外への依存度が高い日本は、輸入なしには生きていけない。まず輸入を確保するのが課題だ。自給率にこだわらない総合的な食料の安全保障戦略、これこそがいま問われているのだ。
日本と同じように外国依存度が高いスイスが食料不足時の対策として優先するのは「貿易の強化」だ。国内や欧州大陸での危機を想定して、そこ以外からの輸入でしのぐことを考えている。
日本も、海外からの供給を確保するためには、豪州やカナダなど農産物の輸出国との間で、自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)を結び、日本への優先的な供給を義務づける食料安保条項を盛り込むべきだ。
途上国の「持続可能な農業」を支えることも、世界的な不足を防ぐ助けになる。政府の途上国援助(ODA)などを活用して、農業の基盤や技術を支援したり、用水を確保したりする。世界貿易機関(WTO)の貿易交渉を推進して、途上国が農産物を輸出しやすい環境をつくることが大事だ。
もちろん日本の自給率を高めることも大切だ。それには、農業経営に意欲のある個人や法人が農業に参入しやすくなるよう、新しい目で基盤を整えることが欠かせない。農地の長期貸借権を認め、農地の保有と利用を分ける仕組みをつくるなど大胆な改革が求められる。
バイオ燃料にも積極的に取り組むべきだ。石油のような化石燃料と違って、燃やしても新たに二酸化炭素をふやすわけではないので、効率的に進めれば地球温暖化の対策にもなる。食料が不足した場合には食用に回すこともできる。
コメの多収穫品種を開発し、転作地や耕作放棄地で燃料用を栽培する。ガソリン税の免除や転作奨励金も併用して、採算にのせる道を探りたい。
ただ、バイオ燃料ブームは、最貧国に食料が回らなくなったり、熱帯雨林が耕作のため破壊されたりする危険もある。国際的な監視の枠組みが必要だ。
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水産資源については、乱獲が心配されるようになったマグロなどで、国際的な資源管理に積極的に参画し、「持続可能な漁業」をめざす。
沿岸、沖合漁業でも、乱獲による資源の枯渇が現実になっている。それについて民間のシンクタンク、日本経済調査協議会が提言している。排他的経済水域の水産物はいま、先に得た人のものになる「無主物占有」とされているが、「国民共有の財産」と位置づけるべきだ、という。共有財産とみて、国が積極的な資源管理に乗り出す時期にきている。
日本の国土は狭いが、200カイリの排他的経済水域は世界6位の広さがある。スシだけでなく日本の魚文化は世界に誇れる。この恵まれた条件を生かすべきだ。
終戦直後の食料難を覚えている世代はしだいに数少なくなってきた。しかし、「21世紀は飢餓の世紀」(レスター・ブラウン氏)という警告を、世界は忘れてはならない。