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〈グローバル化とアジア・イスラム〉

グローバリゼーションを活用する

8.経済のグローバル化


■弊害と向き合い、上手に果実を増やす

・富を増やしながら、格差拡大を防ぐ手立てを整える

・WTOを大事にし、自由貿易の利益を途上国にも

・日本は構造改革を進め、農産物の市場を開放する


 地球が狭くなった。商品をつくる、資金を動かす、労働の担い手が国境を越える。人間の経済活動がより広く、より速くなった。

 世界市場で、企業どうし、国どうしの競争が激しさを増した。お互いの経済依存が深まり、ある国で起きた危機が瞬く間に他国へ波及する。国の安全保障や国益は、もはやグローバル化する経済を抜きには語れない。

 グローバル経済の進展には日本の企業が大きな役割を演じている。トヨタ自動車が本格的な海外生産に乗り出したのは84年のことだ。その米国工場のオープンからわずか20年あまりで、海外の工場は27カ国・地域、52カ所に広がった。

 近年は東南アジアや中国などアジアへの直接投資が急増している。エンジンをはじめ部品を各国でつくって集め、完成車に組み立てる一貫した生産体制づくりがアジアで進む。販売会社や研究開発拠点もついていく。

 米欧への進出は貿易摩擦を避けるためだったが、アジアの場合は違う。80年代半ばの急激な円高で、労賃が安い途上国へ目が向いたのだ。生産が軌道に乗れば雇用が増えるし、技術も伝わる。

 うまくいくと、グローバル経済は現代の「打ち出の小槌(こづち)」になる。

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表

資料2

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資料3

 躍動の時代は19世紀後半から20世紀はじめにかけてもみられたが、舞台は産業革命発祥の地・ヨーロッパと新大陸・アメリカに限られていた。1980年代から始まった現代のそれは、アジアの台頭が最大の特徴だ。

 80年代の米国や英国の政権は市場の働きを最大限に使い、各国に市場開放を求める新自由主義の政策をとった。これが社会主義の崩壊と重なって世界へ広まり多国籍企業の活動を刺激して、グローバル化を加速させてきた=資料3

 経済成長と豊かな国民生活を運んでくれるはずのグローバル経済は、しかし、内側に弱さも抱えている。

 世界銀行が02年にまとめたリポートはこう指摘した。「発展途上国は、グローバル化して貧困が急速に減っている国と、グローバル化せずに貧困が深刻化している国に分かれてしまった」

 波に乗ることができた中国やインドの人口30億人に対し、乗れなかったのはアフリカや南米の20億人。後者の国々は希望をもてないでいる=資料2

 国どうしの格差だけではない。国内で所得格差が拡大した原因をグローバル経済に求める声も大きい。

 困ったことに、自由貿易のリーダーを自任する米国で反感が強まっている。途上国の低賃金でつくった商品が流入して自分たちの賃金を下げ、失業をもたらすというのである。

 欧州では、アフリカや中東からの移民の増大が重荷になりつつある。一方で、世界経済への統合で貧困を脱しようとしている中国でも、格差の是正が政府の大きな課題になっている。

 世界市場での競争は勝者と敗者をはっきりさせてしまう。また、地球環境や伝統的な文化といった、経済の尺度で測れない価値には無頓着になりがちだ。市場原理をすみずみまで行き渡らせればこうした問題もすべて解決する、という考え方は説得力をもたない。

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 だからといって、グローバル化をせき止めようとすればどうなるか。前回のグローバル化は世界大戦と大恐慌によってストップし、政府が市場に極限まで介入する統制経済やブロック化へと逆流した。先進国が豊かさを守るため、途上国への門戸を閉ざすことは許されない。

 自由な市場経済は強力で、ときに暴走する。それを抑える統治の力があってこそ、グローバル経済は豊かな果実を実らせてくれる。世界貿易機関(WTO)が進めている貿易交渉を生き返らせることが、その試金石となる。

 自国の都合だけでなく相手の利益も考えながら、譲りあって国際経済の新しいルールを築いていく。そうした努力は、国際政治の面でも平和と安定の基盤をより確かなものとするだろう。

 一番いけないのは、先進国が保護主義に走ることだ。先進国が農産物の保護を続ければ、一次産品しか輸出するものがない途上国は貿易の恩恵を受けることができなくなる。

 日本はどうして農産物市場を途上国へ開放しないのか。非難の声がアジアをはじめ途上国に広がっている。

 高い関税で農家を守るのではなく、経営が難しい場合は所得を補償する政策が始まった。もとより米国のように広大な土地での農業と太刀打ちはできない。コストを下げ競争力をつける改革を進めながら、財政支援で日本農業をどこまで守るのか、冷静な議論が求められる。

 働く人材を世界に求めることも欠かせない。受け入れ人数を増やし、専門職だけでなく幅広く受け入れる態勢づくりを急ぎたい。外国資本の導入も、他の先進国にくらべて少なすぎる。

 わが国は人口が減り始め、世界一のスピードで高齢化が進む。グローバル経済の活力を取り込んで、世界の国々とともに成長する以外にない。とかく内向きの姿勢を思い切って変えることだ。

 同時に、国内で広がってきた格差の問題に取り組まなくてはならない。とくに若い世代で失業率が高止まりし、所得の格差が大きくなっている。

 富が過度に集中するのを防いで所得を再分配する一方で、途上国の人より質の高い仕事ができるように教育と訓練を施す。そこに力を入れるべきだ。

 「格差」に国民が敏感になっているのは、構造改革により既得権益が揺らいできた表れでもある。改革の加速こそが未来を切り開くことを忘れてはならない。

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