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石油危機 日本の備えは

 エネルギー源の確保は、経済の安定と発展にとって生命線と言える。世界の石油情勢はどう変わっているのか。輸入依存度が高い日本は、どう安定供給をはかっていけばいいのか。原子力をどう位置づけ、省エネをどう進めていくべきなのか。「新戦略を求めて」の第2章では、日本のエネルギー安全保障について、4回にわたって特集する。初回は、戦争やテロなど、突発的な事態が招く石油危機に焦点をあてる。(編集委員・定森大治、外報部・石合力、野嶋剛)

日本の課題
・テロや事故を引き金に原油価格が急騰すれば、日本経済にも大きな痛手となる。
・日本での供給確保・価格安定のために、危機対応策の総点検が不可欠である。
・大量消費地であるアジアでの混乱回避に向け、緊急時の地域協力体制が必要だ。

 車にガソリンを入れたり、電気を使ったり。石油に支えられた日常生活に慣れ親しむ私たちだが、その足元を脅かすような事件が相次いでいる。

 石油輸出国機構(OPEC)で屈指の輸出国であるナイジェリアでは政情不安が続く。反政府勢力が石油施設を標的にした攻撃を繰り返している。今年5月にはラゴス近郊でパイプラインが爆破される事件があった。

 世界最大の産油国であるサウジアラビアでも心配な出来事が絶えない。今年2月には、生産量の7割が集中する石油基地で自爆テロがあった。突入寸前で阻止されたが、世界の関係者をひやりとさせた。

 国際テロ組織アルカイダのナンバー2であるザワヒリ容疑者は最近、新たな声明を出した。「欧米は、われわれの資産である石油を盗み続けている。彼らと、その手先が持つ石油施設に攻撃を集中せよ」。サウジ政府が警備を強化したこともあって、国際石油市場を混乱させるほどの大事は起きていない。だが、突発的な事態はいつ起きるとも知れない。

米の想定──まず日本経済を直撃

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 一体、どのような事態になれば油価が急上昇し、世界経済に打撃をもたらすのだろうか――。

 ちょうど1年前、ウールジー・元米中央情報局(CIA)長官をはじめ、かつて政府や議会、軍で要職を務めた9人が集まり、「石油の衝撃波」と名付けたシナリオ演習(シミュレーション)を行った。

 実務経験と、石油企業の持つ情報などを駆使して、実際に危機がやってきた時と同じように事態を分析し、対策を協議した。その結果、半年間にナイジェリア、サウジ、アラスカで事件が続発した場合、原油価格が1バレル当たり58ドルから150ドルに跳ね上がるとの結論が出た。

 米国は石油危機にどう対処すべきか。シナリオ演習は自発的なもの、規制を伴うものの二つに分けて列挙した。

 自発的措置=旅行の自粛、自家用車の相乗り、公共交通機関の利用など。

 規制を伴う措置=高速道路の速度制限強化、車に乗らない日の導入、1人乗り自家用車への課金、労働時間の短縮など。

 だが、元政府高官たちはこうした措置の効果は限定的で、「市場の需給バランスが不安定なため、供給量が4%減っただけで石油価格の177%上昇がありうる」との見方にたった。

 「米国には石油備蓄があるが、その放出は市場の安定には直結しない」「突発的なテロや紛争に対する米国の軍事介入は、当事国からの要請があったとしても市場を安定させる効果につながりにくい」との点でも意見が一致した。

 ウールジー氏はこのシナリオ後の今年1月下旬、英紙フィナンシャル・タイムズに寄稿し、「石油の衝撃波」が実際に起きると、「数週間でまず(石油の輸入依存度が高い)日本経済がメルトダウン(溶解)、その後、他の先進国も同じ運命をたどる」と警鐘を鳴らした。「溶解」という表現は刺激的過ぎるにしても、半年間で原油価格が150ドルまで急上昇すれば日本経済が大きな痛みに直面することは間違いない。

 今年1月にスイスで開かれた世界経済フォーラム(ダボス会議)でも、各国の研究機関や企業の代表らがシナリオ演習を行った。主要な石油施設の破壊や、湾岸諸国の外国人居住区・ホテルで同時テロが起きたとの想定だった。油価は新たなテロ不安で1バレル134ドルまで上昇。主要国が協力して警備の強化にあたるが、油価は高止まりが長引くとの予測をまとめた。

緊急対応策──備蓄体制など要点検

 日本の危機対応策はどうなっているのか。

 経済産業省が5月にまとめた「新・国家エネルギー戦略」には、(1)石油備蓄を機動的に放出する仕組みの整備(2)石油関連製品の備蓄体制の導入(3)エネルギー関連の企業や業種が緊急時シナリオを作成して対応力を強化、などの策が盛り込まれた。

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マラッカ海峡 マレーシア、インドネシア、シンガポールに面し、全長は約1000キロ。日本の輸入原油の約8割がこの海峡を通過する。事故の危険があるばかりでなく、海賊事件も多発。05年3月には日本籍のタグボートが襲撃された。

 どれも大事だが、実際に大丈夫なのだろうか。

 第一に、国内での備蓄放出の方法だ。日本の備蓄は110日分以上(輸入量ベース)ある。世界一の水準だが、緊急時の国内での分配、輸送の手順などに「穴」はないか。米国では備蓄を放出しても、タイミングを逸すると価格があがるという分析もある。備蓄を有効に使うきめ細かな準備が求められる。

 第二の課題は、石油危機に直面した時のアジア諸国、とりわけ中国との協力だ。米国のウォーカー元国務次官補(中東担当)は「中国は必要となれば、他国を犠牲にしても(市場で)石油を確保する努力を始めたようだ。日本の競争相手は中国だ」と指摘する。

 実際に日中が緊急時に石油買い付け競争をすれば、価格上昇に拍車がかかる。そうした事態を避けるために、(1)アジア諸国の備蓄量拡大(2)緊急時の石油融通体制づくり(3)産油国・石油市場に関する情報を交換し、疑心暗鬼による買い付け競争を防ぐ――などの具体化が急務だ。

 第三に、危機対応の予行演習を積み重ねておくことだ。

 アジア太平洋経済協力会議(APEC)の研究センターは02年4月、マラッカ海峡がタンカー事故やテロで1カ月以上も閉鎖される事態などを想定した危機対応策を検討した。ひとつの教訓として、有力な迂回(うかい)路となる海峡での安全航行システムの改善などを提言した。

 地震や原発事故ではシナリオ演習を重ねることで、実際の危機への対応力を高めてきた。「新・国家エネルギー戦略」が提言した企業・業種の危機シナリオに限らず、マラッカ海峡の例のようなさまざまな事態を想定した予行演習を積み重ねてはどうだろうか。その情報をできるだけ公開し、国民の理解、対応力を高める努力も安全保障戦略の一端を担うことだろう。

 まず、こうした個々の対策を入念に洗い直す。加えて、個別の対策がうまく連動して効果をあげるかどうかを常に点検する。そうした総合戦略が欠かせない。

■   □


 危機をいたずらにあおる必要はない。だが、「石油の衝撃波」のようなシナリオをひとつの警告としてとらえ、今後の戦略を考える機会にすることはできる。「石油の衝撃波」の参加者がまとめた報告書は示唆に富んでいる。

 ●政策担当者は、危機に対する新しい考えや対応策を検討すべきである。

 ●石油依存からの脱却に簡単な答えはない。供給源の多様化、石油消費の削減、代替エネルギーの開発について、政策の優先順位を決める必要がある。

 ●現状に安住してはならない。安全保障政策とは何かを再考せよ。

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