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自由貿易、線から面へ 相互依存、地域安定に貢献

 家の中を見渡してみよう。食料をはじめ、テレビや冷蔵庫、パソコンなど多くのモノがあふれている。その中で、純粋な日本産は少ない。私たちは自由貿易の恩恵をたくさん受けている。海外との人や資金の流れのパイプも太くなり、特にアジア諸国との相互依存はかつてない深まりをみせている。「新戦略を求めて」の第3章では、急速に進むグローバル化の中で日本がどのような経済戦略をとるべきかを6回にわたって考える。初回は日本の通商問題をとりあげる。(論説委員・山脇岳志、外報部・野嶋剛)

日本の課題
・貿易自由化を外交戦略の重要な柱と位置づける。官邸主導で基本方針を決め、実行する体制を整える。
・東アジアでのFTA作りで、日本が船頭役を担う。米国などにも開かれた自由貿易地域にする。
・地球規模で貿易自由化を促すWTO交渉を進める。途上国援助や農産物自由化などで思い切った対策をとる

経済成長──FTA広げ、加速を

 4月21日午前10時半。官邸には、二橋正弘官房副長官と外務、経済産業、農水、財務の4省の局長らが顔をそろえた。

 日本が諸外国と、FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)をどう結ぶべきか。内閣府が日本の通商戦略や目標をまとめる期限が迫り、会議には緊迫感が漂っていた。

 焦点になったのが、経産省が派手にぶち上げた「東アジアEPA構想」だった。二階俊博経産相の肝いりでつくられ、大きな波紋を呼んでいた。

グラフ

※クリックすると、拡大します

 東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国に日本、中国、韓国を加えた「ASEAN+3」では首脳会議や閣僚会議が開かれている。昨年からは、豪州、ニュージーランド、インドも加えた「ASEAN+6」での「東アジアサミット」も始まった。遠い将来の「東アジア共同体」も意識され始めている。

 「二階構想」は、この「+6」のメンバーで、「ヒト、モノ、カネ」の移動を2010年までに自由化し、幅広い協力関係を築くことを狙っていた。

 ただ、日本のEPAは、韓国との交渉が中断し、中国とは交渉にも入っていない。「+3」で進めることも難しい現状での新構想に、政府内には「非現実的」と冷ややかな空気が流れていた。豪州などを入れて自由化すれば、日本に安い農産物が入ってくる。自民党農林族の猛反対は必至だ。

 「+3の交渉では、中国に主導権をとられる。先手を打って、+6で交渉を進めるべきだ」。経産省幹部は官邸の会議でそう力説したが、他省の幹部は慎重姿勢を崩さなかった。内閣府の報告書には、「二階構想」を議論することは盛り込まれたが、実際に戦略を進める際のスケジュール表に具体的な目標は入らなかった。

 会議に参加したある官僚はこうもらす。「通商戦略は外交上、重要な戦略であるはずなのに、肝心の全体像が描けていない」

通商戦略──省益超え官邸主導で

 自由貿易は、国や地域に大きな経済的利益をもたらす。東アジアEPAが実現すれば、日本だけで5兆円、圏内全体では25兆円も国内総生産(GDP)を押し上げるとの試算もある。

図

◆WTOとFTA/EPA  WTO(世界貿易機関)は約150カ国が加盟し、自由貿易を進めるための中核の機関。関税の引き下げやサービス貿易などのルール作りを担う。ルールが決まると、すべての加盟国に対して等しく適用される。一方、FTA(自由貿易協定)は、特定の国や地域との間だけで、関税の撤廃などを行う。EPA(経済連携協定)は、投資や知的財産の保護、人の移動なども含めたより幅広い分野での協定で、ハイレベルのFTAと考えればよい。

 とくに近年、自由貿易を積極的に推進しているのが中国だ。関税引き下げなどで自国と相手国の市場開放を進めて、経済成長を持続させようという狙いだ。

 中国はFTAを重要な外交戦略として位置づけている。00年末にASEANにFTAを提案して以来、約30カ国とFTAを締結したり交渉したりしている。資源外交の観点もからめて中東諸国とも交渉するなど「攻め」の戦略だ。

 各国の通商政策に詳しい深川由起子・早稲田大教授は「中国は一党支配で国内の利害調整がやりやすいからFTAを進められる面があるとはいえ、相手国に政治的な意思を正確に伝えている点は日本より上手」と評する。日本は、縦割りの弊害が強い官僚主導でしかFTAを進められず、国際社会での交渉力が弱いのが実情だ。

 日本にとってFTA(EPA)の数少ない成果であるメキシコとの交渉も他国に比べると後発だった。外務省幹部は「守りの戦いだった」と振り返る。

 メキシコは、米国やカナダと組んでNAFTA(北米自由貿易協定)をつくり、EU(欧州連合)ともFTAを結んだ。EUの自動車メーカーは、関税なしでメキシコの現地生産工場に部品を輸出し、完成車の米国向けの輸出を伸ばすこともできた。

 これに対し、日本のメーカーはメキシコへの輸出の際、高い関税を払わねばならず、不利な競争を強いられてきた。経済界が政府に必死で働きかけ、04年にやっと締結にこぎ着けた。

 各国の動きや利害をにらんだ通商交渉は高度で複雑になっている。しかも、スピード感のある意思決定が求められる。「省益」のつばぜり合いで消耗することなく、外交戦略の一環として日本の通商政策を考える必要がある。

 官邸に専任のスタッフも置く形で「対外経済交渉戦略会議」を設けるなど、首相がリーダーシップを発揮して「役所の縦割り」を打破することが急務だ。

米国との関係保ち、アジア全体の利益高める努力を

 大恐慌が始まって間もない米国で1930年、悪名高い法律が成立した。「スムート・ホーレイ関税法」である。当時の上下院の大物議員の名前をとった法律によって、米国は大幅に関税を引き上げた。これを契機に多くの国が関税引き上げに走り、経済のブロック化が進んだ。やがて、第2次世界大戦へとつながっていく。

 戦後のGATT(関税貿易一般協定)は、こうした保護主義への反省から生まれた。世界各国が関税率の引き下げなどを通じて自由貿易を促進し、WTO(世界貿易機関)の発足につながった。だが、01年から続いている現在の多角的貿易交渉は、米国、欧州、途上国が農業問題などを巡って激しく対立し中断している。各国が競って個別にFTA締結に走っているのも、WTO交渉の難航をにらんでのことだ。

 今後の貿易自由化戦略を考えていくうえで、重要な点は何か。

 第一に、FTAの短所を乗り越えることが大切だ。FTAは相手国が限定されるため、原産地の証明などが必要となり、手続きが複雑になる。相手によって関税率やルールが入り乱れ、貿易を阻害する面すらある。

 こうした欠点を克服するには、2カ国間の「線」のFTAから、地域という「面」に広げていくことが重要だ。アジアにおけるFTAも「ASEAN+3」を固めつつ、将来は「+6」もにらみ発展させていくことが望ましい。

 さらに、日米間でもFTA交渉を始めるなど、地域を開かれた形にする必要がある。東アジアが閉じた結びつきになっては、EU、NAFTAとのつながりが弱まり、グローバル化に逆行するブロック化が広まりかねないからだ。

 第二はWTO交渉を再スタートさせることだ。

 日本は途上国に対して農業の技術支援をしてきたが、日本の関税が高すぎるため途上国は農産物を日本に輸出できず、本当の意味での途上国支援になっていないといわれる。浦田秀次郎・早稲田大教授(国際経済学)は「日本は、農産物の高い関税率を思い切って引き下げたり、世界銀行などと協調して自由化で被害を受ける国々を支援したりして、WTO交渉を進めるべきだ」と話す。

 第三の課題は、急成長を続ける中国との関係だ。

 日本にとって中国はすでに米国と並んで最大級の貿易相手国で相互依存関係は深まっている。だが、中国には不透明な規制が多く、報道や言論の制限も厳しい。そんな中国には、多国間システムに引き込みながら注文をつけていくことが日本の利益にかなう。

 中国はモノの貿易を中心としたFTAを優先しようとしている。だが、それだけでは中国を国際標準に引き入れる範囲が狭すぎる。日本としては自由化の範囲を投資にも拡大し、知的財産権の保護なども含めた高レベルのEPAに高めることが得策だろう。

 制度を標準化し経済的な相互依存がさらに深まれば、地域の安定につながる。EU形成に至る道のりは、欧州の大国である独仏間の戦争を二度と繰り返さないという強い決意から始まった。

 東アジアでの協調は、貿易や投資の自由化で進み始めたばかりだ。国によって発展段階に大きくばらつきがありEUの経験をそのまま当てはめることはできないが、参考にはなる。

 米国との良好な関係を保ちながら近隣諸国と協力を進め、アジア全体の利益を高める努力を重ねていく。それが、戦後の国際的な自由貿易体制の恩恵を最も享受した日本が、今後歩むべき道だろう。

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