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市場生かし食料安保 自給率重視の政策、見直しを

 余剰から不足へ――。エネルギーばかりか、食料もそんな時代に入っている。世界的に農水産物の収穫が頭打ちになっているところへ、経済力を付けた中国の食欲が膨らんできた。そこに、穀物をバイオ燃料生産に回す動きが追い打ちをかける。食料の一部には早くも値上がりの動きが見える。自給率の向上だけをめざした日本の食料安全保障は、世界の潮流を見据えて舵(かじ)を切らなければならない。(論説委員・高成田享、外報部・野嶋剛)

日本の課題
・目先の食料自給率にこだわらず、グローバル化した市場を生かした食料確保をめざす。
・農水産物輸出国と協定を結び、長期的な安定供給と、需給逼迫(ひっぱく)時の優先供給を盛り込む。
・持続可能な農水産業のために、水資源や土壌の保全、海洋資源の管理などで国際協力を進める。

 気がかりな数字がある。

 食料の中核である大豆、トウモロコシなどの穀物在庫率(消費量に対する在庫量の比率)が99年ごろの30%をピークに下がり始め、最近は16%まで落ちている。世界的な食料不足に陥った74年並みの水準で、在庫が急速にしぼんでいる。

グラフ

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 原因のひとつは、中国の食料貿易の変化だ。農産物の輸出国だった中国が輸入国に転じたのは04年。その後も植物油の原料や飼料になる大豆の輸入が増える一方、輸出に回すトウモロコシが大幅に減った。背景には、食生活の変化で肉やミルクなど畜産物への需要が増えている事情がある。豚肉と牛肉の生産量はこの15年で2倍になり、必要な飼料も増えた。

 その中国――。穀倉地帯の黒竜江省を訪ねた。飼料用の需要増を見込んでトウモロコシの増産運動に取り組んでいた。同省農業委員会の王兆斌副主任は「わが省の05年のトウモロコシ生産は作付面積を増やしたり、栽培の密度を高くしたりした結果、前年より3割も増えた。機械化や品種改良でまだまだ増産できる」と胸を張る。

 同省ハルビン郊外のトウモロコシ農家の食卓をのぞいた。この地域では平均的な暮らしの家庭だという。料理は自分の畑でとれた野菜の煮物とご飯で、肉料理はなかった。「肉を食べるのは、お客が来たときだけです」と主人の賈樹華さん(52)は語った。中国の国民1人当たりの肉の消費量はこの10年で6割増えた。しかし、農村地帯のふだんの食卓に肉料理が並ぶのはこれからだ。

 食肉1キロの生産に必要な飼料用の穀物量をトウモロコシで換算すると、牛肉が11キロ、豚肉が7キロ、鶏肉が4キロという。中国で肉好みが広まれば、大豆に続き、飼料用のトウモロコシも輸入することになる。中国科学院農業政策研究センターの黄季焜主任は「今後、大豆の国内需要の60%、トウモロコシの20%から30%は輸入でまかなうことになる」と予測する。

穀物──燃料生産でも需要

 これからの食料需給に新たな変化を与えそうなのが世界的なエタノール需要だ。石油価格の高騰を受けて、トウモロコシやサトウキビからつくるエタノール燃料をガソリンに混ぜる動きが広まっている。米ブッシュ政権もエネルギー政策の柱のひとつとして、エタノール生産の倍増を打ち出した。

 最近、砂糖の国際価格が急騰しているのも、天候不順に加え、主要生産国のブラジルの農家がサトウキビを砂糖工場ではなく、エタノール工場に出荷を増やしているからだ。中国の農業省種植管理局の曽衍徳副局長は「今後の中国の食料安保にとって、飼料作物の需要が増えることよりも、エタノール生産が増えることのほうが重大な問題だろう」とみている。

 「戦争ではなく食料不足こそが将来のもっとも重要な脅威」。米国の資源・環境問題の専門家、レスター・ブラウン氏が著書「飢餓の世紀」(ダイヤモンド社)で警告を発してから10年がすぎた。

 今、ブラウン氏は語る。「世界の穀倉地帯で地下水の使いすぎによる水不足がいっそう深刻になっている。そのうえ、石油価格の高騰で、作物をアルコールに変える動きが広がり、ガソリンスタンドとスーパーマーケットが同じ作物を奪い合う時代になった」

水産物──消費増え価格高騰

 海の恵みにも影がさす。

写真

ニッスイのサケ養殖加工のラインに運ばれるアトランティックサーモン=チリ南部・チロエ島で、野嶋写す

 雪をかぶるアンデス山脈を見上げるチリ南部。その太平洋岸のチロエ島で水産大手「ニッスイ」の養殖サケ加工場がフル稼働していた。いけすから流水パイプでアトランティックサーモンやギンザケが次々とラインに乗せられ、1時間足らずで切り身の商品となり大型冷凍庫に積み込まれる。

 同工場の養殖サケ類は3年前まではほぼ全量が日本向け。今年は欧米向けが3割を超える。生産量は現在の年3万トンから4年後には5万トンに増える。

 現地法人の田中久雄社長は「アジア中心に消費されていたサケが、世界的な売れ筋商品に変わった」と話す。欧米で人気のアトランティックサーモンは価格が02年の1キロ当たり2ドルから5ドル近くに高騰した。

 世界の水産物市場で価格高騰を伴う水産資源の奪い合いが起きている。世界的な健康志向やBSE(牛海綿状脳症)と鳥インフルエンザによる食肉離れ、それに経済が順調な中国、ロシアでの需要増などが魚人気の原因だ。今年上半期は輸入サバの価格は前年比で2倍、かまぼこの原料のスケトウダラ価格は5割増と相場は軒並み上がった。

 日本は水産物の国内消費の45%を輸入する輸入大国だ。ところが、最近は日本より高く魚を買う国が現れ、「国際市場で日本が他国に買い負ける例が目立つ」(水産庁企画課)という。

国際連携──貿易協定で安定供給を

 需給逼迫に備えた日本の食料戦略は、自国のとりでを固く守ったまま世界から農水産物を買い集める旧来型から、大きく転換する必要がある。

 第一に、農水産物の輸出国と積極的に経済連携協定(EPA)や自由貿易協定(FTA)を結ぶことだ。長期的に安定した食料輸入をそこで担保するだけでなく、天候不順などによる食料不足の際に優先的に供給してもらう食料安保条項を盛り込むのだ。

 これまでの日本のFTAやEPA戦略は、自国の農業保護に配慮するあまり、農業国との交渉をできるだけ避け、交渉する場合も農産品の市場開放は最小限にすることが主眼だった。しかし、国際市場で買い負ける事態も起きている今日では、農業国との自由で安定した食料貿易こそ、頼みの綱だ。

 マレー・マクレーン駐日オーストラリア大使は「豪州は農産物の約5分の1を日本に輸出している。食料の獲得競争が始まっているが、日本は豪州とのFTAで豪州の食料を確保できる」と語る。

 国際連携は、持続可能な農水産業を広めていくうえでも欠かせない。食料を大量生産する途上国での効率的な水利用、表土流出の防止などで日本は積極的に協力を進めるべきだろう。

 漁業では、養殖拡大で漁獲量を増やすことに加えて、周辺国と日本近海の資源管理を進め、国内漁業の衰退に歯止めをかける必要がある。アジアには欧州連合(EU)のような地域共通の漁業政策や資源保護・管理の枠組みがない。

 東京海洋大学の多屋勝雄教授は「日本近海の漁業資源は本来豊かなのに、目先の利益にとらわれ、魚群探知機に入った魚を漁船は取り尽くしてきた。今後は漁業資源の管理に政府が本腰を入れるべきだ」と指摘する。

 第二に、FTAやEPAを進めるためにも、日本の農業の競争力を高め、もっと市場を開放することだ。安価な産品は輸入し、品質の高いものは輸出できる産業に変える。そのためには、品種改良などの技術開発に力を入れたり、株式会社による効率的な経営を広げたりする必要がある。

 柴田明夫・丸紅経済研究所長は「日本の食料は、安心と安全を求める家庭用と、価格を重視する業務用とに二極分化している。それに伴って家庭用は国産、業務用は輸入という傾向が強まる。市場を開放すれば、業務用の輸入が進むだけでなく、味に優れた国産品の輸出を増やせる」と語る。

 第三は、日本の事業者が海外から農業労働者を受け入れたり、海外で農場を経営したりしてコストを下げ、競争力をつけることだ。本間正義・東京大学教授は「日本の優れた農業技術をアジアに移転しながらアジアの労働力を有効に使えば、日本の生産費は下がり、相互の繁栄につながる。また、日本国内でも農業で外国人を広く雇用できるように制度を整えるべきだ」と指摘する。

 日本の現在の自給率は40%で、政府は15年度までに45%を達成するとしている。しかし、自給率、それもコメにこだわる政策が日本の農業、食料確保の戦略を内向きにしてきた。

 農業経営者の創意と工夫を生かす自由な環境をつくる。そのうえで、市場を通じて食材を輸入、購入する。グローバル化が進む世界での食料戦略は、そんな姿であるべきだ。

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