世界の成長センターとなったアジアは、今世紀前半に経済規模で米欧を抜き去る勢いだ。欧州のような市場統合をめざす動きもある。一方で、北朝鮮の核実験の衝撃波が地域の安定を揺さぶり、大国間の勢力争いやナショナリズムの台頭も未来に影を落とす。明と暗が交錯するアジアで、日本は何を構想し、どう行動していくべきか。「新戦略を求めて」の第4章では、このテーマを6回に分けて特集する。(論説委員・長岡昇、社会部・築島稔)
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日本の課題
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・21世紀は、アジアが世界経済を引っ張る。市場を通じた一体化と、新旧入り交じった勢力争いが同時に進んでいる。
・経済の相互依存がアジアの安定化を促す。これに政治的な相互理解を重ね合わせて、新たな秩序づくりの両輪とする。
・「核武装ドミノ」を防ぐために、日本が先頭に立って不拡散体制の徹底をはかる必要がある。
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■重心は東洋へ──中印、米日を追い抜く勢い
中国とインド、タイに囲まれる、東南アジアの国ミャンマー(ビルマ)。今年初めから、タイ国境近くのタンルウィン川で巨大な水力発電所の建設が始まった。最大出力は黒部ダムの21倍で、6年後の稼働を目指す。
電力の一大供給源にと期待するミャンマー政府とタイの電力開発会社GMSパワーの共同事業だが、資金面では中国の銀行からの40億ドルの融資が頼みの綱だ。GMSパワーの幹部は「中国は大事なパートナー。巨額の資金を確保する道は他にない」と言う。
インドも巻き返しに力を入れる。3月にカラム・インド大統領がミャンマーを訪問し、両国の石油・天然ガス分野での協力に関する覚書に署名した。資源獲得のライバル・中国を意識し、パイプラインの敷設をめぐる中印の綱引きも激しさを増す。
ミャンマーの軍事政権は、民主化を求めるアウン・サン・スー・チー氏を拘束し、軟禁状態に置いている。これを問題視する米国や欧州諸国は経済制裁を続け、日本も、人道的な支援、民主化に役立つ支援など限定的な協力にとどめている。
だが、中国にとってはインド洋への近道、インドにとっては東南アジアとの接点がミャンマーである。「エメラルド以外は何でもある」(日本の商社幹部)と言われるほど地下資源も豊富だ。5000万を超す人口も将来の市場、労働力としての潜在力を持つ。ミャンマーへの中印の進出合戦は、商いのうねりが国境を越え、体制を超えて広がるアジアの縮図に見える。
中国とインドの台頭を鮮烈な形で示したのは、米証券大手ゴールドマン・サックスが3年前に出した報告書「BRICsと夢見る 2050年への道」だった。「BRICs」はブラジルとロシア、インド、中国の頭文字を取ったもので、「中国は2015年までに経済規模で日本を上回り、2039年には米国も追い抜く。インドも30年後には日本を抜く」と予測した。
半世紀後の経済力は中国、米国、インド、日本、ブラジル、ロシアの順になり、欧州諸国はすべて上位から脱落する、との内容である。この通りに世界が動くとは限らないが、報告書をまとめた同社のエコノミスト、ドミニク・ウィルソン氏は「中国とインドの経済は予想以上のスピードで成長している。予測はむしろ慎重すぎたくらいだ」と語る。
米経済戦略研究所のプレストウィッツ所長も「世界の重心が西洋から東洋へ移る」と見る。米国はドル暴落の危険を抱えており、20〜30年後には中印が世界経済を引っ張るようになる。ここ数世紀続いた欧米中心の経済地図は塗り替えられる−と予測する。
インド、中国とも貧困や地域格差、環境エネルギーなどの問題を抱えており、右肩上がりが続く保証はない。だが、ミャンマーへの攻勢が示すように、実益追求の風がアジアの街を吹き抜ける。東アジア共同体構想も浮上し、緩やかながら経済的な統合への動きも始まっている。
■パワーゲーム──核実験と核の傘
アジアにはもう一つの顔がある。軍事的なパワーゲームが幅をきかす現実だ。
実はアジアは、世界で最も核事情が入り組んだ地域である。98年には、領土紛争などで対立が続くインド、パキスタンが核実験をした。今年10月の北朝鮮の核実験で、核不拡散体制にまたも激震が走った。
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核を持たない日本や韓国は、同盟国である米国の「核の傘」のもとにある。96年には核弾頭の近代化をはかる中国が核実験を実施した。ロシアの核抑止も、この地域を視野に入れている。パキスタンのカーン博士が操った「核の闇市場」もアジアに根を広げていた。
他方で、この10年で非核化の動きが目立ったのもアジアである。97年に東南アジア非核地帯条約が発効したほか、今年9月には中央アジア非核地帯条約が合意された。モンゴルの非核化も実現した。
核をめぐる不安定化と安定化という、二つの流れのせめぎ合い。それが目の前にあるアジアの姿である。
核以外の軍事力増強も目立つ。ストックホルム国際平和研究所の06年版年鑑は「世界の武器取引の中心は、中東からアジアに移った」と記した。01〜05年の最大の武器輸入国は中国、2位はインドだった。
ただ、中印が対立の悪循環にあるわけではない。03年のインドのバジパイ首相(当時)の訪中、昨年の温家宝(ウェンチアパオ)首相の訪印と続き、国境紛争を解決する枠組みづくりで合意した。経済的に競り合い、軍事的に牽制(けんせい)し合いながら、中印の貿易総額は05年までの4年で6倍に膨らんだ。
中印の接近を意識して、米国もインドに近づく。3月にブッシュ大統領が訪印し、原子力協力で合意した。バジパイ元首相の首席補佐官、ブラジェシュ・ミシュラ氏は「米国の心配は二つある」と見る。「中国が米国をアジアから追い出そうとしているのではないかとの疑念。それに中国の軍事力の増強だ」
米ブルッキングス研究所の主任研究員、スティーブン・コーエン氏は「アジアはもともと政治的に最も不安定で危険な地域の一つだった」と述べ、その傾向が強まる可能性があると指摘する。
■地域の安定──日本が不拡散の先頭に
国家間の新たなパワーゲームが展開されるアジア。日本はこのなかで、どこに眼目を置いて外交戦略を立てるべきなのか。
先代ブッシュ政権で大統領補佐官を務めたスコウクロフト氏は、実益重視からくる「安定願望」に注目する。「国境がどんどん低くなり、人もモノも楽々と国境を越える。『世界の工場』の中国にしても、いくつもの国から資源と部品を調達している。かつてないほど相互依存が強まり、どの国も安定した世界を望むようになった」
経済の相互依存に、パワーゲームを止めるほどの力はない。それでも、貿易や海外投資による実益拡大が進めば、実益を損なうような緊張拡大の歯止めとなる。日本はこの効果を重視し、アジアに自由貿易協定を網の目のように広げ、安定力として生かす戦略が必要である。
そのために欠かせないのが、主要国との相互理解だ。
安倍首相は就任前に出した自著のなかで、中国との関係改善を図る一方で、「日米印豪の首脳または外相レベルの会合を開催し、戦略的観点から協議を行う」との考えを示した。主要な民主主義国が集まって、アジア・太平洋の課題を議論するのは一つのアイデアではある。
だが、オーストラリアのダウナー外相は「インドは参加を望まないだろう」と語る。4カ国会合を中国牽制(けんせい)に利用しようとすれば、無理も生じる。インドの英字紙ヒンドゥーのバラダラジャン副編集長は「インドにとって中国は重要すぎる。中国封じ込めの動きにインドが組み込まれることは受け入れられない」と断言する。
中国は一党支配で、まだまだ閉鎖的である。ただ、経済の相互依存の深化に、中国も含む主要国の政治的な相互理解が加わってこそ、地域の安定感が高まる。日本のアジア戦略はこの点を押さえておく必要がある。
目下の重要課題は、いかにして北朝鮮に核放棄させるかである。だが同時に、不安定の連鎖を避ける戦略も求められる。
日本政府が否定しても、「次は日本と韓国か」との核武装ドミノ論が消えない。コーエン氏は「日本には望めばいつでも核を持つ能力がある。だからこそ、核武装で再び覇権国家をめざすのではないかと心配する声が出てくる」と語る。
行動で実証してこそ、世界は日本の非核方針に納得するだろう。一つの方法は、非核地帯条約を持つ東南アジア、中央アジア、非核の方針を続ける韓国などと連携し、これ以上の核拡散をアジアで防ぐ構想を描くことだ。ドミノ論消去の先頭に立てば、北朝鮮に核放棄を迫る日本の立場はさらに強まる。
北朝鮮や南アジアを起点に核技術・物資が闇市場に出回るのを防ぐため、輸出管理体制をアジア全域で整備することも不拡散に役立つ。インド、パキスタンは包括的核実験禁止条約(CTBT)に未署名だが、この2カ国が署名すれば、北朝鮮に核実験停止を促す大きな圧力となるだろう。
アジアが核のパワーゲームにのみ込まれるのを防ぐ役割を担えるのは、まず第一に日本であることを忘れないでいたい。
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