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ナショナリズム越える道、まず日本が歴史を直視

 アジアでは人やモノ、情報の流れが加速し、国境の壁がどんどん低くなっている。一方で、ナショナリズムが高まる傾向があり、歴史問題を発端に中国や韓国で反日感情も強まった。ナショナリズムの悪循環を絶ち、「東アジア共同体」づくりへと駒を進めていくために、日本がなすべきことは多い。(論説委員・隈元信一)

日本の課題
・感情的な衝突が起きないよう、まず日本が歴史と向き合う。侵略の反省を行動で示す。
・誤解の増殖を防ぎ、お互いの理解を蓄積していく。そのために、情報発信、人的交流を強化する。
・アジアの多様性を生かしながら、市場の力と互恵の実益を重視して共同体づくりを進める。

くすぶる感情的火種──日本の歴史問題、中韓刺激

 中国、韓国は日本と似ているようで、ずいぶん違う。

 象徴的なのが戦争の記憶がよみがえる日だ。日本が終戦の8月15日なら、中国は9月18日。日本の侵略戦争の発端となった満州事変が起きた日である。

 今年は75周年。日本軍が鉄道を爆破した瀋陽の現場近くで記念式典が開かれた。「国辱を忘れるな」。勇ましい演説が響く会場周辺に1万人が集まり、「日の丸」を焼く者もいた。

 しかし、目についたのは警官1000人による厳戒ぶりだ。昨年の「反日デモ」は初め黙認状態で、またたく間に中国全土に広がった。「愛国」も大事だが、過度なナショナリズムは警戒しなくてはならない。そんな配慮があったのかも知れない。

 その後、安倍首相が中国と韓国を訪問した。北朝鮮の核実験もあって、日中韓は協調の度合いを強めたが、感情的な火種はそのまま残っている。ナショナリズムは内向きの意識を強め、外に対して攻撃的な姿勢に陥りやすい。どう克服するか、今こそ考えておくべきだ。

 なぜいま、ナショナリズムが高まっているのだろうか。「当然の現象」と松本健一・麗沢大教授は言う。「東西冷戦が終わり、グローバル化が進む世界では、自分の国はいったい何なのか、という問い直しが起きる」

 日本では、「失われた10年」の経済停滞で不満がうっ積し、それが歴史問題などで日本を批判する中韓への反発につながっている面もある。いわば、「うっぷんナショナリズム」(竹内行夫・前外務次官)だ。

 他方で中国のナショナリズムを、上海師範大の蕭功秦(シアオ・コンチン)教授は「反応型民族主義」と呼ぶ。日本で教科書や靖国神社の問題が出ると、中国で歴史の記憶が反応を起こす、というのだ。

 韓国の崔章集(チェ・ジャンジプ)・高麗大教授は、中韓の反応が「防御的民族主義」であることを日本は理解すべきだと指摘する。「アジアの中で日本が最初に民族主義で近代化され、朝鮮半島を植民地にして中国まで膨張した。それに対抗する形で、中韓の民族主義が成長した」。だから、民族主義は日本との関係でくっきりと現れることになる。

 中韓では、複雑な内部事情もからむ。中国は、13億の民を束ねるために「愛国」を強調しすぎると、「反日」や「反米」のエネルギーが政府批判に転じかねない。50を超える多民族を抱えていることから、民族主義が国家統合を脅かす恐れもある。

 分断国家である韓国の民族主義は、北朝鮮との統一を意識する。核実験後も「制裁は同じ民族への対決宣言とみなす」と北朝鮮に牽制(けんせい)されるなど、ナショナリズムが固有の意味を含む。

 市場の力でアジア諸国のつながりが深まる一方で、日本と中国、インドと中国の間などでさや当ても続く。そこへ過度なナショナリズムが加われば、経済統合の足かせになりかねない。

ネット普及と交流加速──誤解の増殖、防ぐ知恵を

 ナショナリズムが過剰になるのを防ぐには、誤解の増幅を避け、お互いの理解を蓄積していく必要がある。

 歴史問題が中国や韓国の人たちの感情を刺激し、それがこじれれば外交上のカードを握られることになる。日本の近隣外交に大きなマイナスであり、無用な刺激をしないことが大切だ。首相は靖国神社に参拝しない。歴史ときちんと向き合い、二度と侵略しない姿勢を鮮明にする。それが出発点だ。

 メディアの影響力も無視できない。大石裕・慶応大教授らは「メディア・ナショナリズムのゆくえ」(朝日新聞社)で、昨年の「反日デモ」の深層をさぐった。見えてきたのは、中国で利用者1億人を超えたインターネットが、民衆のナショナリズムを吸い上げる姿だ。

 「日本の国連常任理事国入りに反対。日本は侵略を反省していない」。あいまいな政府見解と比べて明快なネットへの書き込みが共感を呼び、「反日」がデモの形で現実世界に広がった。その光景がネットや新聞、テレビで日本にも伝わり、日本の反中意識が高まった。

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 メディアにはこのように、過剰反応を生み出す面があるが、大石教授らは「人々の意見を集約し強化する」役割にも目を向ける。中国のような情報統制が可能な国でも、インターネットの普及で民衆に届く情報が格段に増えている。これを活用し、日本の誤解を和らげ、理解を広める情報戦略が欠かせない。

 インターネットには誤報もあるが、それを抑えるのは限界がある。日本から正確な情報を送る努力が重要になる。官民ともに、中国語や韓国語でのネット発信力を強めるべきだろう。

 アジアでは人の往来も活発になった。理解の蓄積には、顔を合わせて話すことも大事だ。

 反日活動家と呼ばれる中国人たちを訪ねて「『反日』とは何か」(中央公論新社)を書いた熊谷伸一郎さん(30)は「ネットは誤解も生みやすい。会ってみると、何に怒っているかがよくわかる」と語る。彼らの名刺には、「すべての日本人を敵視することに反対しよう」とあった。「右翼と政治家の言動に抗議しているだけ」ということがわかった。

 青木保・早稲田大教授は、アジアの「都市中間層」の台頭に注目する。日本のアニメや韓国の音楽を楽しみ、国境を越えることに抵抗がない若者たちが増えており、「多様なアジアに初めて共通の文化が生まれつつある」とみる。

 こうした世代の交流が誤解の悪循環を防ぐ役割を担ってくれる可能性もある。欧州はたくさんの学生を域内で交換留学させ、「欧州市民」を育てている。アジアでは日本がその音頭取りを買って出るべきだろう。

終わりに──市場の力と互恵重視の共同体へ

 今後のアジアを考えるとき、地域の中の大国である日本、中国、インド、域外の米国がどのように共生していくか、が重要なポイントになる。注目すべきは、東南アジア諸国連合(ASEAN)の存在である。

 67年に反共同盟として出発したASEANは、今や社会主義のベトナムなどが加わり、10カ国の所帯だ。ミャンマー(ビルマ)のような軍事政権もあるし、タイはクーデターが起きたばかりで、不安定要素は多い。もともと多民族、多宗教で、欧州連合(EU)のキリスト教のような、共通の基盤があるわけでもない。

 だが、タイのチャチャイ元首相が唱えた「インドシナを戦場から市場へ」は現実のものとなった。様々な問題を抱えながらも、文化の違いを尊重しつつ、焦らずに一緒に歩んでいく。いかにもアジア的な共生の仕方は、今後のアジアの安定に参考となる。

 政策研究大学院大の白石隆副学長は「アジアには米国とASEANという、二つのハブ(よりどころ)がある」とみる。

 米国が基点の関係は、日米、日韓などの安全保障条約によるハードなつながりだ。ASEANが基点の関係は、ASEANに日中韓を加えた東アジア共同体構想に見られるように、経済を入り口とする柔軟なつながりだ。アジアの安定にはまだ米国の存在が欠かせないが、白石氏は「日本は、米国中心だったアジアの秩序が多元的になるよう努めるべきだ」と指摘する。

 日本の研究団体「東アジア共同体評議会」が出した政策提言は、経済分野にとどまらず、安全保障、環境、感染症対策、文化交流といった幅広い分野での協力を求めている。インドネシア戦略国際問題研究所のバンタルト・バンドロ上級研究員も「開かれた地域主義のもと、建設的で安定した関係構築に取り組めば、日本外交はアジアで存在感を持つ」と日本の役割に期待する。

 日本は戦前にも、アジアの交流の中心になった歴史を持っている。百年前の東京には、中国やインド、東南アジアから独立運動の指導者らが集い、アジアの未来を語り合った。中国革命の中心人物、孫文も日本で、アジアは「東洋の王道」で連携すべきだと説き、支援する日本人も多かった。

 なのに日本は「覇道」に走り、独りよがりの「大東亜共栄圏」で破滅を迎えた。新たな共同体をめざす今こそ、苦い経験を踏まえたうえで、アジアを強く意識する日本の感性を生かせる時だろう。

 間違っても日中韓の対立を持ち込んではならない。アジアの長い歴史と広い地理空間を俯瞰(ふかん)し、互恵と寛容の精神でじっくりと共同体への道を開いていく。そのためにもまず、過剰なナショナリズムを克服しなくてはならない。

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