2011年7月9日
毎年5月1日になると、ケルンの街の中には短冊のような色とりどりの飾りをつけた白樺の木が出現する。屋根から下に延びる雨水の縦管に無理やりくくりつけられているのもあれば、交通標識や街灯といった便利な支柱に縛り付けられているのもある。背の高いものや、意外と小さいのもあって、大きさもまちまちだ。よく見ると女性の名前が書かれた名札がぶら下がっていたりする。
これが愛の告白を意味する「マイバウム」(Maibaum)だ。ひそかに想いを寄せる女性や恋人に対し、男性がその家の前に立てるもので、日本語に訳すと単純に「5月の木」となる。南ドイツの小さな村では、未婚の男性が、結婚していない女性全員の家の前に、小さなマイバウムを立てるという風習もまだ残っているようだが、ライン川が流れるドイツ中部のケルン周辺では、恋人や片思いの女性に贈るのが一般的である。
この色鮮やかな装飾が施されたマイバウムはかなり目立つから、街を歩けば、あちこちで見かける。ただそれを見るだけでは、どこの男性がどんな女性のために立てたのかはまったくわからない。でも、風にたなびくドイツの短冊をつけた5月の木を見つけると何だかこちらもうれしくなる。そして1カ月後の6月1日に、マイバウムはその役目を終える。
立てた男性がどのような返事がもらえるかは女性の気持ち次第だ。食事に誘われるかもしれないし、相手が恋人であれば、家族に紹介してもらえる可能性もある。あるいは何も起きないこともあるだろう。残念ながら、それもまた一つの答えだ。ただ最近では、そんな風習に関心を寄せる男女が減って来ているらしい。これも時代の流れだと簡単に決めつけてしまうのは何だか寂しい気もする。
このマイバウムを立てる習慣は、実はドイツ国内でも場所によってかなり異なっている。ミュンヘンやシュツットガルトのある南ドイツでは、4月30日から5月1日にかけて、街の中心部に、装飾や花冠を施した細長い針葉樹を立て、その年の健康や幸運を願って、お祭りをする地域も見られる。地方色豊かなドイツには、マイバウムを巡るさまざまな習わしが他にもたくさんあるようだ。
そのどれもが誰かに渡す贈り物ではないけれど、5月1日という初夏の到来を感じさせるすてきな時期に、それぞれの思いを込めて立てるマイバウムは、ドイツに残されている大切な風物詩の一つなのである。
建築の設備設計者として東京の設計事務所に勤務後、建築と環境とのつながりを求めて1998年に渡独。ドイツの設計事務所を経て、現在はケルンで建築保存と再生の研究に従事しながら、環境や資源、循環という視点で建築をとらえた執筆活動を展開中。自然の働きかけを生かすことのできる建築を目指し、近い将来、日本とドイツで設計事務所を開設予定。著書:パッシブ建築手法事典(共著、彰国社)。札幌出身。1級建築士。