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司会 それでは、総括講演から始めてまいります。 講演は、イタリア文化財・文化活動省研究局長のジュゼッペ・プロイエッティさんと、日本美術院理事長でユネスコ親善大使も務めておられます日本画家の平山郁夫さんのお2人にお願いしております。 本日、平山さんは残念ながらご参加いただけなくなってしまいましたので、ビデオでの講演となります。 それでは、まずジュゼッペ・プロイエッティさんにご登場いただきます。どうぞ皆さん、大きな拍手でお迎えくださいませ。(拍手) プロイエッティ ご出席の皆様方、こんにちは。私は、すぐ本題に入り、なぜ今回、文化財保存のシンポジウムに、日伊両国が主役として参加しているのか、そこから話を始めます。 イタリアは非常に多くの世界文化遺産を保有している国です。国土は大陸と比べるとかなり小さいのですが、その小さな国に何千年にもわたるさまざまな歴史のあかしが残されています。われわれは多様な文明や文化を継承してきたのです。 そして、しばしば、これらの歴史的あかしは重層的に重なり合っています。同じ地域に複雑な異文化が存在しているのです。イタリアの歴史的中心地では、ローマ時代以前のものからローマ時代のもの、中世のもの、ルネサンス時代のもの、バロック時代のもの、さまざまな異なった時代の考古学的記念物が共存して都市をつくり上げております。 ですから、イタリアは、さまざまな世代にわたって長い文化が継承され、それが共存して生きていくという環境にあるわけです。異文化を受け入れ、妥協して共存させていく、過去のあかしも大事に守って育てていく、そういう全体的なコンセンサスが存在していると言っても過言ではありません。これこそまさに異世代、何世代にもわたって、同じ場所で異文化が共存し残ってきた理由なのです。またイタリアは、何千年にもわたる重層的な異文化の歴史が、戦争や占領、自然災害により破壊されるのを目の当たりにしてきた国でもあるのです。 20世紀初頭、イタリアは体系的な国立の組織を設立いたしました。この組織は、歴史の中で私どもが継承してきた考古物、記念物、芸術文化財を守り修復し、それを国民に正しく鑑賞してもらうためにつくられました。 社会には経済発展のニーズがあります。イタリアは、特に第2次世界大戦後の目まぐるしい経済発展の中で、経済発展を遂げながら、同時に文化財を守るという、2つのニーズを共存させる方策を探ってまいりました。 イタリアには、長い歴史を持つ中央修復研究所があります。何百人もの保守、保存、修復の専門家がこの機関の中で働き、日々文化財を守るために奔走しています。しかも、イタリア全土、各州、各地方の出先機関に、これらの専門家が派遣されています。 その後の時代、戦後ですが、フィレンツェに大洪水が起こりました。この大洪水を契機に、これらの専門家は、天災後に重要な文化財を保存し修復するという、緊急時対応のノウハウや技術を習得、蓄積したのです。 2004年10月、パリ、ユネスコの松浦晃一郎事務局長と、イタリアの文化財・文化活動省ジュリアーノ・ウルバーニ大臣との間で、ユネスコ・イタリア協力協定が締結されました。協定では、イタリアに、自国の文化財を守るだけではなく、その技術、保存に関する知識を、世界人類遺産の保存に役立ててほしい、とりわけ、大災害、紛争の後の危機的な状態にある文化財を、即時支援するための手助けをしてほしい、ということが明記されています。 私どもが、このようにして即時支援を行った例を、幾つか皆様方にご説明申し上げましょう。イタリアの専門家がユネスコの依頼によって派遣された実例です。 まずイラクの例です。イタリア文化財省は、湾岸戦争の前から、常に、継続的に、イラクに文化財研究チームを送っていました。2003年の4月、米軍が首都を制圧して直後も、すぐ、バグダッド国立博物館におもむき被害検査をいたしました。丸3日間、博物館は無防備の状態にありました。占領国に、その国の文化財を守ることを義務付けているジュネーブ協定があるにもかかわらず、それに違反したため、国立バグダッド博物館の美術品の多くが盗まれてしまったのです。 イタリアの文化財省はバグダッド国立博物館にすぐに専門家を派遣し、まず盗難品の台帳を作成、その後、博物館組織の復興整備に乗り出しました。ここには西洋文明揺籃の地の一つの文化が保存されています。現在のイラクは、メソポタミア文明発祥の地で、北には古代アッシリア王国、中央には古バビロニア王国、南にはシュメール文明が発展しました。ここで、西欧近代文字と最古の社会共同体が生まれたのです。 私たちはバグダッドの国立博物館に新しい修復ラボを設立し、同時に現地イラク人の養成にも力を注ぎました。 私自身、バグダッドに2カ月前に行ってきたばかりです。私どもが養成したイラク人修復家たちはすばらしく成長し、盗まれた後、再度戻ってきた美術品の修復作業に当たっていました。 これが、イタリアが戦争後に行った緊急の文化財救済活動の一例です。 次の例を申し上げましょう。イランのバムです。 イランの南東にあるバムに、2003年12月26日、大きな地震がありました。近代都市だったバム市は破壊されました。8万人の人口の半数が瓦礫の下敷きになったのです。町にはバムの巨大な要塞遺跡がありました。この要塞が、日干しレンガ製だったため、地震により壊滅的な被害を受けました。 6日後の2004年1月2日、私を含めたイタリアの調査団が現地入りしました。そして、イランの同僚たちと一緒に被害調査を行いました。2年かけて、イタリアの専門家はイランの専門家と一緒に、城壁の中でも最も重要な場所である、第一の塔の実験的な修復プランを作成しました。修復プランは完成し、今、イラン政府の許可を待つだけになっています。うまくいけば、来夏までにイタリアの財政支援で、修復が完了するはずです。 今、2つの協力事例を申し上げました。先進技術を持つ国は、記録資料作成、修復プラン作成、その実施などに先端技術を使って協力できます。とりわけ記録の分野で非常に高度な精密技術を使い、バムの塔と城壁の一部の資料をデジタル技術を駆使して作成しました。3Gの技術を測量と資料化の作業にも使っています。 革新的な技術と職人の手の技術、これこそイタリアの伝統で、わたしたちは何世紀も、技術を駆使して、文化財の修復に直接かかわってきたのです。 日本とイタリアのような国が、国力のない開発途上国の文化財保護に協力して取り組めれば、非常に有益だと思います。それは開発国に、持続可能な経済的な発展のチャンスをもたらすことにもなるでしょう。 多くの開発途上国は、文化財の価値を、民族のアイデンティティを形成するだけでなく、経済の発展の重要なツールだととらえています。例えば、地中海沿岸諸国、中東諸国、大国エジプトなども、国家経済の大半を過去の文化財の活用と観光に依存しています。ですから文化財の保護活動は、一方で文化財を物理的に修復保存し国の文化的アイデンティティを確立するのに使うこと、そして他方では、持続可能な経済成長を確約する基礎に使うという、2つの意義を有しているのです。 日本とイタリアの間では既に協力関係が始まっていますが、このシンポジウムを通してさまざまなものを検証し、この分野で国際組織に貢献していく二国間協力の一つのモデルをつくっていくことができればと願っております。(拍手) 司会 ありがとうございました。 続きまして、平山郁夫さんのビデオ講演を上映させていただきます。
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