アサヒ・コム このサイトの使い方へ 検索へジャンプ メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

朝日新聞社からアスパラクラブクラブA&A携帯サービスWeb朝日新聞サイトマップ文字拡大・音声

天気住まい就職・転職BOOK健康愛車教育サイエンスデジタルトラベル囲碁将棋社説コラムショッピングbe

ここから本文エリア現在位置asahi.comトップ >  シンポジウム記事

日・伊シンポジウム「人類の文化遺産 国際協力で守る」
【文化財保存国際協力の実績紹介】
(2)イタリアの海外での活動報告:マリオ・ミケーリ氏

写真

マリオ・ミケーリ氏

 ミケーリ まず初めに、本日のこの重要なシンポジウムを企画し開催された関係機関の皆様に感謝申し上げます。

 イタリアと日本ですが、文化財の分野では既に長い伝統を持っています。このシンポジウムを通して、さらに緊密な協力関係を構築できると思っております。

 現在、イタリアは、文化財修復・保護のために海外でどんな活動をしているのでしょうか。イタリアの修復の歴史は非常に長いものです。しかし、特に進歩を遂げたのは20世紀前半でした。1939年に中央修復研究所が設立されました。近代化のプロセスが、その時に始まったと言えるのではないでしょうか。イタリアの海外における活動は第2次世界大戦後すぐに始まり、活発になりました。 1950年から60年の間に、イタリアの修復家たちは海外へ派遣されました。中央修復研究所の所長チェーザレ・ブランディは、ペルーやフランス、ベルギー、キプロス島、ユーゴスラビア、ギリシャ、クレタ島、トルコ、アフガニスタンなどへも行きました。アフガニスタンでは、55年にも長期間滞在して仕事をしています。

 60年代には考古学調査団とともに、海外における本格的な修復活動が始まりました。このイタリアの専門家に、ペルセポリスの再建やイスファハン、イランの金曜モスクの修復が任されました。

 この件に関して、非常に意義深いエピソードをお話しします。2国間の協力関係の象徴的なエピソードです。修復中に1人のイタリア人建築家がモスク内部で事故のために亡くなりました。イスファハンのイマーム(イスラム教の指導者)はその死が1人の協力者の愛にあふれる行為と考えて、葬儀が公式にとり行われるように命じました。非常に意義深いエピソードだと思います。宗教が異なっていたにもかかわらず、このようなことを行ったわけですが、これは文化財保護での協力が平和をもたらし、異文化間の対話を促進するよい例と言えるでしょう。

 イタリアの活動は拡大し、現在、2005年の情報では、131の考古学調査団が49の国で活動しています。こうした調査団はしばしば修復を通して実現できる2国間協力の絶好の機会と言えます。日本ではどうかわかりませんが、イタリアでは考古学者は文化大使だとも言われています。

 もう1つ例を見てみましょう。この分野で積極的に活動している学術機関の一つに、イタリア国立アジア・アフリカ学院(IsIA0)があり、地中海沿岸やアジアの18の国で活動しています。また、積極的に取り組んでいる機関には外務省もあります。発展途上国へ、協力局を通して支援し、文化財を保護する目的でプロジェクトを指示しています。文化財を有効活用し、経済社会の発展の手段にすることも考えているからです。先ほどもこの件についてお話がありました。

 アフリカの例です。外務省の支援は、例えば、アフリカ文化財を総括する学校の設立を行う事業があります。26の国で機能しておりまして、5年間で600人以上の文化財保存関係の専門家を養成しました。それから中央ラテンアメリカの国際機関であるイタリア・ラテンアメリカ研究所を通して、21の国で活動しています。南米大陸をすべて覆うと言っていいでしょう。

 そして、イタリア文化財・文化活動省があります。この省は世界遺産に登録されている場所で活動しています。プロイエッティ先生も先ほどおっしゃっていましたが、特に戦争や自然災害の後に活動しています。文化財省の役割は必要不可欠だと言えるでしょう。それは、高度な技術を持ち経験を積んだ専門家を数多く有しているからです。現在、地球のいろんなところで活動しています。

●戦争被害、自然災害後の支援 ―ボスニア、コソボ、バグダッド、カブール、そしてバム

 戦争、紛争によって修復作業が必要になった地域には、バルカン地域があります。1993年、ボスニアではモスタールの橋が破壊されました。この橋はユネスコの支援を通して再建され、その後は平和と異文化間対話の象徴となりました。同じバルカン地域の、セルビア・モンテネグロのコソボ自治州では、中央修復研究所が、ペックにあるバイラクリ・モスクの複雑な修復を行いました。99年の火災で被害を受けていました。

 同じく、ペックの総主教館とデカーニの修道院の壁画を修復しました。この壁画、絵画は、コソボでは13、14世紀のビザンチン絵画を代表するものと考えられていました。

 戦争地域の活動については、先ほどプロイエッティ先生からもお話がありましたが、バグダッド国立博物館があります。イタリア外務省は、センナケリブ宮殿の玉座の間の彫刻レリーフの保存プロジェクトに関わりました。非常に重要なレリーフです。

写真

写真7 ※クリックすると、拡大します

写真

写真8

写真

写真9

写真

写真10

 バグダッド国立博物館は、ご存じのとおり、略奪の犠牲となった博物館です。外国の、特にイタリアの専門家たちは、再建でイラク当局を支援しました。修復のラボが設立され、2004年3月にオープンしました。そして、修復家の養成コースも開校されたのです。青木先生からもお話がありましたが、養成コース、研修所を設けることは非常に重要な点です。

 アフガニスタンではカブール国立博物館が爆撃を受け、1992年、95年の間に略奪されました。2001年には博物館はタリバンが攻撃し、多くの彫刻作品、イスラムの洗練された彫刻作品が破壊されてしまいました(写真7)。

 2004年には文化財省が介入を始めました。アフガニスタンでは、修復家グループが現地で形成されました。05年には、現地の修復家たちがローマを訪れ、その準備を完了したわけです。先ほどもお話がありましたが、非常に危険に満ちた状況での修復作業では、修復家たちも身の危険にさらされるわけですが、現地の恩恵を得る関係機関を強化することができます。そして、その効果は芸術作品の修復にはとどまらないのです。

 戦争による被害を見てきましたが、今度は自然災害によって引き起こされたケースを見てみましょう。先ほどもお話がありましたが、イランのバム城砦遺跡です(写真8)。03年12月26日の大地震で破壊されました。その後、すぐにここは世界遺産に登録されました。バムは土でできた唯一の洗練された建築物だったのです。この地震の以前には、67あった塔のうち、28本までが保存されていました。被害は甚大でした。イタリアはイランと一緒に介入したわけですが、第一塔に活動を集中させました。構造を研究し、貴重な考古学上のデータも収集しました。

●ユネスコ世界遺産―紫禁城、エローラ、アジャンタ、カイロ

 戦争と自然災害の被害による修復を見ましたが、今度は、この緊急事態に結びついたものではなく、ユネスコの世界遺産に登録された遺跡、建築物を非常によい状態で保存するために必要な支援のケースを見てみましょう。

 まずは最も象徴的な北京にある太和殿です(写真9)。ここは紫禁城の中心であり、中国全体の中心地とも言えるでしょう。この洗練された凝った内部装飾部分を修復するのは容易ではありません。中国当局はイタリア文化財・文化活動省に協力を求めました。私たちは、04年、05年の間に修復研究作業場を創設し、イタリアの専門家が中国の専門家、修復家とともに作業をしました。

 紫禁城での作業が続く中で、もう一つのプロジェクトが開始しました。それは万里の長城の一部です。近代は修復されておらず、そのため、私たちが採用する方法論は、万里の長城のほかの部分でも適用可能となると思われます。万里の長城、月から見ることのできる人間の手による唯一の建造物と言われています。

 国を変えましょう。インドです。インドでは2つのプロジェクトを推進しています。1つは、たぐいまれなる洞窟の保存プロジェクトへの協力です。エローラ洞窟です。非常に有名で美しいところです。インドでは、また、アジャンタの洞窟の保存に関してもプロジェクトを進めております。壁画があります。すばらしい壁画です(写真10)。

 また、イタリアが積極的に協力を行っている分野の1つに、博物館の向上への支援というものがあります。有名な、長い歴史を持つ博物館でも、改良、向上は必要です。近代化も必要です。カイロのエジプト博物館のケースです。この博物館は世界で最も知られた博物館の1つですが、全体的な見直しが行われています。カイロではエジプトの博物館新システム計画の実現も支援していますし、数年前に、エジプトのギザやサッカラでも新しいプロジェクトがありました。

●専門家の養成

 もう1つ重要な分野、協力関係の中心にあると言ってもいいかもしれない分野が、専門家の養成です。この分野ではイタリアは長い伝統がありますが、特に中央修復研究所内に1941年設置された修復学校が一つのモデルになっていまする。養成は戦争や自然災害といった時にも必要ですが、緊急事態でなくても必要なわけです。こうした修復を必要とする国の中では、特に、優れた修復家の養成が急務です。

 イエメンでは、イエメン・イタリア考古学研究所が創設され、すでにこの国における最初の近代修復家たちを輩出しております。

 地中海沿岸の国々には、とりわけ芸術性の高いモザイク作品の遺跡が多く残っています。そのため、修復家たちの高い能力もまた要求されてきます。

 03年から04年にかけて、イタリア文化財省は、ユネスコの活動の一環としてアルジェリアのジェミラにおいて、モザイク修復の養成研修を行っています。

 また、数年前、ヨルダンのマダバにモザイク修復専門学校が創設され、現在もパレスチナ地域、シリア、レバノンなどへの支援を初め、さまざまな活動が波及しています。

 簡単ではありますが、イタリアの関係省庁が、世界の文化財保存のために展開している活動の全体像をご説明いたしました。次は、中国におけるイタリアの支援事業を、さらに詳しく見ていきたいと思います。

●中国における支援プロジェクト

 イタリアの、中国における支援協力事業は、15年もの歳月を超える実績を持っており、現地当局とともに文化遺産のための組織だった開発構想を構築してきました。この中国の地図に描かれた各都市は、それぞれが深い関連をもって展開されてきた事業の象徴です。北京、西安、洛陽、四川省、重慶直轄市。紫禁城での事業に関してはすでにご説明いたしました。時系列的には最も新しいものですが、重要度においても最も高いものです。

 中国における事業が始まった1995年には、すでに西安文化財保護修復センターの創設を手がけています。センターでは2年間の就学ののち、20名の陶磁器、金属製品の修復専門家が養成されます。98年から2000年にかけて、四川省と重慶直轄市の文化財運営計画の草案に貢献、イタリア国内での文化財保護修復計画の経験と実績を生かすことができました。

 3年前から、西安の陝西省歴史博物館において「唐代の壁画展示ホール」を新たに設ける計画が始められています。この展示ホールが開設されれば、陝西省各地の陵墓から出土した唐代の壁画の数々が鑑賞できるようになります。

 さらに、2003年、北京の国立文化財保護センターにおいて「中・伊文化財保護・修復専門家の養成学校」を開設いたしました。中国では、活動の中心となるような人材養成学校が必要でした。我々は、センターの1階をまるまる改築して教室やラボラトリーとしていきました。さらに、中国の27の省から67名の修復家を、この養成学校へ招聘し、研修を受講してもらいました。国土の広い中国での移動ですから、ヨーロッパで例えるなら、まるでフィンランドやギリシャから学生を呼び寄せるようなものでした。

 修復家たちは4カ月間にわたり、27名のイタリア人講師と18名の中国人講師の授業に参加し、またラボラトリーでの実習を行い、実りある研修期間を過ごしました。卒業生は、4分野での専門知識を習得したことになります。 陶磁器と金属製品の修復、石材の修復、建造物の修復、遺跡の保護です。

 2004年9月、中国文明発祥の地である洛陽市に講師陣と生徒たちを移動させ、設備を持ち込み、3カ所の遺跡での最終現場研修を行いました。

写真

写真11

写真

写真12

写真

写真展の様子

 はじめの遺跡は、中国古代王朝の都、洛陽市にある「商家」(商人の家)です(写真11)。この壮大なる建造物は清王朝の時代に建てられ、1711年に修復されましたが、かなり損傷が目立ちました。もともとの建築素材がかならずしも品質の良いものではないことと、1948年から96年まで学校として利用されていたために、人為的な要因も損傷の原因に考えられます。

 皆さんもよくご存知の龍門石窟は、洛陽市の近郊に位置しており、甘粛省、敦煌市の莫高窟や山西省の雲岡石窟とともに中国3大石窟の1つです。龍門石窟は、2000年に世界遺産に登録されています。

 2004年の秋、龍門石窟の2つの仏龕(ぶつがん=仏像が彫られた石の穴)の完全修復を手がけました。価値の高い仏像作品には深刻な損傷がみられました。ここでは、生徒たちは3カ月間現場作業を経験し、損傷診断の段階から、修復計画、実施、研究とその結果の発表にいたるまでの全工程を習得します。

 最後の研修の場として選んだのが、隋から唐代にかけて栄えた洛陽の3大商業地区で、そのなかでも最大の南市(なんし)です。洛陽の考古学チームが04年秋の発掘に生徒たちを参加させてくれたため、遺跡の保護に関する知識を広く学ぶことができました。

 生徒たちは考古学者とともに発掘を行い、最も壊れ易いような遺物の出土にも立会うことが許されたため、細心の注意を要する発掘技術のみならず、修復の初期に行うべき重要な処理などを現場で習得しました(写真12)。洛陽市の都市部で行われた遺跡の応急処置のように、急を要する場合の遺物の取り扱い方も学びました。生徒たちは、このような国際的なチームでの経験を通して、専門分野での知識とともに世界に対する新しい見方、願わくばより良い見方ができるようになったのではないでしょうか。

 イタリアが海外で展開している文化財保護事業の全体像を説明させていただきました。最後に、日本が国内外で進めていらっしゃる文化財保護事業に対して、私が高い評価と深い尊敬の念を抱いていることをお伝えし、私の講演を終えさせていただきます。今後、共に文化遺産の保護という困難な事業を進めてゆけることを期待して止みません。  

 司会 どうもありがとうございました。

 これより20分間の休憩に入ります。再開は2時50分からの予定です。

 この時間に、ぜひロビーに展示してあります大村次郷さんの写真もごらんください。

 ( 休  憩 )


ここから広告です 広告終わり
▲このページのトップに戻る

asahi.comトップ社会スポーツビジネス暮らし政治国際文化・芸能ENGLISHマイタウン

ニュースの詳細は朝日新聞紙面で。» インターネットで購読申し込み
asahi.comに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
| 朝日新聞社から | サイトポリシー | 個人情報 | 著作権 | リンク| 広告掲載 | お問い合わせ・ヘルプ |
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.