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司会 ただいまよりシンポジウムの後半、討論を始めさせていただきます。 それでは、パネリストの皆様にご登場いただきます。皆様、大きな拍手でお迎えくださいませ。(拍手) それでは、パネリストの皆様をご紹介させていただきます。 皆様から向かって右側より、先ほど実績のご紹介をしていただきましたローマ中央修復研究所員のマリオ・ミケーリさんです。(拍手) 続きまして、カンパニア州文化財・景観監督官のステファノ・デカーロさんです。(拍手) そして、上智大学学長で、同大学アンコール遺跡調査団団長の石澤良昭さんです。(拍手) そして、日本におけるポンペイ研究の第一人者でいらっしゃいます国立西洋美術館館長の青柳正規さんです。(拍手) 青柳さんにはこの後のコーディネーターを務めていただきます。 それでは、どうぞよろしくお願いします。 青柳 どうも。 2時間の長丁場ですけれども、ぜひ最後までおつき合いいただきたいと思います。 本日のテーマ、文化財の国際協力に関してですが、まず、壇上にいる方々に、このテーマについて考えていることを、簡単に2分ずつぐらいお話しいただいて、それから本題に入っていきたいと思います。 それでは、まず最初に石澤先生にお話をいただきたいと思います。 【冒頭発言】石澤良昭氏 石澤 ご紹介にあずかりました石澤でございます。 私、カンボジアのアンコールワットを中心に、大学レベルでの国際協力ということでやってまいりました。
カンボジアはちょうどベトナム、タイに挟まれまして、ラオスとも国境を接しております。真ん中にメコン川が流れております。それから、中心部にトンレサップという湖がございます。湖の西北部にアンコールワットがございます。実はアンコールワットだけではなくて、アンコールトムもあります。まだアンコールワット級の大きな遺跡が5カ所、国内にございます(図1)。そして、あるものはアンコールワットの4・7倍もあるという非常に大きなものでございます。アンコール王朝は9世紀から15世紀まで600年間続きます。 それじゃ、どういうことをやっているかということですね。私たちの行っております国際協力は、カンボジア人保存官(Conservator)を養成する手伝いです。アンコール遺跡を守る人たちを育成しようという活動でございます。 カンボジアでは1970年から内戦となり93年にパリ和平協定が締結されるまでの24年間、国内は混乱し、ほとんどの遺跡の保護活動が止まり、放置されました。そして、アンコール遺跡管理事務所長Pich Keo氏の要請に応えて遺跡の破壊を救済するため、私たちは80年からシェムリアップへ出かけ、応急保護工事などを手助けしてまいりました。 当時、実効支配中だったヘンサムリン政権及び3派連合政府からは、遺跡の救済活動への同意を得ておりました。カンボジア人作業員と共に、文化遺産の修復という錦の御旗を掲げて、毎日数カ所の遺跡を駆け回り、下生えの刈り取りや地雷の除去、雨水の排水などを実施してきました。これらの地道なアンコール遺跡の保存修復活動は、カンボジアの人たちの精神的復興の一助となり、本当の意味での自負と自信を取り戻す一つの契機になったと思います。 上智大学アンコール遺跡国際調査団(以下、調査団)は、カンボジア文化芸術省及びアンコール地域遺跡整備機構(APSARA機構)と協力し、「カンボジア人による、カンボジア人のための、カンボジアの遺跡保存修復」を哲学に掲げ、アンコール遺跡の調査・研究・保存修復活動を続けております。毎年3月、8月、12月の3回、調査団を現地に派遣し、自前発掘・自前修復・自国研究ができるカンボジア人保存官養成のための現場研修と実地訓練を続けております。
特に2001年度の第32、33次調査では、現場研修の場であるバンテアイ・クデイ遺跡で274体の廃仏及び千体仏石柱が発掘されました(写真13)。これまでアンコール遺跡が世界に知られて140年の歳月が経過する中での世界的な大発見でございました。 アンコールワットをはじめ、これらの文化遺産はカンボジア民族の誇りと伝統の象徴でございます。その保存修復と維持は、そこに住む人たちの手でなされることが必要です。この民族の固有な文化遺産を世界に向かって説明できるのは、誰よりも現地に暮らすカンボジアの人々です。文化遺産の調査研究と保存修復は、何といっても、現地当該国における専門家の手によりなされることが理想とされています。 しかしカンボジアでは、ポル・ポト政権の時代(1975〜79年)に、遺跡を調査・保存修復する専門家がほとんどゼロになってしまいました。つまり、61年から一緒に働いてきたカンボジア人保存官たちが無念な思いを抱き、不慮の死に追いやられてしまったのです。遺跡の保存修復に私を駈り立てるものは、彼らに対する鎮魂でございます。 カンボジア人の人材養成プロジェクトは、平和の兆しが見えてきた91年3月から始まりました。それは考古発掘調査及び保存修復を指揮できる将来の遺跡保存官及び中級レベルの技術を持った作業員と石工の養成(写真14)の三本立てであり、現在も続いています。 プノンペンの王立芸術大学考古・建築両学部の学生の現場研修は、調査団が担当しているバンテアイ・クデイ遺跡で実施されています。95年より、両学部から学生5名を選び、毎年3月、8月、12月の調査団に参加し、日本人の先生方から、より実践的な現場実習の指導を受けました。彼らは、8年前に芸術大学が再開されると同時に入学してきた学生たちでした。上智大学では、彼らが合宿して講義を受け、出土品の処理や図面作成ができるアンコール研修所(現アジア人材養成研究センター)を96年8月に建設しました。 彼らは、大学卒業後、研修生として採用され、この研修所に3〜5年間出勤して調査・研究の課題をこなしながら、引き続き日本人の先生方の指導を受けています。さらにこの研修生の中から選抜するわけです。彼らは日本の文科省の奨学金を受けて上智大学大学院地域研究専攻で学位を取得するため来日し、アンコール遺跡研究についての学位論文を作成します。 ●国際協力は人間の協力 専門家が不在になってから現在まで37年あまりの歳月が流れ、人材養成プロジェクトを開始して16年目にして、やっと新進気鋭のカンボジア人遺跡専門研究の候補者が成長してきたことをご報告申し上げます。 2006年3月現在の調査団の人材養成の成果を申し上げますと、博士学位取得のための大学院教育プログラムでは、博士4名、修士5名が学位を取得しました。大学院在籍者数は、博士後期課程が2名、博士前期課程が2名です。また、博士・修士学位取得者の就職先は、カンボジア政府文化芸術省副局長1名、国際交流担当1名、閣僚評議会農業専門官1名、プノンペン市観光局次長1名、王立芸術大学助教授3名、プノンペン大学文学部助教授1名です。現在進行中のものは、アンコール遺跡における保存官養成候補者・石工養成プログラムで、考古学研修生12名、建築学研修生6名、石工研修生14名、そしてアンコールワット西参道修復現場作業員30名が訓練を受けております。 私たちの結論としましては、カンボジア人の人材養成プロジェクトでは国境のない信頼関係の構築が必要であるということです。基本的な立場は「国際協力とは人間の協力」であります。遺跡の保存活動では、肌の色、言葉の壁を突き破り、個々のレベルでどれだけ国境のない信頼関係が構築されるかにかかっているのです。 青柳 ありがとうございます。 今、石澤先生がずっとやっていらっしゃいますカンボジアの事例をお話しいただきました。 次に、ポンペイやカンパニア州で長らく考古学関係の監督官をなさってきていますステファノ・デカーロ先生にお話をいただきたいと思います。 よろしくお願いします。
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