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日・伊シンポジウム「人類の文化遺産 国際協力で守る」
【討論】(4)

●遺産保護と現地住民はどう折り合うか―ポンペイの例

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ステファノ・デカーロ氏

 デカーロ そうですね、ポンペイのケースは意義深い事例です。文化財保護の一つの面である「活用」の難しさを示すシンボルともいえるでしょう。何をすべきで、何をすべきでないかを示す例です。

 ポンペイは、私たちの世代に始まった発掘ではなく、世界で最も古く、1748年から発掘されています。エルコラーノ発掘から10年しか経っていないころです。もちろん、この発掘の歴史のなかには、多くの誤りやその是正もありました。最初は王国主導の発掘でした。つまり当時、ほかの王国から来ていた貴族たちに威信を見せ付けるための遺跡発掘だったのです。もちろん、現在は完全に変わりました。ポンペイが発掘された時は、文化に触れることができるのは、貴族のみでした。

 現在、文化は、一般の人々も身近に知ることができるものになっています。ポンペイは、そんな歴史的変遷の中で発掘が行われてきたのです。王国主導の発掘作業から、イタリア王国が統一された後は、イタリア国家の事業になったのです。つまり、国のアイデンティティを形成していく上でも重要な事業だったのです。

 多くの国が、文化遺跡を自分たちのアイデンティティの基盤にしたいと思っています。その中では、過ちを犯すこともあります。ポンペイでも多くの過失がありました。過度の発掘や修復が行われたのです。国が自国の威信を示したい時、過去の文化資産に過度に手を加えたり、修復を重ねてしまうことがあります。自分たちが過去偉大な国であった、そして、現在も偉大な国であるという国力を誇示したいからなのです。

 湾岸戦争前のイラク、イランのシャーたちも同じようなことをしていたでしょう。つまり、過去の国力よりも、現在の国力を示すために修復をするのです。クノッソスでも、エバンズによる発掘修復がありましたが、これも現代のギリシャと、過去のギリシャの国力を示すために、修復をしているのです。われわれは、このような歴史から学ばなくてはなりません。修復とは知を形成するものであって、政治力や国力を誇示するためのものであってはならないのです。

 さて、ポンペイを観光地として活用することで経済を刺激するべきだと考えられていた時期があります。最初にイタリアでつくられた鉄道はナポリ−エルコラーノ間でした。そして、高速道路は、ローマ−オスティア、そして、ナポリ−ポンペイでした。なぜでしょうか。それはモータリゼーションが始まった時代に、ポンペイの遺跡に短時間で到着してもらうために作られた高速道路だったのです。また、ナポリ湾に上陸した観光客を、いち早くポンペイに移動させるためでもありました。観光的な視点での活用が始まったのです。

 私が幼い頃から、ポンペイ、またはナポリを訪れる観光客の多くは外国人でした。地区の住人ではありません。外国から来る人たちなのです。こうして過剰な観光客の流入が始まりました。ポンペイの街は消耗され始めたのです。

 街は観光財として認識されます。経済的な面からは非常に有効でしょう。財政が潤い、文化財の保護にも役立つからです。しかし、観光資源は、消費財でもあるのです。地元の人が訪れないということは、その文化財に対する地元の理解が希薄だということになります。ですから、私たちは今日、その傾向を修正していくために、地元の学校で、ポンペイの歴史について伝える教育啓蒙活動をしています。

 青柳先生のお話にもありましたが、街の消耗、そして持続可能な観光という問題もあります。つまり、節度ある制限された活用のもとで、持続可能な観光を考えていかなければならないのです。個々の考古学的構造物が支えきれる数の人数、または呼吸量でなくてはならないということです。過去の文化財や遺構は幾度も修復されていく運命にあります。修復と、何十万人もの観光客の来訪は、文化財の消耗を促進してしまいます。ですから、世界遺産のリストでも、ある程度規定されているように、きちんと運営管理計画を作る必要があります。遺跡を訪れる人たちをグループ分けして、ローテーションさせていくことも考えなければなりません。

 これは、かなり難しいことです。例えば、ポンペイを訪れる人たちは、みなが同じ遺跡や有名な家ばかりを見に行きたいと思っています。このような状況を、うまく管理しなければなりません。ここでは、保存の必要性と旅行会社の利益が対立するのです。旅行会社の関心は、有名な場所をなるべく短時間で見せ、観光客を商品として最大限に活用することですが、修復家側の関心は、興味深いところをもっと広く見てもらうことにあるのです。ポンペイには3000もの邸宅があるのですが、いつも同じ有名な家だけを見るのではなく、いろいろな家をゆっくりと見てもらいたいのです。

 他方で、ポンペイは氷山の一角に過ぎません。ポンペイを理解してもらうためには、周辺の土地、カンパニア州の大きな観光資源にも触れてもらいたいのです。私たちの課題は、観光客に、より広い地区を回って見てもらうことです。一つの場所だけに集中するのは、あるべき形ではないのです。

 青柳 先端を行っているポンペイのお話を聞きましたが、それを聞いて思い出すのは、私、今の理論では正しいかどうかわかりませんが、中学校の理科で習ったことを思い出しました。それは個体発生は類発生を繰り返すということです。つまり、個体発生というか、精子と卵子が受精して、徐々に胎児が大きくなる。その過程で、我々人類が何十億年も前に海の中から魚のようになって、魚から陸に上がって哺乳類になって、哺乳類になった後、こういうふうに人間になるというようなエボリューションを繰り返す。普通それを個体発生が類発生を繰り返すというんですが、今、デカーロ先生の話を聞いていると、かなりその類発生を先行していて、そして、現在ミケーリ先生とか石澤先生が中国やカンボジアでやっていることに、いずれそのうち、デカーロ先生が直面しているような問題にもぶち当たるのではないかという気がします。

 そこで、石澤先生とミケーリ先生にお聞きしたいんですが、そういう国際協力の中で文化遺産を守るというお仕事をなさっていて、現状はどうなのか。カンボジアや中国で文化遺産というものを考えた時に、どういう課題、問題があるのか。そのあたりを、まず石澤先生からお話しいただきたいと思います。

●現状の課題―増える観光客、環境破壊

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石澤良昭氏

 石澤 今、いみじくもデカーロ先生がおっしゃった、本当の意味で観光客が爆発的に増えていると、こういうことでございます。ですから、ポンペイの事例を学びながら、やはり節度ある観光状況というのをつくり出していかなきゃいけない。

 このところ人気が出てきて、近いということがありまして、アジアの中で割と近接したところにたくさんの人口がありますし、皆さんがそれぞれ経済発展を遂げてくると、最後は文化に行き着く。やっぱり行ってみようぜという話になるわけですね。特に中国、それから、韓国、日本からはたくさんの観光客が訪れまして、倍々ゲームなんですね。10年前は大体6万5000人、年間です。今、65万人ですね。ですから、毎年増えているわけです。

 そうすると、じゃあ、それによって何が問題かということです。もう本当にポンペイの事例を学ばせていただいて、対策の幾つかを考えていくということが必要なのかなと。今、直面している問題はそういうことでございます。

 それで、やはりそういう例で、例えば日本が国際協力できるとしたら、環境問題ですね。日本は環境破壊の先進国、環境の先進国ですよね。ごみの問題から始まり、そうした資源の問題、森林問題や水の問題、そういう問題で日本が保存・修復プラス1というような形で貢献できるんじゃないか。やっぱりそういう整合性のある観光事業、アンコールワットを地域の文化資源と位置づけますと、それは経済的には非常に潤うわけです。本当に笑いがとまらないほどお金が入ってくるわけですね。そうすると、その負荷の部分もあるわけです。

 ですから、そこら辺は日本とイタリアがむしろ協力して、そのような事例をどういうふうに解決するかというノウハウを、あるいは、そこに合った方法を一緒に考える、そういうことが必要なのかなと、今、考えております。

 青柳 それでは、ミケーリ先生は、中国で、あるいは、それ以外のところで、難しい困難、問題をお持ちなのでしょうか。

●中国の課題―すべての基本は人材養成

 ミケーリ まず一般的な話をします。初めに私たちがしなければならないことは、中国であれ、アフリカであれ、モーリタニアであれ、まずその現地で必要なことは何かを、注意深く分析することなのです。そして、この国際協力に対する考え方に、日本とイタリアの共通点があるとわかったのです。また、自分たちの活動が、何に役立っているのかを客観的に判断する必要もあります。こうして、活動の問題や弱点を分析するのです。

 さて、先ほどから中国の話をしておりますので、同じ中国の話を深めていきたいと思います。

 国土の広い国の場合は、スケールごとに事業展開してゆくことが必要になってきます。先ずは、文化地区、この地域全体を考え、次ぎに各考古学遺跡の場所、そして、博物館、これらを一連のスケールで、一つの基準にして考えていくのです。なぜなら、単独のモニュメントだけに焦点をあわせてしまうと、全体の文脈を見失ってしまうからです。

 実際、私たちが、近い将来実現を考えているプロジェクトは、多分野の人たちがともに同じアプローチのプロジェクトを進めていくことです。つまり、都市計画と文化遺産を統合して研究し、そのうえで、特定の遺跡の保護を行うというものです。全体を俯瞰して見なければ、ゆがんだプロジェクトになりがちなのです。

 中国は現在のところ、文化保存の計画作成に弱点があると思います。ですから、私たち、イタリア、または、日本が構築した保護計画のノウハウを中国に移転する必要があると思います。また、環境と遺産保護という問題も中国の弱点であり、デリケートな問題ですので、取り組みを続けていかなくてはいけません。

 すべての問題の基本は人材養成だと思います。まず人材を養成し、しっかりとした体制をつくる必要があります。しかし、体制を強化するといいましても、私たちが、組織的、法規的な面で強化するのは困難です。ですから、私たちは、まずそれぞれの専門分野での人材を育成するところから始め、徐々に体制を整備するよう訴えかけようと考えました。保護修復には、さまざまな職業が関係しています。考古学者、美術史家、建築家、修復家だけではなく、博物館の学芸員たちもかかわってきます。

 ですから、まず人材を育成し、その国を強化するのです。中国以外でも同じことが言えます。しっかりとした現地の専門家を多分野に渡って育てていくという戦略を進行させないと、決してうまくはいかないと思います。

 また育成計画も、文化遺産を詳しく調査し、何人の修復家が必要なのか、そして、その県には何が文化財として存在していて、何人の専門家がいないと保守ができないのか、合理的で科学的な調査を行う必要があります。そして、何が足りないのかを特定する必要があるのです。

 青柳先生が問題点をお聞きになりましたが、このような問題点が明確になってはじめて、国際協力のプロジェクトとそのマネジメントプランを作成することができるのだと思います。

 しかし、もう一つ重要な側面があります。石澤先生も先ほどおっしゃったことですが、並行した活動も必要なのです。現地の方々の問題意識を喚起するということが非常に大事だと思います。同時に、日本でもイタリアでも広く広報活動を展開し、海外、アフリカなどでの事業についても周知してもらう必要があるのです。なぜなら、私たちは国民のコンセンサスを得る必要があるからです。それは政治的問題だけではなく、文化的な問題でもあるのです。私たちは、納税者が払った税金の理想的な使い方をしているのだということを、国民に理解してもらわなければいけません。そうすることで、国際協力が確固たるものとなり、長く継続するものになるのです。さもなければ、計画が頓挫してしまうこともあるのです。

 もう一つ、修復・保存の国際協力活動でマネジメントプログラムや予算計画をつくるときは、記録映像を撮ることも忘れてはなりません。記録フィルムを残すことは、人材研修と同じくらい重要です。たとえ役に立つ研修であっても、それを記録せず、本などの印刷物にしなければ、周知を図ることができません。ですから、国際協力予算の一部は、直接的な活動以外の広報活動のような付帯事業にも充て、同時進行していくことも大切だと思います。


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