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司馬遼太郎没後10年シンポジウム 「街道をゆく」の世界
【パネルディスカッション】(2)

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真野響子氏

 加藤 ありがとうございました。何か総括が出てしまいましたけれども、ちょっとしばらくお忘れください。今度はやや「街道をゆく」の方にこだわっていただいて、全43巻という膨大な世界でありますし、幅が広いだけじゃなくて、奥行きが大変深い作品群です。

 一つ二つ、自分が特に好きだという巻とか、特に印象に残った司馬さんが歩かれた具体的な場所などを、少し今度は長めにおしゃべりいただけますでしょうか。

 真野 えっ私ですか?レディーファーストということで、じゃあ。

 小説においても「街道をゆく」においても、歴史的な部分、思索的な部分、学術的な部分、ある時は哲学的な、宗教的な部分がたくさん出てきます。でも私は、その「箸(はし)休め」のような、司馬さんのリリカル(叙情的)な部分というのかしら、そこがとっても好きなんですね。

 それで、1人でよく爆笑したり……。何が一番楽しいかって、挿絵の須田(剋太)画伯とのやりとりですね。先ほど伺ったら、須田さんは90年に亡くなったそうですが、司馬さんは、須田さんが亡くなった後、「街道をゆく」をおやめになろうと思ったらしいです。

 それぐらいに、司馬さんの旅の仲間としては……。仲間ってどうして言うかといいますと、私、「街道をゆく」のビジュアルシリーズを拝見して思ったのです。皆さん、文章からいくと、司馬さんってまるで奥様と何人かのご友人と須田さんと旅をしていらっしゃるようにお感じでしょう。でも実はとんでもないのですね。正確な人数は伺わなかったのですが、写真で見る限り十何人いました。すごい人数なんです、本当は。それにガイドがいて、中国の場合は役人もつきますから、それに運転手さんとかいうと、もしかしたら総勢20人ぐらいで移動していたかもしれない。

 それなのに、司馬さんは全部それを絞り込んで、まるでご自分1人で、先ほどリービさんがおっしゃったように、1人で歩いて旅していらっしゃるような、そういう印象を受けます。

 最初に感動したのが司馬さんのマヨネーズの話なんです。正岡子規のことをやった時に「坂の上の雲」を読みました。「坂の上の雲」は文庫本では第8巻、一番最後に「あとがき」があります。単行本の時は、一巻一巻の後にそれぞれあったのですけれども。そこで素晴らしいことをおっしゃっていらっしゃるんですね。

 「小説という表現形式のたのもしさは、マヨネーズをつくるほどの厳密さもないことである」。これってね、マヨネーズを作ったことがある人じゃないと絶対に分からないんです。この中でマヨネーズを作った人なんてほとんどいないと思うんですね。特に男性なんて。ああ、お作りになりますか。ああ、珍しい方ですね(笑い)。

 難しいんですよ。味は市販のマヨネーズと比べものにならないぐらいおいしい。大変難しい。なぜかというと、すぐ分離してしまうんですね。

 こういうことを小説の手法として表現できるっていうのは素晴らしいと思うの。この感性が「街道をゆく」でも方々にちりばめられています。間違ったことを言ってはいけないと思うので、珍しくメモをしてきました。たとえば、中国。蘇州に行った時に、何がいいというと、中国の古い壁がいいっていうんです。

 石灰でできているしっくいの壁です。この壁がすごくいいと。これに尽きるものはないと司馬さんはおっしゃっているんです。その時に、須田さんが、これは鹿島さんに説明をしていただいたほうがいいかもしれないけど、「パリの壁よりすばらしいです」っておっしゃっているんですね。

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会場風景

 ねえ。パリ、負けているんですよ(笑い)。本当にこれはうれしかった。私は今、年に4回ほど中国に行って、小さな紹介記事を書いています。この間は、どうしてもこの壁のしみと西洋風の緑の枠、そこにたたずむ私……。ガラスは昔、日本にあったようなガラス、普通のすりガラスじゃないのね、ガラスの中に小さなプリントが入っているようなガラス……。この3点セットで私を撮って欲しくて、カメラマンにお願いして、結局、彼は壁のしみを撮らなかったんですね。

 私はしょっちゅう、怒りまくっているんですけれども、この時も怒りまくった記憶が(笑い)。そういうわけです。

 それから、もう一つ好きなのは色の表現なんです。モンゴルにいらした時に須田さんが「私の好きな色がいっぱいです」という言い方をされたんですね。

 私が正岡子規に入ったのも、変な入り方ですが、夏目漱石と誕生日が一緒ということもあるんですけれども、中村不折、浅井忠という2人の画家からも入っているんです。「(NHKの)日曜美術館」で2年間司会をやっておりましたので……。彼らは正岡子規の友人だったんです。

 司馬さんはたとえば、スペインに行っても「ゲルニカ」は見に行ってないんですよ。須田さんには、見に行っていいって言っても、自分はやっぱりお歩きになって、実際ご自分の目で確かめられたことを大切になさるから、博物館に行ったり美術館に行ったりなさらない。須田さんのそういう非常に美学的なところ、司馬さんの美学的な部分が須田さんによって、須田さんを通して私たちに伝わってくる。それで、どういう色かというと、コバルトブルーなんですね。

 もう一つ好きなのは、私は今、石川県の白峰というところによく行くんですけれども、そこの隣の越前の平泉寺のことを書いていらっしゃいます。そこのコケの色が、白緑(びゃくろく)だったかしら、白い緑というような言い方をしていらっしゃるんですね。日本の絵の具の顔料の、その中の特に細かい緑青の、この色。まさにその色のコケなんですね。その表現の仕方とか、そういうところが震えるほど好きですね。まだ、時間あるのかしら。

 加藤 まだ大丈夫です。

 真野 あとは、須田さんが沖縄に行く時に、ものすごく着膨れて行くんですよ。それで、司馬さんと最初に空港でお会いしたら、もうぱんぱんにいろいろ着ていらっしゃるのね。須田さんは、モンゴルでも私はこうでしたとおっしゃるんです。モンゴルってすごい気温差でしょう。司馬さんは沖縄本島のもっと先の島、先島と書いていらっしゃいますけど、伝説にしかないような島に行くつもりで沖縄行きを決心なさるんです。

 結局、編集の方は、それが「荷物になりますよ」って言ったら、荷物になるんだったら、全部それを着ていればいいって言うんですね。

 沖縄は、私も数年前に「ちゅらさん」という番組をやっておりましたけれども、一年中暖かいわけではないんです。いつだったか、6月ぐらいだったかしら。子どもたちが海の中で楽しく遊ぶというシーンがあったんですが、本当に冷たかったですね、水が。唇が真っ青になっていました。

 結局これで、最終的には須田さんの勝ちなんですね。司馬さんは寒くて寒くてしょうがない。モンゴルで、朝、寝間着を着たまま2人で散歩するシーンがあるんですけれども、これも須田さんの勝ちですね。須田さんはもうモンゴルに持っていったものを全部お召しになって、お休みになるわけですね。司馬さんは大変軽い格好で。やっぱり寒くなって引きあげるという、そういうところがあります。

 ですから、私が特に好きなのは、非常にジャーナリスティックな部分がおありになりながら、こっちはそういうものを求めて読んでいるのに、実は違うと。本当はすごく詩情あふれる人だったという、そういうところがとても好きですね。

 加藤 はい。どうもありがとうございました。続いて、鹿島先生、お願いいたします。


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