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司馬遼太郎没後10年シンポジウム 「街道をゆく」の世界
【パネルディスカッション】(3)

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鹿島茂氏

 鹿島 この「街道をゆく」を読みながらいつも感じることが一つあります。「翔(と)ぶが如く」という大長編がありますが、それを読んでいた時の印象がくっきりとしたかたちで確かめられることなんです。何かというと、僕が「文化のガラパゴス現象」と呼んでいる現象です。

 ガラパゴス島という絶海の孤島に生存するがゆえに、あの独特のオオトカゲが残るわけですね。隔絶された所には、中央ではとっくに死滅して消えてしまった非常に純粋なものが、そのままの形で保存されるということがある。

 ただ、それが辺境に残っているというだけではあまり意味がない。司馬さんが注目したのは、辺境に残ったかつての純粋なものが、ある時代のサイクルを経ることによって、いきなり文化の最先端に飛び出してくることがあるという事実です。これが、司馬さんの考える歴史地理学の思想ではないかと思うわけです。

 と申しますのは、たとえば「翔ぶが如く」だと、「薩摩の武士集団」がたびたび言及されます。戦国の武将たちにあった戦う者の連帯と、その独特のメンタリティー。それが西郷隆盛を中心とする薩摩の武士集団に残った。戦国のメンタリティーが、いきなり幕末の時代によみがえってくることによって、江戸300年をひっくり返してしまった。

 司馬さんは世界のどこに行っても、この思考で見るわけです。先ほども話に出ましたアイルランドのことは、司馬さんが「愛蘭土(アイルランド)紀行」で書いています。シーザー、つまりカエサルはヨーロッパの至る所を征服して回った。ブリテン島、今のイギリスの本島までは来たけれども、アイルランドにまでは来なかった。

 それほど見捨てられた土地。そこに、逆にヨーロッパでカエサルに征服される以前に広く存在していたケルト民族と文化。それが最も純粋な形でアイルランド島に残った。民族が残ることによって、古代の原ヨーロッパ人が持っていた心や性格、たとえば、単純でケンカ早いとか、酔っぱらいであるとか、詩ですべてを考えるとか、歌がうまいとか、チームプレーには向いてないとか、そういう性格がアイルランドには原ヨーロッパ人的なものとして残る。それが、20世紀になって、アメリカで花開いたり、ビートルズで世界に広まったりする。

 司馬さんは、辺境というよりも、歴史地理的に中央の力が及ばなかった歴史の、古層というか、そういうものが残った所を見るのが好きなんですね。

 同じように思考を働かせると……。フランスとスペインにまたがるバスク地方というのがあります。皆さん、ベレー帽は知っていますね。あれはフランスの風俗じゃなくて、もともとはバスクの人たちの衣装だったんです。

 バスク人の街がバイヨンヌなんですが、司馬さんは「南蛮のみち」でその近隣を歩く。司馬さんの頭にあったのはフランシスコ・ザビエルですね。日本にキリスト教を伝えたあのフランシスコ・ザビエル。ポルトガル人ということになっていますけれども、ポルトガル人ではないんです。バスク人です。

 バスクの人は、国家というものをついに持たなかった。国家はフランスとスペインに分かれて、ザビエルはスペイン側にいましたが、その後フランスで教育を受け、中身は完全にフランス人です。しかし、心にはバスク人が残っている。

 その人が、イグナティウス・デ・ロヨラという軍人あがりのファナチックな男にインスパイアされて、イエズス会という教団に入った。そして、その布教のために日本にやってくる。我々から見るとフランス人とか、ポルトガル人となるのですけれども、その実はバスク人ですね。

 同じように、日本人がイギリス文学とかイギリス文化と理解しているものの中にも、実は「アイルランド文化」であるものが多い。アイルランド系の文学をイギリス文学から引いてしまうと、シェークスピアしか残らないのではないかというぐらい、大変な人脈がある。スウィフトから始まって、オスカー・ワイルド、バトラー・イェイツ、バーナード・ショウ、それから、ジョイス。その他いろいろな人がいる。こういう人たちを我々はイギリス文学と思って読んでいるが、実はアイルランド文学なんです。

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会場風景

 一つの国籍と心の置き所である故郷、つまり、自分のアイデンティティーとする場所ですね。そういうものが違っている人間たち。そういう人間たちが、日本にやってくることがとても多いわけです。ザビエルはその典型です。ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)も。この人はお父さんがアイルランド人で、お母さんがギリシャ人です。彼も自分のアイデンティティーがどこにあるか分からなくなって、いろいろ放浪したあげく、日本で何か故郷に似たものを発見する。

 司馬さんはそういうふうに、辺境と言われる所を求めたわけです。何でそういう所を発想の根源にしたのかと考えますと、これはたぶん、司馬さんが専攻されたのがモンゴルだったということと関係があると思うんです。

 モンゴルは日本からだと中国の向こう側というイメージですが、大ユーラシア大陸を中心に見ますと、モンゴルはロシアと地続きです。モンゴルがひとたび西方に行くと、ロシアから先に玉突き現象が起きる。これをモンゴルと限らず、それ以前の遊牧民、東洋的遊牧民と見ると、フン族というのがあるわけです。

 フン族は、中国では匈奴とされ、中国を何度も侵した。逆方向では、ゲルマン民族の居住地帯であった今のドイツのあたりに、アッティラという人が攻めて入った。そのおかげでゲルマン民族の大移動が起こり、ローマ帝国が滅びたということはご存じですね。

 そのゲルマン民族たちは、どんどん移動していって、ついにフランス、スペイン、イタリアに入り込んだ。あのヨーロッパの国々というのは全部、ゲルマン民族が支配民族として入り込んで王朝を建てた国々です。

 フランスはゲルマン民族のフランク族が支配者として建てた国です。フランスの隣にあった公国、今ではフランスの一部ですが、ブルゴーニュと言うんですけど、これはブルグンド族という一族の国です。それからイギリスは、アングロ・サクソンと言いますけれども、これはゲルマン民族のアングロ・サクソン族がイギリスに入り込んだわけです。その時に、ゲルマン民族が隅に追いやった人たちが、ローマ化したケルト人たちですね。イギリス、フランス、その他もろもろ、全部そういうことなんです。

 でも、アイルランドはゲルマン民族に侵略は受けなかったかというと、そうではない。アングロ・サクソン化したブリテン人によって侵略を受けてつらい思いをしているわけです。

 だから、モンゴルという中心から見ると、西と東に玉突き現象を起こす。玉突き現象の侵略によって、あげく隅に追い込まれた人々が、逆に、文化とか歌とか美術とかの形で、もう一回中心に大きな影響を与える。これが司馬さんの世界観であるし、歴史観であるし、地理観であるわけです。そういう観点から「翔ぶが如く」をもう一回読み返されると、とてもいいわけです。

 司馬さんがそういうヨーロッパの辺境の国々を歩いて感じられたことを、「愛蘭土紀行」と「南蛮のみち」で書かれています。

 こうしたヨーロッパ辺境の国への紀行で共通するのは、ある種の悲しさというか、民族的な哀愁と言ったらいいのでしょうか。悲哀と言ったらいいのでしょうか。とにかくそういうものです。それは現実に感情として残っているわけではないが、民族性にかなりの影響を与えている。

 僕がポルトガルに行った時に感じたことです。ポルトガルと聞いて、初めはラテン民族だと思っていたんですが……。それにしては、何か元気がないですね。我々のイメージと全然違う。何かおとなしくて控えめで、目をそらして話す。そういう所に司馬さんは一種の悲しみというか哀愁を感じられたようです。

 ポルトガルやアイルランドで海を見る。この陸地の向こうは何もないが、海で東洋とつながっている。海がある限り、もう一つの辺境にそのまま行き着くわけですね。辺境と辺境が結ばれるということなんです。ポルトガルのように東洋に向かうこともあるし、アイルランドのように大西洋を渡って、移民が大量にニューヨークに流れ込むこともある。そういう観点から今度は、ニューヨークの紀行を書かれているわけです。

 中心のモンゴルの人が東、西に動くことによって、世界の玉突き現象が起こって、ついにその余波が海を渡って日本にやってくる。考えてみれば日本も、東の完全な辺境ですね。我々は、辺境であるがゆえに、大中国文化圏に対して取捨選択的に、勝手に影響を選んで、独特の文化を形成することができた。

 司馬さんがケルト民族にシンパシーを感じられたのは、ケルト文化は基本的に「森の民」ということです。「森の神様」ということです。その点で、日本の神道とケルト文化は一脈通じるところがあります。辺境同士、辺境であるがゆえに、もう一つの辺境を意識化する。そして大文化圏、つまり大中国文化圏とローマ文化圏と対比する形で、その辺境に位置する日本とアイルランド及びバスク、ポルトガルというところを結ばれたのが、あの「街道をゆく」の海外編ということになるんじゃないでしょうか。

 朝鮮、韓国、台湾への紀行も同じような観点で書かれている。モンゴル文学をやられた時に、僕と同じように司馬さんも、何て自分はむなしいことをやってるんじゃと感じられて、そんなことから彼の独特の世界観が生まれてきたんではないかと思うのです。以上です(拍手)。


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