ここから本文エリア現在位置asahi.comトップ > シンポジウム記事

司馬遼太郎没後10年シンポジウム 「街道をゆく」の世界
【パネルディスカッション】(6)

写真

リービ英雄氏

 リービ じゃあ、頑張ります。「アメリカ素描」。さっき申し上げたんですが、これはすごく意味の大きい本だと思う。アメリカ論としてだけではなくて、司馬さんの文学の中では、まさに小説に匹敵する重要な本です。読み返して思ったんですが、アメリカを旅行する時にも、はっきりと中国を問題にするわけですね。

 アメリカ文明はこうで中国文明はああでと。普通の日本人が書いてきたアメリカ論とは違って、必ず中国を例にする。中国を意識しながら、日本人がアメリカをゆくということは、とても立体感があるんです。

 はっきりと書いているのが、中国及びアメリカは「文明」であり、日本は「文化」であるという点です。さっきの山折先生の話にも「アメリカ素描」が出ていました。確か大文明、小文明とかいろんな言い方があるのですが、そこで司馬さんが、文化は不合理的なもの、文明はそうでなくて、合理的なルールででき上がっているものだと。

 30年ぐらい日本にいます。思うのは、日本人の多くの方々に、無意識のうちに、この概念が入っているのではないか。「司馬遼太郎以前」からこのような思考はあったが、はっきりと司馬さんがそれを文章化して「あ、なるほど」と思ったんですね。こういうものの見方を「アメリカ素描」でいろいろな例を出していて説明していて、それは説得力がある。

 もし司馬さんが今、いらっしゃれば伺いたいのですが、2006年の今、先ほど中国の近代化の話がありましたが、言い方によっては、文明のボロが出て、文化として見えるようになった。中国では、日本のナショナリズムにも刺激され、似たような中国ナショナリズムのようのものが出てきている。

 また、イデオロギーや超越的な思想を超えて、生活の近代化であるとか、思想じゃなくて、伝統的な文化であるとか、音楽であるとか、そういうブームがあるわけです。中国では、本当に久々に、文明よりも、あるいは文明の裏から、下から、文化が見えてきている。

 この前、ニューヨークに行った時に、9・11の現場へ行きました。アメリカでもこの時代になって、この大統領ということに限らず、文明のボロが見えて、単なる一文化、それほど合理的でもないものが国を、国家を動かす様子として現れてきた。ちょっと私は、そういう問題提起をさせていただきたい。

 つまり文明だと思われたものが、実は文化の様子として良くも悪くも見えてきたというのは、これはどういうふうに理解すればいいのか。司馬遼太郎さんがいらっしゃれば、これはどういうふうに見られるかを、伺いたいところです。

 加藤 なるほど(拍手)。私も何かの作品を読んで、司馬さんが文明は普遍的なもの、文化は不合理的なものというたった一言で切り分けたのが記憶に残っています。

 日本は文明をよその国に輸出することはなかったけれども、常に輸入してきた国です。中国は、これまでは輸出するだけで、よその文明を受け入れてこなかった国だと思う。確かに中国はいま、一つの大きな歴史的な曲がり角に立っているのかもしれませんね。

 リービ 司馬さんの歴史観をすごく簡単に言っちゃうと、近代化にさらされた島国の120年。この10年、15年のアジアに関しては、向こうもやっぱり近代化で、「明治」をやっている、それをどう見るかということはあるわけ。逆に、何か近代化のモデルだと思われてきたアメリカは、ある意味では文明的に後退して、非常に非合理的な文化が見えてきた。そのようなことではないでしょうか。

 加藤 ありがとうございました。鹿島さん、言い残したことでも結構ですけど、何か未来につながるような形で「街道をゆく」を語っていただけますか。

 鹿島 さっき、司馬さんが戦車兵だったということが出ました。歴史エッセーだったと思いますが、戦車兵の思い出を書いています。本土決戦に備えて、訓練していた。もしアメリカ軍が上陸して本土決戦になった時に、道に民衆があふれたらどうするのですかと上官に尋ねたら、上官がそんなものひき殺していけと言った。

 それが自分の原点の一つになっているということを書いています。司馬さんがそれ以来ずっと考えていたことは、何で負けると分かっている戦争を始めたんだという、この疑問になるわけですね。

 なぜ負けると分かっている戦争を始めたんだと司馬さんが考えて、最終的に、たぶん原因はここにあるだろうと思ったのが、西郷ですね、西郷南州の思想ということです。

 日本人はみんな西郷さん好きです。西郷隆盛は人格的に高潔であり、みんなに慕われていた。合理的な思考もできる人だった。だけど、そういう人物が、西南戦争という、普通の人間が考えれば、愚かしいというほかない戦争に、ゴーサインを出して自分も巻き込まれてしまう。その独特なパラドックス。単に戦争はやめましょうとか、侵略はやめましょうとか、そういうような単純な発想では解決できない複雑なメカニズム。自分たちの誇りを傷つけられたり、圧倒的な戦力で迫られたりした時に、じゃあ、どうするのか。そのぎりぎりの所で、ナショナリズムが燃え盛って、負けると分かっている戦争を始めてしまう。その危機感ですね。

 しかも、現象面では完全に負けたにもかかわらず、どうしても負けたと思いたくないという、人間の、負けを覆い隠そうとする心理。そういうものを、司馬さんは一生考え続けたと思うんですね。

 アイルランドに行って、アイルランド人の歴史をたどると、これは100戦して100敗の歴史だと言っている。勝ったことは一度もない。にもかかわらず、アイルランド人は負けたと思ってない。そのせいかどうか、第2次世界大戦の時、アイルランドは中立を守ったんです。イギリスがドイツと戦って、心の中ではみんなイギリスが負けりゃいいと。ナチスドイツに負ければいいと、そう思っていた。日本の領事館が置かれていた。日本が領事館を置いていた国がアイルランドとポルトガルですか。司馬さんはそういうところにひきつけられた。

 そこのあたりの思いは、ナショナリズムと言うにはあまりにも複雑すぎる。敵と味方、敵の敵は味方、そうやっていくつかの項が重なると、不合理な爆発の仕方をして、だれも望んでいないのに、戦いに入り込んでしまう。その複雑なメカニズムを、司馬さんは明治、もっと先にさかのぼって解明しようと考えた。ですから、司馬さんの思考を右翼的に、左翼的に、単純化して考えてしまうと、彼がなぜアイルランドに注目しているのか、という意味が全部抜け落ちちゃうんじゃないか。そういうふうに考えるわけですね(拍手)。

写真

加藤千洋・朝日新聞編集委員

 加藤 ありがとうございました。では、最後に、真野さん、お願いいたします。

 真野 私ねえ、殿方はいいなと思うのですよ。司馬さんでは、出てくる人がほとんど男性なんですね。「街道をゆく」もそうですし、小説でも男性。女性はほとんど出てこないんです。私が坂本竜馬を読んだところでも、よく間違われるのですが、元気な方のお姉さんじゃなくて、お栄さんといって、刀を渡して、後でそれがばれて自害する方のお姉さんの役だったんです。

 残念でならないのは、どうして女性をもっと書いてくれなかったの(笑い)。「坂の上の雲」だって、いっぱい裏に、女性がいるはずなんです。秋山兄弟の奥さんたちは、どうしていたのよって。鹿島さんが正岡律さんのことをおっしゃいましたけれども、律さんだってたくさん調べておられます。でも、小説の中では本当にけんもほろろなんですね。

 今、リービさんのお話を聞いていて、司馬さんだったらどうおっしゃるだろうとおっしゃっていましたけど、そうか、じゃあ、あなた、やんなさいって司馬さんはおっしゃったのかもしれませんね(笑い)。

 僕はこれだけ方法論を教えたでしょうって。「街道をゆく」があるわけですよね。あるわけです「街道」が。何でもっと長生きして書いてくださらなかったのだろうと思う前に、じゃあ、足元にも及ばないかもしれないけれども、あなたがやってごらんなさいという風におっしゃっているのかもしれません。

 身近な所でいえば、私は鎌倉育ちなんです。旅のことばかり考えていて、灯台下暗しでした。ビジュアルシリーズを何冊か購入しましたら「三浦半島記」があって。綿々と頼朝のことを書いていらっしゃいました。私はとりあえず、何もニューヨークへ行かなくても、中国へ行かなくても、モンゴルは行きましたけれども。(日蒙の文化交流に尽くした)ツェベックマさんはすてきね。これは別格扱いですね。「街道をゆく」の後、「草原の記」というのを書いていらして、私はこれはいつも最後に号泣するのをわかっていて、何回も読んでしまいます。でも、私は、だからもう一度、地に足をつけて、三浦半島から行こうかなと、今思っております。

 加藤 ありがとうございました(拍手)。どうやら時間になったようです。今日は山折先生をはじめ、パネリストの先生方が語った司馬さんは、作家であるのはもちろんのこととして、私にとっては新聞記者の大先輩であり、そして歴史の旅人であり、文明のフィールドワーカーであったという、本当に幅広い人生を歩まれた方だなと改めて思います。

 司馬さんが私たちに残してくださった日本の共有財産、日本の公共財といいますか。この「街道をゆく」をめぐって、大変幅広く実り豊かな対話ができたんではないかと思います。

 それにしましても、金曜の夜、貴重な時間に会場に足をお運びいただきました皆様には、遅くまで本当にご清聴いただきましてありがとうございました(拍手)。それから、基調講演をしてくださった山折先生、パネリストの諸先生、本当にどうもありがとうございました(拍手)。これにて終了ということにさせていただきたいと思います。ありがとうございました(拍手)。


ここから広告です 広告終わり
▲このページのトップに戻る
asahi.comに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。 Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.