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徹底討論「ジャーナリズムの復興をめざして」
【質疑応答】(3)

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会場風景

Q:秋田・豪憲君事件における報道は適切だったか?

 村松 あまり時間がないので、あと一つだけ。「秋田の豪憲君のような事件を大きくスペースを割いて報道するのは、ジャーナリズムの本当の役割から見て、どういう意義があるんだろうか」という、率直な質問なんですね。これはお2人におうかがいしたい。

 立花さんから。

A:大衆の興味に応えるのは言論の自由の大きな要素

 立花 その質問者の意図がよくわかりませんが、僕は、あれは当然大きく扱ってしかるべき問題であって、あの時、現実にあそこで起きていた状況からすれば、あれを、もし、ちゃんと報道しなかったら、そっちのほうがおかしい。むしろジャーナリズムが本来の機能を果たしていないと思うんですね。

 言論の自由の一般的な常識が本来の意味からすごく離れている一つの例として、パブリック・インタレストの問題というのがあるわけですね。パブリック・インタレストを、これまでそういうことを論ずる時に、「公共の利害」と訳したけれども、それが基本的な間違いであるということを、この本(「『言論の自由』VS.『●●●』」)にはものすごく詳しく書いてあります。パブリック・インタレストというのは何かというと、「一般大衆が興味を持つこと」です。一般大衆が興味を持つことを、ジャーナリズムがきちんと書くことは、それは基本的に言論の自由の一番大事な要素なんです。そのことはこの言論の自由の歴史の中で、実はきちんと論じられているんですね。

 ところが、日本はそこを「公共の利害」と訳しちゃった。誤訳しちゃったために、全然違う受け取り方をされて、あたかも今の豪憲君なんかにしても、そのことを伝えることがどれだけの意味があるんですかみたいな、そういうちょっとピントが狂った質問が来るわけですね。

 あれは当然です。あれは、あの客観的な状況の中で、メディアが取り上げて当然の問題です。そのことに疑問を持った人は、そっちのほうが僕は感覚がずれていると思います。

 外岡 去年から、子どもが犠牲になるということがずっと続いていて、その延長であの事件が起きて、特にどうやって亡くなったのか状況がわからない。娘さんも事故に遭い、そして、豪憲君が殺された。じゃあ、この二つの関係はどうなったのかということに、だれもがやっぱり関心を持つ事件だったろうと思います。

 いまだに私は、あの事件というのは、真相はまだ解明されていないと思うんですけれども、なぜ娘さんに手をかけたとされるのか、その動機のところで、私はやっぱりいまだにわからないんですが。そういう去年からの一連の背景の中で、あの事件を大きく取り扱うこと自体に、私は違和感はなかったですね。

 ただ、一方で、やっぱり感じたのは、じゃあ、ほかの事件に同じようにあれだけの手間暇をかけ、関心が集まるように我々はしてきたのかというと、そこにはやっぱり大きな釣り合いの違いというのはあって、なぜあの事件があれだけ大きく取り扱われたのかというのは、これはまたちょっと別の問題として考えなくちゃいけないところがあると思うんですね。

 これはある意味でいうと、メディアスクラム(集団的加熱取材)の問題であり、我々がある一つのところに殺到してしまう。それで、それが過ぎてしまえば、もうすぐに次の新たな舞台を求めてしまうという、その移ろい方、集中豪雨的な取材と、それから、それが過ぎてしまうと、もうすぐ、問題そのものが消えてしまったかのようにしてしまう。こういうメディアのゆがみみたいなものがあることは、間違いないんじゃないかなと思います。

 あの事件そのものは私は報じるべきだったと思うんですけれども、一方で、やっぱり問題も抱えていたという気はします。

 村松 ありがとうございました。

 予定時刻を25分も過ぎてしまうという、とんでもないことになりましたが……。

 最後にお2人に、一言ずつお願いして、終わりにします。

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立花隆氏

 立花 今の問題なんですが、なぜあれがあれほど多くの人の関心をかきたて、また、いろんなメディアがいろんな書き方をしたかというと、その根本にあるのは、やっぱり人間性といいますか、それにはえたいの知れない闇の部分があるということなんですね。そういうものが非常に特異な現れ方をすると、必ず、この一般社会では事件という形をとります。

 その事件の背景に、恐るべきというか、本当に普通の人では理解にすごく困難な、つまり人間性の闇の部分のその深さを示すような、そういう性質を持った事件であれば、あらゆるメディアが異常なほどの関心を持って報道するというのは、これは当然のことであって、それをしないということは、むしろその社会がゆがんでいるということだろうと思うんですね。

 人間性の闇の部分を発見して、異常で、危険な、そういうものを持った人間が現地にいて、ある事件という形で起きた。そのこと自体に対する危機意識というか、非常に本質的な人間に対する危機、あるいは、時代に対する危機意識を持ったことの現れが、あのメディアスクラム状況だったと思うんですね。

 そのことをいたずらに警戒して抑えるのは、僕は全然間違いだと思います。メディアスクラムは起きて当然の現象だったと思いますね。

 村松 立花さん、外岡君と意見が……。

 外岡 私は尊敬するジャーナリスト、あるいは、ノンフィンションライターの方が3人いますが、立花さんと沢木耕太郎さんと柳田邦男さんなんですが、沢木さんは多分巻き込まれ型というか、当事者型というか、自分の実感が客観になるまで、あるいは、客観が実感になるまで肉薄するタイプの方だと思うんですよね。柳田さんという方は、私は直接存じ上げませんが、ものすごく論理的で、しかも緻密な取材を重ねて全体像を構築する方だろうと思います。立花さんはおそらく全方位型で、ものすごい好奇心の塊でいらっしゃると思うんですね。

 私はやっぱりマスコミというよりジャーナリズムの最後、資質の最後って何かなと思ったら、多分、好奇心だろうと思うんですよ。今の最後の締めの言葉をうかがって、それはやっぱり知りたい、そこが僕らの原点であり、よりどころなんだなということを改めて感じました。

 きょうは本当にいろいろな側面からのご指摘、ありがとうございました。

 村松 立花さん、本当にどうもありがとうございました、長時間にわたって。(拍手)

 これでひとまず閉じたいと思います。(拍手)

 朝日新聞社としては、これを手始めにというか、きっかけにして、ジャーナリズムのあり方について、さまざまな企画、討論であるとか、あるいは、さまざまな行事を考えておりまして、これからも社告でご案内申し上げ、アサヒ・コムや紙面でご案内をいたしますので、ご関心のある方はぜひ積極的に参加してください。

 本当にきょうはありがとうございました。(拍手)


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