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村松 ジルさんのお話はすごく深いといいましょうか、深刻といいましょうか、今のそれこそメディアと社会のかかわり方の本質論のところを突いている。しかし、答えを出すのは実に難しい。それだけに、きょうこのパネルが終わった後、何か手がかりを得られるかどうか楽しみなんですけれども。 テロの時代、あるいはブッシュ的な二元的な思考方法といいましょうか、そういう時代にある。日本で言えば、高度成長ははるか昔の話で、人口も減っていく。この十数年は景気が悪くてひどい目に遭った。治安が悪くなる。隣には北朝鮮があり、中国が大国になってきている。一体、日本はどこへ行けばいいのだろうというような気分が見てとれます。 そういう社会の変化と、もう1つはデジタルメディアというか、メディアの革命ですね。これが今重なってきているところに、僕たちがほんとうに考えなければいけない状況が生まれているということだろうと思います。例えば、10年前には考えられなかったように、すごい量の情報がネット上にはんらんしているわけですね。 しかしそこでは、本当かうそかわからない情報もあるし、大事な情報もある、正確な情報ももちろんある。その中の情報を、私たちがどう考え、どうやって使い、また、我々の取材を経て報じていくかというのが非常に大変な問題です。私はそこに、いわゆる伝統的ジャーナリズム、電波と紙の役割として非常に大きなものがあるのではないかと考えているわけです。 藤原さんがご指摘になられましたけれども、「紙」(新聞)は一体どうなるんだろうと。紙という情報伝達手段というのは、これはまさに20世紀をつくってきたメディアなわけですが、21世紀のこれからどうなるんだろう。 日本には宅配制度というのがあって、これに対する読者の支持は依然として非常に高いわけですね。この宅配制度のおかげで、朝、玄関へ行ったり、郵便ポストへ行ったりすれば、そこに新聞が来ている。 きのう1日のことがすべてそこに書かれていて、そこに編集の手が加わってニュースの一定の価値判断がされている。この価値判断おかしいという読者の方ももちろん、いらっしゃるわけですが、我々は我々なりの価値判断をした紙面をつくって、これをお宅まで送り届ける。これについての社会の支持というのは、若者の新聞離れにもかかわらず、まだ広汎にあります。 同時に、紙でないメディアにどうやってジャーナリズムを貫いていくのかということについて、正面から考えていかなければいけないというところに来ている。
高成田 ありがとうございました。 パネリストからいろんな問題提起がありました。大きく分けて、1つは、報道の質の問題、あるいは、新聞の書く記事の中身の問題ということ。特に田中さんから鋭い問題提起もありました。 もう1つは、その発信者、情報の発信をどうやって伝えていくんだという手立て、それがいわゆる紙でいいのか、あるいはネットなのか。伝えていく手段の問題。 まずは、質の問題から考えていきたいんですが、エイブラムソンさんの基調講演でもイラク戦争の話が出てきましたし、田中さんもイラク戦争の報道ぶりというところを提起されています。イラク戦争というのは1つの格好の材料だと思います。 というところで、このイラク戦争というあたりで、その報道の質、あるいは、新聞の書いてきたものがどんなだったかというようなあたりで議論をしていきたいと思います。 はじめにエイブラムソンさんにうかがいたいんですが、ずっと質の高い報道、ジャーナリズムということを心がけてきているということをおっしゃっているわけですけれども、田中さんの問題提起で言えば、その新聞というものが、なかなか全体のこと、本当のことを伝えていないんじゃないか、むしろインターネットの中にいろんな情報、いろんな解説、不確かなものも含めて出てきている。 そうすると、見る側、読者の側は、むしろそちらのほうから情報を欲しがってくるということになるのではないか。その質の高い、確度の高い情報ということに新聞がこだわりすぎていた面があるんでしょうか。そこで、かえって読者を失っている、特に若い読者を失っているのではないかというような問題提起だったと思うんです。 特にイラク戦争、あるいはその後の占領、現在の統治ということですが、そこらにからめて、新聞の報道というのはどうだったかということをもう一度エイブラムソンさん、お答えいただきたいと思うんですが。
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