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国際シンポジウム「ジャーナリズムの力」 ―試練と可能性―
【討議(前半)】(4)

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ジル・エイブラムソン氏

 エイブラムソン イラク戦争の報道は、世界で起こりえるニュースのなかで最も挑戦的なことに違いありません。真実を明らかにしようとしてイラクにいるジャーナリストにとっては、当面の最も困難なことです。彼らはニュースの軍事的側面を取材するだけでなく、戦争がイラク国民にどのような影響を与えているかについても取材しています。

 それは大変なことです。極限的な状況にあり、かなりの危険を伴うからです。どこかへ行こうとして車に乗り込むにも、そのたびに危険の費用対効果を分析しなければなりません。

 現地にいる記者は、どのように動けるか、だれと話をすることができるか、なにを見ることができるか、などに関して大きな制約を受けます。戦争、特にイラク戦争についてのニュースは、米国でも、国際的にも、非常に強く求められていると思います。状況がますます厳しくなるなかで、主要報道機関のすべてが、しっかりした支局を維持し、取材活動を続けることに、ますます大きな困難を感じるようになっています。

 米国の新聞の多くは支局をもっていません。実際には、ニューヨーク・タイムズ紙、ロサンゼルス・タイムズ紙、通信社、それに全国ネットワークテレビの一部が支局を置いているだけです。わが社は現地に60人以上という非常に大きなスタッフを擁しています。

 ところが彼らの多くは警備を担当しているのです。しかし、戦争とそのすべての側面を報道することは、当面のわれわれの最大の義務だと思います。ジャーナリズムが公共の利益に奉仕するとは、そういうことです。

 もちろん、戦争が始まる前のジャーナリズムの話題を回避するつもりはありません。ニューヨーク・タイムズ紙も他の報道機関も、ブッシュ政権の不完全な諜報情報をオウム返しに伝えるだけで、しっかりとは疑ってかからなかったとして批判されました。

 確かにその通りで、私も同意見です。読者がそれに代わる情報源を求めたことも事実です。情報源に関して問題なのは、その多くが非常に偏っていることです。非常にリベラルな左翼的立場か、さもなければその逆だったりします。

 消費者、読者、国民は非常に心配していて、何らかの権威をもった情報を求めているのです。そして最も権威のあるジャーナリストとは、あらゆる制約にもかかわらず、移動するのが困難であるという事実にもかかわらず、イラク戦争を熱心に取材・報道している人たちにほかなりません。仕事場兼住居にしている兵舎をめったに離れないとか、安全地帯のグリーンゾーンから外へは出ないとか、言う記者もいます。

 実際になにかを目撃する唯一の機会は米軍部隊に組み込まれた形の同行取材だけだと言う記者もいます。これは真実に到達するには満足すべき方法とはいえません。ですからそれが目下のジャーナリズムの最大の課題の一つだといえます。

 高成田 ありがとうございます。フェレンジさん、ルモンドあるいはヨーロッパの報道、このイラクに関してということで。

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トマ・フェレンジ氏

 フェレンジ イラク戦争ですね。これは大変大きな事件であったわけで、ルモンド全社挙げてスピーディーに総動員体制を敷きました。

 我々、300人のジャーナリストの体制でありますけれども、これまでに大きな試練をくぐり抜けています。それが一丸となって、事件の報道にあたったわけです。これは、もちろんルポルタージュ、現地からの報道、軍事の専門家、外交の専門家、経済、宗教の専門家、それが世界のさまざまな首都に分散し、そして、編集主幹以下、編集委員、そしてデザイナーまで含めた形で、もちろん報道写真家も含めて、全社の体制を敷いたわけであります。

 もちろん、9・11とは違って、イラク戦争の場合は、かなり予想された戦争だったわけです。十分準備できたわけです。2003年の3月から4月にかけて、戦争が始まった日と翌日は連続して17ページの特集をしました。

 10名ほどの特派員がいて、2人はバグダッドに、1人はアメリカ軍に従軍し、クウェートからイラクにかけて従軍し、それから、もう1人はアメリカ軍のカタールの司令部に配置しました。それから、クルディスタン、そしてトルコとの国境にも1人送り、また、ヨルダン、イラン、エジプトに各1名ずつ特派員を派遣したわけであります。

 もちろん、ワシントン、ロンドン、ブリュッセル、そして東京といった世界中の主要国の首都の特派員も動員されました。私はブリュッセルです。東京の特派員フィリップ・ポンスも、日本政府の対応について、詳しい、批判的な報道をしました。

 「小泉政権のためらいがちなワルツ」という表現で、これをまず報道しました。つまり、待ちの姿勢ですね。アメリカの出方に従う、その追随主義ということで、基本的にはフィリップ・ポンスは報道したわけであります。同様に、世界の主要国政府の対応が報じられました。

 しかし、政府の立場だけではなくて、さまざまな世論の動きも報道されました。アメリカの場合、カンザス州の世論の動きを報道したこともあります、それから、世界の主要紙の社説や、アラブのプレスはどういうふうに報道しているかということもフォローしました。特に、「エンベッド」(埋め込み方式)といってアメリカ軍に従軍したジャーナリスト、これがアメリカの兵士の1日の模様を細かく追うという報道もいたしました。

 それから、またルポルタージュに加え、さまざまな特集、ドキュメント、地図、図表、写真など、読者に最大の情報を提供できるような編集方針をとりました。エイブラムソンがおっしゃったように、社説も重要です。これはインフォメーション部分とは独立の、ルモンドの見方というものが社説に載るわけですけれども、それとはまた別に、外部の専門家のさまざまな分析、意見、見解というものをルモンドは掲載いたしました。ですから、戦争に賛成する意見も、反対する意見も、さまざまな見地というものを報道したわけであります。論壇というコーナーがありますので。

 トリビューンとしては、アメリカの介入に賛成する意見。これは、フランスは反米的な報道が多いと皆さんはお思いになるかもしれませんが、ルモンドでは、パスカル・ブリュックナー、アンドレ・グリュックスマンといった代表的な哲学者、知識人が、サダムはとにかく退陣すべきだという、いわゆるアメリカの介入を支持する見解を論壇に発表しております。そして、コソボへのNATOの介入を批判した「平和主義者」たち、これを批判する見解を載せたわけであります。

 つまり、例えば、モスクワはチェチェンに、北京はチベットに、そしてダマスカスはレバノンに介入しているわけであります。したがって、イラク介入に反対する国々というものは、それ自体、平和勢力ではなくて、みずから問題を抱えている国ではないか、それなのに仏・独・露・中の平和勢力という言い方はおかしいという告発もなされました。

 かつてミュンヘンの融和策というものをフランスはとったわけであります。英米がミュンヘン会談でヒトラーの侵攻を許すような政策をとったわけで、したがって、このような独裁的な危険な政権があるときに、ミュンヘンのときのような融和政策をとってはいけないという論考もありました。

 しかし、今度は介入に反対する側の意見、例えば、インドの作家のアルンダティ・ロイのブッシュの好戦的な政策に対する批判を載せました。特に国連の承認なしに単独行動主義で介入したことに対する批判を載せました。特に、フランスは国連において、はっきりと、介入する前に、この多国間主義のアプローチを主張したわけであります。フランスのそのような慎重な主張、これは決して石油への利害からでもなく、また、単なる反米主義といった動機からでもなかったわけであります。

 まず2003年2月にルモンドはフランスが国連で表明した立場を支持しました。3つの原則をフランスは主張したわけです。1つは、イラクの査察を続けることによって、果たして大量破壊兵器がイラクにあるのかないのかをきちんと精査すべきであると。そのためには、国連の査察部隊を信頼して最後まで仕事をやってもらうべきだ。そして、南北を大きく対立させるような戦争は避けるべきだという原則であります。

 戦争が始まると、国連安保理がこの軍事行動を支持せず、ユニラテラリズムでもってこの軍事介入が行われたということに対して、ルモンドはこれを批判したわけであります。これは、ニューヨーク・タイムズや朝日と同じような社説の主張でありました。ジャン=マリ・コロンバニが社長・主筆であるわけですけれども、社長・主筆がみずからそのような社説を掲げました。

 もちろん、コロンバニはアメリカに対する批判だけではなくて、フランス政府の立場に対する批判も行いました。代替策を提示せずに、ただアメリカの軍事介入に反対するということは、フランスが孤立するだけでなく、フランスの意図を疑わせることになるという批判を行っております。

 9・11のときは、ルモンドはジャン=マリ・コロンバニ社長・主筆の筆によって、我々はみなアメリカ人であるという社説を掲げました。つまり、ベルリンでケネディ大統領がかつて〈We've been Berliner〉と、それを模倣した社説を掲げたわけですね。それは大変大きな、また論争を呼びました。

 その主筆の社説に対して、我々はみな「非アメリカ人」であるという批判がなされたため、別の社説で、「我々はみんなアメリカ人ではないのか」というタイトルの社説を書きました。ラムズフェルドが、我々をみな反アメリカ的な姿勢に追い込んだのだという主張です。そして、もちろん、戦争が起こってからのアブグレイブ、あるいはグアンタナモにおける捕虜の扱いについては、我々は厳しい批判的な報道を行いました。

 ルモンドのオンブズマンであるロベール・ソレは、イラク戦争でのルモンドの報道を集約して、湾岸戦争やコソボ戦争のときのルモンドの報道に対しては、さまざまな批判があった。よくそこから教訓を引き出して、イラク戦争においては的確な報道を行ったという総括を行っております。

 湾岸戦争とコソボ戦争のときは、介入を支持し、十分客観的な報道を行い得なかったという反省をルモンドは引き出したわけであります。したがって、よりバランスのとれた正確な報道ができたというふうに我々は考えております。したがって、我々、基本的にはブッシュの政策に反対するという立場でもって一貫した報道がなされたということであります。


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