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朝日新聞シンポジウム 「討論:日本の新戦略『地球貢献国家』をめざして」

ジョセフ・ナイ氏の基調講演(1)

写真ジョセフ・ナイ氏
写真
ナイ
皆さん、こんにちは。東京を再び訪れ、朝日新聞の「日本の新戦略」に関して意見を述べる機会をいただき、大変うれしく思います。
まず申し上げたいのは、日本は世界の中でもユニークな役割を果たしているということです。グローバル化の問題を考えてみますと、世界の各国がこれに直面しているわけですが、日本はグローバル化にパイオニアとして対応してきたと思います。歴史を振り返りますと、日本は1世紀半以上にわたってグローバル化に対応してきています。グローバル化に対応する中、日本は2度にわたってみずからの維新を遂げています。まずは明治時代の維新、そして、第二次大戦後の吉田首相時代の維新があります。その意味で、日本は成功をおさめており、ほかの国にとってのまさに模範であります。インド、中国を合わせた規模に匹敵する世界第二の経済大国です。世界第5位の軍事力を持ち、また、科学技術のリーダーでもあります。
しかし、今日、日本は明確な戦略を持っていないと言う声も聞かれます。冷戦が終わり、今のグローバル化の歴史における新しいビジョンを日本は必要としているという主張があります。だからこそ、この「社説21」を朝日新聞が出され、そして、その中に日本にとっての新しいリベラルなビジョンを提示されたことを歓迎いたします。新しい「Jブランド」という言葉も示されています。
さて、日本が過去、グローバル化にどのように対応してきたのか。これはケネス・パイル氏が出した、興味深い新著に取り上げられています。これは『ジャパン・ライジング』というタイトルの本です。パイル氏いわく、日本が成功をおさめた維新を振り返ってみますと、それは外的な世界環境、世界勢力の変化に対応して維新をしたということです。
日本が今、「第3の維新」を行うとすれば、その戦略は、世界政治の中で今日どのように勢力が配分されているのかを見なければいけない。そして、そのような勢力の配分に日本は対応することを考えなければいけません。
こういった現在の状況世界史の中でユニークな状況であります。この勢力というのは、三次元的に配分されています。水平にチェスをやり、それと同時に垂直にチェスをやっている三次元のチェスみたいなものです。
一番上のチェス盤は、軍事的な国家間の関係で、唯一の超大国である米国が存在します。一つの国家が軍事力の行使を地球規模で計画できるということです。
一方、国家間の経済関係を示す2つ目のチェス盤をみると、多極的な状況になっています。経済力の均衡がある。米国は唯一の軍事超大国かもしれないけれども、経済大国としては唯一ではない。ですから、例えば、新しい貿易上の取り決めをつくろうとする場合に、欧州連合(EU)の合意がなければそれは成り立たないわけです。EUは、貿易においては一体的な行動をとるからだ。また、日本や中国の合意も必要だ。ですから、この三次元の各国の関係の中で、経済関係において世界はすでに多極化しています。
そして、三つのチェス盤の一番下のところにいきますと、ここには国境を越えた関係があります。政府のコントロールがきかないところで国境を越える。そこでは、混乱の極みを来している。例えば地球気候変動、あるいは鳥インフルエンザのような感染症の大流行とか、あるいは国際犯罪、麻薬密輸、それから国際テロのようなものだ。これらは、いずれも政府のコントロールを超えたところで、国境を越えるものです。
ですから、ここでは多極とか1極とか、米国の覇権といったものは全く意味を持たなくなります。一番上、あるいは真ん中のチェス盤の範疇にあるものは、一番下のチェス盤にはあてはまらない。
今我々が直面している多くの課題というのは、ここの一番下のチェス盤から来るわけです。そして、唯一、こういった国境を越えた問題への対応は、各国政府がお互い協力して対応するという道しかありません。その意味で、一番上と真ん中とは違って、一番下のこのチェス盤においては、ハードパワーだけではなくて、もっとソフトパワーを使わなければいけない。
ソフトパワーの問題はしばしば言及されていますけれども、簡単に説明すれば、パワーというのは望むものを手に入れる方法ということです。それは強制、軍事力を行使する国によって、あるいはまた、経済的なアメを与えることによって手に入れる、あるいはまた、人々が魅力を感じることによる、つまり、ソフトパワーを行使するという方法があります。ほかの人々にこういった国境を越えた脅威に対して協力しようという気持ちを持たせるという意味で、ソフトパワーの重要性が高まってきます。
米国が果たしてきた役割、今日の世界の勢力分布の中で果たしてきた役割、特に典型的には冷戦終焉後の姿をみてみると、米国は幾つかの深刻な過ちを犯してきました。冷戦が終わり、ソ連との間の勢力均衡はもはやなくなり、アメリカが唯一の超大国になった。だから、米国は何でもやりたいことができ、ほかの国々は追随するしか道がないのだ、と言う解説が数多く聞かれました。チャールズ・クラウトハマーというコラムニストは、まさにそういう見解を著しました。ネオコンを代表する人で、ブッシュ第1次政権に幅をきかせた人々です。
しかし、米国が唯一の超大国であるという点を軸とする政策は、三つのチェス盤になぞらえれば一番上の盤だけの分析、つまり、軍事力、ハードパワーだけを注視する方法であって、真ん中と一番下のチェス盤、すなわち、経済関係と、国境を越えた問題に目を向けていません。つまり、アメリカは、超大国でないほかの国々の協力を必要としている側面に十分注意をはらっていないわけです。
不幸なことに、私たちはこの教訓をイラクにおいて学んだわけです。イラクの教訓を、今、米国の多くの人々は受けとめています。昨年の中間選挙の結果が、そのことをあらわしていると思います。そして、その結果、アメリカは再び内向きになるのではないかと言う人々がいます。20世紀に起こったように、内向きになるのではないか、孤立主義になるのではないかと。
それに対する答えはノーです。なぜならば、多くのこういった国境を越えた脅威は、米国に迫って来ます。米国には内向きになるゆとりがないのです。こうしたことから、私の著書のタイトルにあります『アメリカン・パワーのパラドックス』、アメリカン・パワーの逆説というのは、世界の歴史上、ローマ帝国以来最強の国が、みずからの市民を自分だけでは守りきれない、他国と協力しなければいけないということです。
他国と協力するに当たって、米国は、みずからの国益を幅広く定義しなければいけません。その一つの方法としては、グローバルな公共財を提供していくということがあります。公共財、これは、すべての人々が恩恵を受けるものであって、だれも排除できないものということです。例えば、きれいな大気、これも公共財です。いったんきれいな空気が提供されれば、ほかの人々もそれを享受することができます。だれもそれを邪魔することはできません。ただ、公共財がもたらす一つの問題というのは、経済学者が言うには、十分な量の生産ができないということです。恩恵を受ける人々が自分たちで生産するにはコストが非常に高い。多くの人々がそれを享受するほどには十分生産できないのです。
ですから、公共財を十分生産するためには、一番大きな担い手たち、一番大きなプレーヤーたちが先頭に立って公共財を生産しなければいけない。グローバルなレベルで公共財をつくると考えた場合、最大の担い手、最大のプレーヤーは、米国と日本です。日本は世界第二の経済大国です。
また、歴史的に考えてみますと、例えば19世紀を振り返ったとき、イギリスが大国でした。そして、イギリスがグローバルな公共財をつくり、ほかの国々が恩恵を受けました。例えば、公海の自由、これはイギリスにとってプラスであったと同時に、ほかにとってもプラスであったわけです。あるいはまた、イギリス・ポンドを中心にした国際通貨の安定、これはイギリスにとってもプラスで、また、ほかの国にとってもプラスでした。それから、自由貿易、これはイギリスにとっても、また、ほかの国にとってもプラスだったわけです。
今日の世界を考えると、今申し上げたリスト、公海の自由、自由貿易に加えて、大気をきれいにするとか、あるいは、すべての人々が使えるように宇宙を確保するとか、あるいは、紛争がエスカレートし、手に負えなくなるようなことにならない状況を確保する、あるいはまた、グローバルな貧困の対応ができるような状況をつくる、そして、人権のグローバルな基準をつくる、あるいは、法の支配をグローバルに確立するというようなこと。これはグローバルな公共財、21世紀のグローバルな公共財とみなすことができます。

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