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朝日新聞シンポジウム 「討論:日本の新戦略『地球貢献国家』をめざして」

討論2 「地球貢献への進路―国際交易と日本の課題」(3)

写真小林陽太郎氏
写真浅岡美恵氏
最後に、私は企業の立場で申し上げますと、結果的にはさっき申し上げたようなことについて個々の企業の立場で技術移転をしたり、個々の企業の立場で成長と環境の問題について何が自分たちとして責任を持ってバランスのとれる範囲なのかということをきちんとして決定をしていかなきゃいけない。
その時に、基本的な視点となるのは、これはちょっと異様な響きがあるかもしれませんが、ソサエティ・インという考え方です。これは実はものづくりの世界での話ですが、日本では商品やサービスを提供する時に、かつてはお客様の嗜好を全く無視して、つくるほうが勝手にこれは売れる、これはいいと言って市場に出していくようなことがありました。そのあり方をプロダクト・アウトと言った。プロダクト・アウトでは、つくったものがお客様に喜んで買っていただけるかどうかわからない。それに対して、本来あるべきあり方は何かといったら、マーケット・インなんです。これは市場、お客様が先にあって、そこから考え方をスタートさせなきゃいけないということが、かなり長年にわたって、特に日本のすぐれた企業の間には受け入れられています。
それをさらに広げて考えると、企業は市場という範囲ではなくて、社会が何を必要としているのか、それは商品が売れるか売れないかということだけではくて、家庭の問題であったり、地域との関係であったり、そうした社会の視点に立って活動しなければならないのではないか。そういう視点をソサエティ・インと呼びます。そういう視点に立てば視野はもっと広がります。
そんなことをやったら利益出ないんじゃないかという人もいるかもしれません。しかし、必要な利益をその中で出していくというのが経営者の任務であります。さっき環境保全と経済発展のバランスをどう両立させるかという問題が指摘されましたが、同様に、かつて品質とコストというのは両立しないんじゃないかと言われた。それは品質を上げればコストは高くなるんじゃないか、コストを安くしたら品質は悪くなるんじゃないか、そういう見方が一時ありました。しかし、日本のすぐれたメーカーは、品質というのはそういうふうに高いか低いかとか、いいか悪いかではなくて、品質というのは、お客様が求めておられるものズバリを品質と言うんだという考え方に立ちました。それをきちんと出していけばコストは必ず下がる。
同じような意味で、やっぱり社会が何を求めているのか。それは企業それぞれについて得意な分野、不得手な分野がありますが、それをきちんと見きわめた上で、それに対して徹底的にできることをサービスをしていくということが結果としては企業のアウトプットの総括が環境保全等ともバランスのとれた発展につながっていく。
同じことは、多分国のレベルでも、日本の国内でということと、地域とか世界を対象に同じような考え方を適用することは十分にできるんじゃないかと思います。
あえて私自身は国際公共財、これは非常に大切なことで、地球貢献国家、あるいは、国際公益の世話役、この役割は非常に大切なことで、国のレベルとしてはまさにそうだと思います。しかし、現状の企業のレベルから見ますと国際貢献などに行く前に、もう少し国の中でそういった公共財に対して企業レベルでもどうやって貢献をしていくのか、ソサエティ・イン、そういう考え方をもっと広げていく、徹底をしていく、この辺が非常に大切なことじゃないかと思います。まさに最近ある種のはやり言葉になっているCSR、企業の社会に対する責任というのが一つのキーワードじゃないかと考えております。
高成田
ありがとうございました。(拍手)
グローバリゼーションの中での日本のあり方という、これも企業のあり方という問題をいただきました。さらには教育問題というのも出ましたので、ぜひまさに地球貢献国家における人間像というのも後で議論をしていきたいと思います。
それでは、浅岡さん、お願いします。
浅岡
温暖化に関わっておりますNGO気候ネットワークの浅岡でございます。きょうは弁護士としてではなく、NGO活動を通してのお話をさせていただきます。
今回の一連の社説の中で、第一に気候問題が取り上げられておりまして、そして、それを安全保障の問題とつなげ、アジアとの関係にもつなげて問題提起をされていますが、こうした全体の提起に私も基本的に賛同いたします。
きょうはこうした温暖化問題の今日の焦点となっているところをご紹介し、日本政府の対応状況を簡単に紹介いたしまして、NGOがこうしたことに関わっていく役割について意見を申し上げたいと思います。
まず、温暖化問題ですが、2001年にブッシュ政権が京都議定書から離脱し、その死を宣告するという事態となり、京都議定書は大変な危機に見舞われました。しかし、国際社会はその危機を乗り越え、2005年に発効に至りました。まさに、蘇ったと言って過言でない経過でした。そして、今、京都議定書の第1約束期間(2008年〜2012年)以降のいわゆる次期枠組みについての交渉が始まろうとしています。この6月のドイツでのG8サミットでは温暖化が最大の論点となっており、日本が議長国を勤める来年のG8でも大きな争点となっていくでしょう。
このように、厳しい政治情勢のなかで、国際的な温暖化交渉がとにかくも前進しているのですが、それを後押ししているのは、現に地球全体あちこちで大きな自然災害が頻発し、温暖化による気候の異変が誰の目にも現実になってきていることに加えて、それらを分析している科学者からの政策決定者への継続的な警告だといえます。
現在、世界での人為的なCO2排出量は、森林や海など自然界が吸収しているCO2の約2.2倍(90年比で約2倍)に及んでいます。少なくとも、排出量を自然吸収量のところまで削減しなければ大気中の濃度は今後も上昇し、気温もどんどん上ることになります。大気中のCO2濃度を安定化させるためには、本提言でも提起されていますように、90年の水準から半分以下にしなければいけない。そこで、2050年頃には半減しようではないかと提案したのが、先般の安倍首相の提案であったわけであります。
安倍提案では基準年が示されていませんが、世界の排出量を現状から2分の1以下にしなければならないということは、人類にとって選択の余地がないこととなっています。このことを受け入れて、それをどうして実現していくかを考えなければいけないという問題となっています。近年、この点の共通認識は急速に広がってきていると思います。ブッシュ政権はまだ抵抗しているようですが。
ところで、どの程度の気温の上昇にとどめることができるのかは、世界がいつ頃までにどういうカーブで排出量を削減して半減させるのかにかかっているわけです。大気中のCO2濃度を500ppmvで安定化できても工業化の前から2℃未満の上昇に抑えることはできないと言われていますし、これから10年から15年ぐらいのうちに途上国も含め地球全体で排出のピークを迎え、それから全体で下げていくことが必要というのが科学者からの指摘です。としますと、中国やインドなど大規模排出途上国にも、次期枠組みからは排出抑制・削減の目標を定めておかなければならないことになります。
社説では、工業化の前から2℃のラインの重要性を強調していますが、このあたりが温暖化によるさまざまなリスクが飛躍的に高まり、危険に見舞われる人々が多くなる分岐点とされています。サッカーでいえば、イエローカードからレッドカードになる危険ラインだと認識されているものです。
このように、今日の世界中の人たちに共通することですけれども、私たちは自覚しているか否かに関わらず、今、将来世代の気候を選択しているわけです。国際交渉では、削減量をどの国がどれだけ分担していくのかがテーマであり、国内でも、どのセクターがどれだけ削減するのかという目標の割り振りと、実現のための政策措置について交渉が延々と続いておりますが、いずれにしても将来世代の環境を決めている今日という日であるわけです。このような時代は、これまでの地球人類の歴史の中にはなかったのではないかと思います。それだけに、これまでにない英知が求められているということであります。

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