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朝日新聞シンポジウム 「討論:日本の新戦略『地球貢献国家』をめざして」

討論2 「地球貢献への進路―国際交易と日本の課題」(7)

写真ジョゼフ・キャロン氏
写真緒方貞子氏
キャロン
カナダの場合の例えば市民の集団とか非営利団体、NGOなどと政府との関係について、私たちの経験は日本に参考になると思います。
カナダの場合は、非営利団体、NGOなどはカナダの外交政策の一員であるというふうに考えられています。政府の機関だけ、あるいは政府当局だけでカナダの地球規模の外交活動を行うには不十分であると考えているのです。従って、例えば日本のJICAにあたるカナダのCIDA(カナダ国際開発庁)は、多くの非営利団体にそれぞれの開発援助に関する業務を委託しています。
こうしたNGOのような正式な市民団体に対して、カナダ政府は積極的に支援をしています。第一にNGOを設立する費用は安く、法的な手続きも非常に簡単です。また、個人や団体から受ける寄付に対する税額控除の認定も比較的簡単に受けられます。ただし、この認定資格は不正行為を避けるため定期的に審査されます。カナダではNGOへの寄付金の29パーセントが控除されます。つまり、もし合法的に設立されたNGOへ10万円相当の寄付をすると、29,000円の控除を受けることができるのです。こうした税制優遇措置は、NGOの資金集めに役立っています。
それ以上にカナダでは、NGOが関心を持っている分野に関連する法律や政策を作る際には、税額控除が認定されていないNGOも含み、広く意見に耳を傾けるべきであると考えられています。カナダでは、市民団体との協議が不十分であると、よい政治はできません。外交政策の場合は政府、例えば外務省やカナダ国際開発庁がそうしなければ国民から批判を浴びせられるわけです。
つまり、公序良俗、パブリックポリシーの面で全面的に非営利団体の役割が認められているので、非常に政治的な力を持っているわけなのです。だから、成り立ちからしても最初から、そしてその基盤から見ても重要な役割が認められています。国の税制優遇措置によって維持しなければならないし、政策に対する影響力まで認められているのです。
日本の場合は、そこまで政策に対する影響力が認められていないようなので、結局日本の非営利団体の役割はある意味では違うと思います。このような、例えば今日のようなシンポジウムによって広く一般的にこうした問題提起をすることは、非常に有意義なことだと思っております。
ありがとうございました。
高成田
ありがとうございました。
緒方さん、お願いします。
緒方
いろいろなコメントが出てきて、少し頭が整理されない感じがしますが、私は人々という言葉を使いましたのは、1990年代の多くの内戦あるいは地域紛争の中で一番守られなければならない人々、救われなければならない人々が無視された形でたくさんの紛争が続き、政府というものが頼りない存在であった場合がたくさんあったからです。
その中で、どうすれば人々を守れるような安全保障が可能となるのかということ考えましたが、やはり、人々にもっと力を与えて、自治能力と申しますか、正しいこと、自分たちの権利、そして、存在意義というようなことをきちっと示せるような自治能力をつけていくこと、そのためには、教育も必要ですし、いろんな保健衛生も必要ですし、いろいろなコミュニティが横につながることも必要で、そういう形で人間の安全保障というような概念が出てきたわけです。この中で、市民の役割、特にNGOの役割というものが非常に大きいということも十分認められました。
それでは、そうすることにより本当に安全な世界が出てくるのかと申しますと、緊急の場合にはいろいろできるのですが、紛争中の人道援助、これは先ほど伊勢崎先生が、長い期間、保護する責任ではなくて、予防する責任が大事だと言われたんですが、予防をするということは、やはり国内、国内でできない場合は外からどれだけ予防のために犠牲を払うのかというのは、非常に難しいことだろうと思います。ルワンダのケースを見てみますと、実は難民の流出は30年前から続いていました。何度もツチ族の人たちは帰ってこようと試みたのですが、それに対して国際社会は全く介入しなかったのですね、十分な。最後に、紛争の形で帰ってきて、それがまた、大量虐殺までつながってしまったわけです。
ですから、そういう時に国際社会がどういう協力をやっていくのかというのは一つの大きな課題ではありますけど、私は、どこの国にも自分の国の利益があるし、自分の国の人々がどういうところまで危険にさらされるかというようなことも問題はありますから、なかなか人道援助というものを予防あるいは保護の行動にまで広げていくのは難しいことだと思います。
それでは、どういう形で日本を含め多くの国々が予防的な考えを持って国際社会で行動してきたかというと、それはやはり開発援助なわけです。人々が食べられるようになる、生活ができるようになる、将来を考えられるような生産活動ができる、そういうことのためには開発援助は非常に大きな役割があると考えて、日本の場合は、まだ自分が独立してどんどん外に援助ができるような状況じゃない時から、実は援助に、様々な形で参加していったわけです。
日本では、国際貢献といえば、1つは平和維持の形での行動、それはあんまり行わないということになりますと、開発援助による大きな意味での予防的な行動をとりました。これが1991年から10年間ぐらいは世界第1の援助量だったわけです。しかしながら、その後、ここ数年の間にその量が下がりまして、私は何のために日本政府の援助機関の仕事を引き受けたのか迷うほどです。国民総所得の0.7%を達成すべきということが国際的な約束になっていますが、日本は随分下のほうに落ちていっておりまして、現在は0.28%に過ぎません。
私がJICAに来てから毎年予算が切られていますが、なぜ、このように減らされているのだろうと考えますと、それはやはり財政改革の問題等もあるのですが、これに真剣に取り組もうという気持ちが、国内においても、政府レベルにおいてもどこまであるのか、私はよくわからないところがあります。
やはり、日本は国際的にみれば、第2の経済大国なのですから、それなりの責任を払う、持つということにならなければならないし、そうすれば、もう少し開発援助に真剣に取り組まなければならないと思っております。
一方で、他の先進諸国は、開発援助を増やしています。どうして増加させているかと申しますと、世界的に安全を確立していくためには、人々の不安定な生活、あるいは、社会的な格差が大きい状況をそのままにしておくのは危ないという感覚からだと思います。
更にはグローバリゼーションの結果、開発援助というものをもっと本格的に対応していかなければならないということが広く考えられておりますが、日本の場合にはそれがなかなか一つの行動になっていないと。もともと日本の場合は、開発援助はアジアの国々に対する賠償の一端で始めましたが、おかげでアジアの国々はかなり進歩してきたと思います。そして、これからはアフリカあるいは中東のほうにもっと開発援助の重点が移っていかなければなりません。JICAの場合を申しますと、アフリカへの援助は、今までよりも事業を拡充するとともに、平和構築の時にも大きな役割を果たすということで、早く効果を出すような工夫をしております。
これからは世界の安全というものが社会の安定と関係があるという認識が、国内でも、もう少し広く認識されなきければいけないと思っておりまして、そのための工夫を、まだまだしなければならないと思っています。今、私がかすかな希望を持ちますのは、ここ数日前に、安倍総理がイニシアチブをとられて、温暖効果ガスの排出削減で、日本はこれから大きく進もうということを言われました。これが実現するとなりますと、やはり開発援助の世界につきましても、様々な意味での行動が必要になってくると思います。
ですから、これは新しいチャンスが国内においても政治の高いレベルから出てきており、私たちとしてはそういう動きを大いに支援して、国民参加型で地球温暖化対策というものを2050年までの間に実現できるように国内でも国際的にも呼びかけるというような行動に進むのではないか。今日は、かすかに希望を感じながらお話をしました。

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