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上智大学・朝日新聞社共催シンポジウム 「世界遺産と生きる―日本が果たすべき役割」
青木保氏の基調講演 「グローバル化の中の世界遺産と日本」(2)
青木保氏 |
- 実際、言語学者によると、毎年、多くの言語が失われていく。今、大体5000から6000ぐらいの言語が世界で存在するけども、このままで行くと21世紀の中頃までにその半分ぐらいはなくなってしまうと。オーストラリアの先住民の人たちの言語がそれを引き継ぐ人がいなくて失われていくとか、アフリカの少数民族の言語が失われていくとかで、いろんな記録があります。
- 同時に、現代の日本語のような、いろんな外来語が入ってきて、その言語の伝統的な語彙(ごい)などがだんだん失われていくという問題もあります。明治時代の文部大臣は、日本語はやめて英語にしようということを主張されましたし、また、戦後でも有名な文学者の志賀直哉は、日本語は非常に不完全な言語であるから、フランス語に変えたらどうかというようなことをエッセーでお書きになっているわけです。ブリュッセルでのEUの経済会議で、フランスの経済担当の大臣が英語でスピーチをしたので、シラク大統領が「どうしてフランス語でしないのか」といって憤然と席を立ったという記事が出ておりましたが、「ビジネス言語は英語だ」とその大臣は答えたようです。世界中でどこでもビジネスの言語は英語になっている。だんだんドイツ語も日本語も中国語も使わない傾向が目立ち、ビジネスの世界ではもう当たり前になってきていますね。これもグローバリゼーションの与える大きな変化は経済市場にあるので、この傾向は強まるでしょう。そこでやっぱり個々の文化をどう保つのかという問題が出てきます。「文化の多様性」の擁護はとくに大切な問題です。
- ということは、世界遺産というものを我々が考える場合に、世界遺産を保存したり、それを維持発展させようとすることは、やはり自分たちの文化を保存し、保護する、あるいは、グローバリゼーションという大きな変化の中で見失われてしまうような「文化の多様性」の擁護ということをきちんと考えないということです。その維持を考えないと、おそらく将来、我々の文化と人間の存在は無意味なものと化してしまうんじゃないかという危機感がそこに出てくる。
- グローバル化は、情報化、大量移動、物と人間と情報の大量移動の時代ですから、そういう意味でも、この大きな変化にどう対処するかというのを、こういう世界遺産を見ることによって改めて考えさせられる。世界遺産の与える教訓です。それが現代への警鐘であることは事実であります。
- もう一つの大きな問題が「文明の衝突」という問題であります。これも世界遺産にとって非常に大きな脅威です。前田先生がいらっしゃっているのでいろいろとお聞きしてみたいと思いますけれども、バーミヤンの大仏像ですね。これはタリバーンによって破壊されました。これは大きな問題になりましたが、現在の世界では価値観が違う、宗教が違う、文化が違うという背景の中で、世界遺産であっても、それを破壊してしまうということが起こります。
- 例えば、コソボが今度独立すると動きがありますが、あそこにもアルバニア系の人たちの文化遺産があります。それと、セルビア系の人たち。イスラム系の人たちが思っている文化遺産と、セルビア系のいわゆる正教のキリスト教の人たちが思っている文化遺産は、かなり温度差や距離感があるんですね。
- 私も以前、あの地域の人たちと一緒に出たシンポジウムでいろいろと話を聞きまして、困難な問題があるということを知りました。「文明の衝突」を、文化遺産を維持することによって、世界的に人類が一つの重要な課題として、「文明の衝突」あるいは、文化の違いによる相手の文化、自分たちと違う文化の人たちが価値とするものを破壊してしまうような傾向をどこかで止めなくてはならないということがあるでしょう。世界遺産の非常に大きな役割をそこに見いだすこともできるかと思います。
- 3番目に、日本の役割をよく考えてみますと、日本の立場は、バーミヤンの大仏像の修復に前田先生、平山先生をはじめ日本が非常に積極的にそれにかかわっていることも含めまして、それができる非常に中立的な立場です。日本にももちろんいろんな立場はありますが、基本的に宗教や文化の対立から中立な立場に日本は存在しうるし、国際的にもそれが大変高く評価されていると思います。
- 本日ご出席の国会議員の鈴木先生が中心となって、「海外の文化遺産の国際的な保護の推進に関する法律」が国会で成立いたしましたが、これは非常に重要です。平山先生をはじめ石澤先生や前田先生が中心になって「国際的な文化遺産の保護のためのコンソーシアム」をつくっていらっしゃいますが、こういう世界遺産の保護について日本ができることはたくさんあります。
- これまでODAなどの経済援助ですね、こういう援助を文化遺産の保護にもどこかで使うようなことができれば大変効果的ですし、また、日本は経済援助に文化援助というものも含めていく必要があるでしょう。
- このことは、非常に真剣に取り組む必要があると思います。世界遺産には、崩壊の危機にあるものもあります。それに対して、日本が自国の遺産だけではなくて、他国の遺産に対しても支援をするということは、非常に大きな役割、国際的に要求されている役割であろうと思います。
- 日本が出ていけば、例えば西洋が出るとこれはキリスト教だと、中東が出ればイスラム教だとか、あるいは、インドが出ればヒンドゥー教だとかいう風になりますけど、日本の場合ももちろん神道と仏教を中心にさまざまな宗教が存在しますが、一方的な宗教や価値観を主張する国や文化とは国際的に見られてはおりません。国際的には実に得難い、中立性を持つ国であり、援助をしやすい立場にある国だと思います。ですから、大きな日本の役割、すなわち中立性の保持と援助ということですね、これが日本の大きな役割であると思います。
- 21世紀は世界の中で多様な形で文化交流が進む時代です。東アジアの日中韓の間でも文化交流が非常に盛んになっていますが、紛争やテロや対立など難しい問題があると同時に、世界のグローバル化の中で文化交流が非常に盛んに行われてゆく時代となると思います。
- もう一つは、徐々に、文化を中心としたソフトパワー、軍事とか経済力、あるいは、技術力の強さや大きさをもって国の主張をするのではなく、文化を中心とする魅力によって国際社会における自国の存在を主張する、そういう「ソフトパワー」の時代に移りつつあると思うのですが、そのときに、日本は「文化の政治化」を避け、「文明の衝突」をしない、それよりも「文化による安全保障」ということを考える国であることを主張する必要があると思います。
- すばらしい世界遺産、非常に魅力的な文化のある国や地域に対して、あるいは、文化を大事にする国や地域に対しては攻撃しない、爆撃しないというような国際世論をつくっていく必要があります。世界で起こっている地域紛争においても、その文化財を守ることを国際社会の中で主張し、「文化による安全保障」の世界を創り出してゆくことが必要です。
- 「文化による安全保障」というのは、例えば世界遺産があれば、その地域は、たとえ戦争が起こっても爆撃を避けるというようなことを強く認識するということです。国際世論の中ではそういう動きは以前よりありましたが、依然として、タリバーンの大仏破壊みたいなことも起こります。それから、アフリカで今文化遺産の保護に関してどういうことが起こっているか、そういう情報がほとんどないようですが、そういうこともきちんと把握しなければならない。日本は、国際社会において「文化による安全保障」ということをもっと促進させる、推進させる立場にあるかと思います。
- と同時に、世界遺産というものを考えることによって、我々は身近なところにある文化への関心を高め、文化の伝統や文化の継承を改めて見直すきっかけをつくる、あるいは、見直して、それを保存したり、あるいは、評価したりすることが必要ではないでしょうか。私は世界遺産の登録は非常に重要だと思います。世界遺産というものの価値も認識しておりますが、同時に、あまりに世界遺産ということにこだわることは危険であるとも感じております。
- それは、我々が日本の中で自分たちでこれはすばらしい文化だと、例えば世界遺産としてユネスコがそれをどう評価するかは別としまして、そう認め評価することがまず第一であると思うからです。そのために文化遺産を維持発展させる、保存するという努力が必要なわけです。世界遺産になったから、なるためにということがあまり目的になっては、日本の文化的な特質は何だとか、日本人の文化的な感覚、感性というのは何であろうかという疑問が逆に出てくるだろうと思う面もあるのです。
- 自分たちの文化、伝統というのを見直して、あるいは、それをしっかりと認識し直すことが、むしろ世界遺産と生きるということの大きな意義ではないかというふうに考える次第でございます。日本人による日本の文化遺産の深い認識が求められている、と思います。
- 以上をもちまして、本日のお話とさせていただきます。
- どうもご静聴ありがとうございました。
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