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ジャパン・ソサエティー創立100周年記念シンポジウム
「創造の作り手、創造の届け手」

第一部・対談(3)

写真対談の様子
写真宮本亜門氏
写真ジュリー・テイモア氏
写真塩谷陽子氏
宮本
例として、次の写真をご覧ください。
これは布だけです。単純に上から布だけを垂らす。愛欲が絡み合う森のシーンですが、あえて墨が飛び散った布だけで表しました。ここで恋人たちが禅の精霊たちと交わります。また大きな赤い布を使って主人公の女性が死ぬところも表現しました。そして次の写真は基本ステージです。両側は全面ガラスの粒でできています。細かいガラスで輝く砂の巨大な日本庭園を作りました。中央には黒の大きな花道があり、日本のシーンでは茶室、中国のシーンでは巨大なランタンを、その真ん中に置いたのです。
作曲家のタン・ドゥン氏がおもしろいのは、皆さんご存じかもしれませんが、彼がいうところのオーガニック・ミュージックです。水や石など、自然のものを楽器として使う。そこには西洋音階で表現できない、間(あいだ)があります。そのあやふやさ、中間にこそアジアの魅力があると思うのです。
私が中学生のとき、将来なりたかったのは日本美術史の研究家。仏像、神社、仏閣を見るのが好きでした。日本独特の神社習合の感覚が、自分を育てたのです。そこには論理性より和を重んじ、あらゆる種類の良い点を混ぜあわせる。自分たちなりの独特なものを作るセンスとでもいうのでしょうか、あいまいさ、見方を変えればその幅の広さが、今の演出のアイディアにつながっているのかもしれません。
私はアメリカに行きブロードウェー・ミュージカルを見て、こういう表現もあるんだ、歌や踊りや芝居のジャンルを越えるものがあるんだと知り、21歳以降ニューヨークへたびたび行くようになりました。そのときに、彼らがつくってる中で、論理的に会話ができないとわからない。特にアメリカの芝居には、はっきりお互いの論理をぶつけあうドラマも必要なんだということを、初めて知ったんです。
なので、自分がいつかブロードウェーで演出をするときには、それを学ばなければいけないと考えていました。そういう意味でジュリーさんと反対の環境から来たといえるかもしれません。
次の写真です。
この前、「テイクフライト」という作品を天海祐希さんとやりました。実にブロードウェー的なタイプでつくったんですが、ただ、舞台にあるのはシンプルなライト兄弟がつくった羽根の形を模した箱のみ。そこに映像を使って表現する。
そのとき、僕はアメリカ人の作曲家に「なぜ僕ですか」と聞きました。アメリカにはやたら演出家がいるじゃないですか。すると、「ライト兄弟が一番先につくった飛行機は実にシンプルな木と布だけなんだ。そこをどのように広げていくかというところで、君のアジア的なものが欲しいんだ」という言い方をされたのです。題材が西洋でも、表現は東洋でも出来る。そして今、特に西洋に伝えたいのが、表面ではなく東洋的な精神性についてです。
次の写真をお願いします。
これは「ブンナよ、木からおりてこい」という水上勉さんの話で、完全に仏教思想が入っています。「ドリームガールズ」の作曲家ヘンリー・クリーガー氏と新たにミュージカル化しました。生死観というのをアメリカの中に入って彼らに伝えたかった。日本では何回も上演されている芝居です。でも、その生きるとは何だという壮大なテーマを、彼らの場の中で作りたかったのです。世界の距離はネットの力で縮まりました。だからこそ情報だけではなく、人間の身体、精神を通して、ライブでお互いを知る時代に入ったと思っています。その一役を、演出を通してかかわりたいと思うのです。
ありがとうございました。
塩谷
どうもありがとうございます。
何か2人で先ほどまで動き回っていただいたということで、座っていただくのはもったいないかと思います。才能のむだ。立ってるほうが体を使いやすい、そのほうが表現しやすいということであれば、どうぞ。
いずれにせよ、最初の質問はお2人に伺いたいと思います。なぜジュリー・テイモアさんと宮本亜門さんのお2人なのかという質問を受けました。どちらも、行き来をしている。つまり、いわゆる大衆のための作品と、もう少しオペラのような絞った観客用のもの、そういう作品をつくっていると、エンターテインメントと芸術の間を行ったり来たりしている。行ったり来たりではなく、むしろ自由にジャンルを越えて飛び回っていると言ったほうがいいかもしれません。それが共通項だと、お2人の共通点だと思っております。
今の時代、傾向としては生のライブパフォーマンスが死んでしまったと言われたりします。過去のものだと。メディアとして死んでしまったという人もいるんですが、最初の質問としては、こういうことを伺いたいと思います。そういう創造上のインスピレーションの伝達方法、メディアによっては、あるいは、どういう場によって届けるのか。オペラハウスとか映画のスクリーンとかブロードウェーの劇場ということも考えられますが。
テイモア
そうですね。私はシェークスピアの愛好家です。そして、ギリシャ悲劇も大好きですし、「ラーマーヤナ」、「マハーバーラタ」、そういったすばらしい(インドの)作品がありましたが、それはいまだに人気を博しています。
そして、シェークスピアが書いた作品というのはどんなレベルでも理解できる。例えば道化役が出てきたり、コメディーがあったり、ラブストーリーがあったり、もっと下世話な話もある。そして、詩や精神的な面もあると。それが私のモデルです。
インドネシアに参りましたときに、ジャワ、バリでこういう夜通しのドラマを見ておりました。そうすると、子供たちは親のひざに乗って、そして、道化役を笑ったり、楽しんだりしてました。そして、だれもわからない高度な言葉も出てきます。つまり、僧侶しかわからないような言葉も出てきました。
同様に、歌舞伎というのは非常にポピュラーであって、アートでもあり、エンターテインメントでもあると思っております。我々はそういったものを分けて考えたがります。しかし、映画でも、演劇だけではありません、アートとそういう商業面を一緒に合わせてもいいのではないか。「ライオンキング」が非常にいい例だと思います。そういう演劇というのは決してなくなるものではありません。
宮本亜門さんの作品を見てもそうです。例えば、演劇上何かテレビで、テレビが特質としているものを演劇でやろうとしても、それはうまくいかないでしょう。しかし、演劇、舞台でしかできないものというのがあります。これはいわばライブのスペースを経験したいから、お客様がやってくる。そして、これはほかの人とともに経験をすることができる。畏怖の念を抱くといいますか、その瞬間を楽しむというのはスポーツのイベントに似ていると思います。例えばボクシングであれ、野球であれ、あるいは、お寺に行ったり教会に行ったりという、その経験にとってかわるものはありません。
したがって、演劇という芸術形態は決して死なない、それは純粋な演劇としてプロデュースされれば死なないと考えています。
塩谷
最近、ブロードウェーの仕事もなさっていますし、それから、昨年はサンタフェでオペラもなさった。聴衆の反応、あるいは、そのターゲットの聴衆は違うと思うんですが、何かターゲットに合わせて、例えば演出に従って変えなきゃいけないと思ったことはあるんでしょうか。
宮本
まず、その区別をする理由が僕の中で見つからないと言った方がいいかもしれません。それに劇場というもの、ライブというものは、映像やコンピュータがどんどん広がれば広がるほど、人間はバランスを取ろうと、もっと生のものを求めようとしてくると思うんですね。
だから、ブロードウェーの観客も増えていて、演劇人口は減っているどころか増えていると思うと、もっと人同士がかかわるとか、もっとこの生の空間の生の言葉を聞きたい。もしかしたら、言葉じゃない何かをお互いに感じたいという思いが増えてくるでしょう。そこに関して僕は危機感を感じているのではなくて、むしろおもしろい時期に入ってきたなというふうに理解しています。
僕がニューヨークに行ってる理由も、いろいろなものがそこにまだ混在し、多様性があるからです。
観客は毎回、演目やキャストによってかわるのだけども、そのターゲットによってあえて作り方をかえるとは思っていないですね。
塩谷
それから、劇、生の劇には打ち負かすことのできないパワーがあるとおっしゃいました。ジュリーは最近は映画が多いとおっしゃいましたが、ここに座って、先ほど昼食時、話をしてまして、亜門さんは今まで映画を1本おつくりになったと。で、これからもっと映画をおつくりになりたいというお話もしていました。
大きな信念、生の劇、舞台に対する確信というものを表明されましたけれども、それと同時に、当然、映画もつくっていきたいとおっしゃっている。これは生ではない、例えば聴衆の生の表情が見えるわけでもない。
ご自身の中の同じところから出てくるものでしょうか。あるいは、自分で違うところからつくるんでしょうか。ご自分のクリエーティビティをこのメディアの強い社会でどのように区別というか峻別しているんでしょうか。

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