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シンポジウム「歴史和解のために」

第1部 討論 「何が起きているのか」(2)

写真周婉窈氏
写真鄭在貞氏
外岡
ありがとうございます。
それでは、周さん、お願いします。
山室先生が、この150年の間の歴史認識について、非常によい、そしてマクロ的なお話をなさいました。これは私ども研究者にとって、自分の国の近代史を見るときに、非常に大きな歴史の背景であると思います。それを考えなければいけないと思います。
それぞれの国の発展の道筋というのがあります。そしてまた、人類、世界の大きな流れの中にも、それが入ってきているということです。これはマクロの面からのお話ですが、私の時間は短いということですので、ここで山室先生のお話の中で、私が強調したいことを話したいと思います。
山室先生は、共通の歴史の認識というのは、人類の普遍的な価値を基軸にする必要があるということをおっしゃいました。これは非常に重要なことだと思います。先生は人権や民主主義、そして人間の安全保障のことをおっしゃっております。これが普遍的な価値であるということをおっしゃっています。
私は、ここで最初の基本的な人権の尊重についてお話ししたいと思います。もちろん私は賛成しておりますが、ここでちょっと補足説明したいと思います。
この基本的な人権というのは、思想や表現の自由、そして恐怖から免れる自由などが含まれております。そして、最近はその内容というのが、特定の社会グループの歴史・文化や言語の保存の権利まで拡大されております。そして、それは2001年のユネスコが発表した「文化の多様性に関するユネスコ世界宣言」と関係がありますが、その中の第4条で、このようなことが書かれております。「文化の多様性を守ることは、倫理における差し迫った要求であり、人間の尊厳尊重と密接な関係がある」と。そして、第5条にはこのようなことが書かれております。「すべての人々は、自分の選択した言語、特に母語で自分の思想を表現したり、作品を書いたり、発表したりすることができる。すべての人はみずからの文化の特徴が十分に尊重された良質な教育、育成を受ける権利を有する。さらに、すべての人は、人権と基本的自由を尊重する限り、みずから選択した文化の生活に参加し、その活動に従事することができる」ということが書いてあります。ですから、このようなことは、多分、私どもが自然界の多様性の認識や、そういう動物、植物が、多様性から、今、非常に種類などが少なくなってきているというような危機に直面していることから来ていると思います。
それで、人間の世界も非常に変わってきておりまして、多様性が喪失しつつあります。このようなことになってしまいますと、山室先生がおっしゃったグローバルとも非常に密接な関係がありますが、グローバルというのは、やはり同質化ということを導くということです。異なった文化や伝統などが全部共通になってしまうということです。そういうことは、2つの形態があるかと思います。1つは、自由社会が自主的に、あるいは知らず知らずにグローバル化の同質化の中に、その過程に入ってしまうということ。もう1つは、社会的に弱い立場に置かれている人たちが強権によってやむを得ず同質化されてしまうということです。ですから、そうしますと、多様性が喪失してしまいます。第1のタイプにとっては、多様性の喪失はたぶん阻止しにくいのでしょうが、私どもはやはり警戒心を持って注視すべきであると思います。長い歴史の中で蓄積された豊かな文化を保存するということが重要ですが、それが喪失してしまいますと、非常に残念なことだと思います。ですから、そのバランスを取っていかなければなりません。
2つ目のタイプは、弱者の受けている圧迫ということなんですが、強権による弱者に対する圧迫というのは、それは国家の暴力であり、その破壊力は大きいと思います。
ここで2つの例を挙げてみたいと思います。1つは過去の台湾です。それから、今現在も進行中のチベットのことです。
国民党の時代におきましては、台湾は台湾の本土の歴史文化がほとんど喪失してしまいました。特に原住民の文化。現在、台湾はそれを回復、修復作業に取りかかっております。この20年、ある程度、成果を上げております。
そして、もう1つの生きている例というのは、現在のチベットです。チベットは半世紀にわたり、人々は自分の歴史の文化、言語の中で暮らす権利というのが奪われております。ですから、チベット文化の喪失というのは、世界の文化の大きな損失でもあります。中国の漢民族の文化の損失でもあります。やはり注視すべきであると思います。
先ほどユネスコの話をいたしました。世界文化の多様性の話をいたしました。それは、文化というのは、絶対に変化していけないとは言えないのですが、それは、やはり自由な、自主的な環境の中で変えていくべきだと思います。そして、自発的なイノベーションや革新などを推進することはできるということです。いま現在、グローバル化が非常に速いスピードで進んでいます。ですから、世界史の状況についても、よく検討し、そして、自分の社会にある文化の多様性を維持していかなければならないと思います。文化の多様性、それから自然の多様性というのは、私どもの生活を豊かにすることができますので、今、物は豊富にありますが、しかし、文化も豊富なものにしていかなければならないと思います。
そして、山室先生がおっしゃった歴史の認識についての主張に賛成いたします。やはり歴史というのは、過去、そして現在、それから未来をつなぐ1つの方向性のある歴史認識ということで、歴史認識というのは非常に重要であります。ですから、私ども、それを専門とした学者にとっては責任があります。21世紀には東アジアの、あるいはアジアの民族間の相互理解を深めていくということが私どもの責任であると考えています。
外岡
ありがとうございました。
それでは、続いて、鄭さん、お願いします。
鄭在貞でございます。
私は20世紀前半の韓国近代史、特に植民地期の鉄道史を専門にして、韓日関係史を研究しております。その傍ら、この20年以上、韓国と日本の、いわゆる歴史対話にあらゆる形で積極的に参加してきました。
私はなぜ日本と韓国の歴史対話を重んじるのか。そのきっかけは、私が留学したときのつらい経験から始まります。私は1979年から82年まで、3年ぐらい東京で勉強していたんですが、あのときの韓国と日本の関係は、政府同士、いわゆる国家レベルでは非常に険しくもみ合ったし、国民レベルでの相互理解ということも、ほとんどない状態、無知に近いほどのものでした。それで3年の留学生活は非常につらかった。そして韓国に戻った年の夏に起こった、いわゆる教科書問題がその後も後を絶たない。歴史問題がいつも両国の関係を傷つけるということを身にしみて感じました。それで、結局、両国が相互理解と共生共栄を目指すならば、歴史紛争ということを乗り越えなければならないということ、そのためには、やっぱり日本に留学した経験を持っている私が、何かできることはないかという、そのような気持ちで今までやってきました。
きょうの山室先生の発表は、私がなぜこのように韓国と日本の歴史対話にこだわるかということを、世界史の相互連動の視点から学問的に非常にわかりやすく、鮮明に説明してくださいまして、共感することが非常に多いです。
普通、人々は相互の交流と交易が盛んになれば、あるいは増大するならば、相互理解も深まるんだと、歴史認識も共有できるんだという、そのような考え方を持ちやすいんですが、しかし、そうではないんです。今、韓国と日本の場合は、韓流ということがあるし、韓国では日本フィールということもあるし、いろんなことがあって、1年に500万人ぐらいの人が行ったり来たりしますけど、実際には歴史認識をめぐる葛藤ということは、むしろ先鋭化、長期化するという、そういうことが現状なんです。
じゃあ、なぜそうか。相互認識というところには、やっぱり両国の歴史研究者、歴史教育家、またオピニオンリーダーたちの役割ということが、ちょっと物足りない面があるんじゃないかなという、そんなことを私はいつも考えています。
最近の韓国の事情をちょっと申し上げますと、山室さんが言っているように、幸いに韓国は経済成長とともに、民主主義の進展、人権、平和などについての価値観ということが、ある意味では世界最高レベルまで行っている面があります。そこから言うと、歴史についても、いろんな立場からの発言もできるようになりました。それで日本と中国とも等身大で対話ができるようになったということが、これからの東アジアの歴史対話ということに非常にいい影響を与えるだろうと私は期待しています。
しかし、あれは単純にできるんじゃなくて、歴史学者とか教育者とか、オピニオンリーダー、特にマスコミが積極的に意図的にやるべき仕事です。歴史認識の共有とか、歴史共同研究などは、おのずからできるんじゃなくて、積極的な意思を持ってやらなければなりません。結局、歴史認識の共有ということを語るときは、話題は過去なんですけれども、視線は未来を目指すという、未来の共生共存をひらく意識的な作業だという、そのような自覚がもっともっと必要じゃないかと私は思っています。
韓国では最近、政府レベルでもこのような問題に非常に積極的に対応して、東北アジア歴史財団というものをつくって、韓国、日本、中国などと積極的に歴史対話を進めるという、そのような事情があります。
もう1つ、もちろん韓国と日本は政府が支援する歴史共同研究委員会なども機能しております。また、韓国みずからが自分の歴史教育とか、自分の歴史教科書を改善するという、そのようなことに積極的に取り組んでいます。いろんな種類の、いわゆる代案教科書もできています。それ以外に、日本と中国との共同作業による共通の歴史教材も、もう5つぐらいの種類が出ております。韓国の場合は、ますますそのような外国との歴史対話ということの重要性に気づいて、その方向に熱心に動くという状態です。これがひょっとしたら政権の利益とかナショナリズムをあおるような、そのような形に転換するおそれもあるんですが、日本と中国の出方によっては、このような韓国の事情を積極的に利用すれば、お互いの歴史認識の共有ということを目指す、もう一歩の進展ができるだろうと私は思っています。

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