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シンポジウム「歴史和解のために」

第1部 討論 「何が起きているのか」(4)

写真ジモーネ・レシッヒ氏
外岡
ありがとうございます。
それでは、遅くなりましたが、ジモーネさん、よろしく。
レシッヒ
こんにちは。
私は国際教科書研究所長であると紹介されました。そしてまた、近代史をブラウンシュヴァイク大学で教えているということを紹介されました。特にヨーロッパ史というものが私の専攻であるということであります。
そういったことで、山室先生のお話を聞きまして、やはりヨーロッパの側から見たという形でコメントをさせていただきたいと思っております。
ヨーロッパ側から見たということは何かといいますと、やはりさまざまな今、皆さんがおっしゃられました提言がありますけれども、あるいは、その提言の幾つかというもの、そのための条件というものがもう既に達成されていると思われます。数十年にわたって、私たちは和解のプロセスというものを行ってきました。そして、そのうちの大部分がヨーロッパの国々におきましてユーロという形で、EU(欧州連合)という形で結びつけられているわけであります。
歴史認識ということで話していきますと、やはり私たちにとりまして歴史認識というのは1つの条件になっていくということが言えるわけであります。そして、和解というのがもう1つの条件であると思っております。
皆様が提言されました歴史認識の共有のための条件というものはEUの中ではほとんど達成されております。例えば人権の尊重でありますとか、人間の安全の保障など、こういったものは1つの条件としてもあるわけです。
そのような中で、ヨーロッパがEUという形で発展しています。そのうちの1つにありますのがドイツです。そして、私どもは歴史的な責任、そしてまた、そのために歴史、過去と向き合っていくということがこの数十年の間、私たちの課題として突きつけられ、そして、その課題に私たちは取り組んできました。第2次世界大戦にはホロコーストというものがありました。そして、そういった事実は徐々にはっきりしてきたわけであります。
私どもは数十年にわたって、これにつきましても私の講演で紹介いたしますけれども、教科書委員会の作業を行いました。ドイツとフランス、ドイツとイギリス、ドイツとポーランド、そしてまた、ドイツとイスラエルの間でこういった教科書委員会というものがつくられ、そのための作業を行ってきたわけです。
とはいえ、今でもまだやはりヨーロッパの中でもさまざまな歴史的な問題というのが起きております。歴史政策の問題というのが起こっております。例えば、ヨーロッパの共通教科書をつくることができるのかということが議論されています。ドイツのシャバン教育相がついこの間、そういった提案をしたわけですけれども、しかし、賛成の方もいますし、あるいはまた、各州や、そしてほかのヨーロッパの国の教育相には反対した人たちもいたわけです。
そういったことで、やはり現実的な目標、目的ということで考えてみますと、欧州の共通教科書をつくるというのではなく、共通の歴史認識をつくっていくということだと思います。
三谷さんがお話されたように、まず初めにやっていかなければいけないことは、やはり記憶でありますとか、そしてまた、解釈というものを、ほかの人たちはどういった解釈をしているのか、どういった記憶を持っているのかということをまずは理解していかなければなりません。ドイツとポーランドでもそうでした。例えば、ドイツが第2次世界大戦後、ポーランドの地から追放されていったわけですけれども、それに関しましても大きな歴史的な対立がありました。
しかし、そのような問題がありましたけれども、ドイツとポーランドの教科書委員会で、そして、EUの枠内で私たちはさまざまな問題を解決していく、つまり私たちが理解をしよう、どういったことが問題なのか、相手がどういった考え方を持っているのか、差異が何なのかということに、私たちはまず初めに取り組んでいったわけです。
具体的に申しますと、だれが加害者で、だれが被害者なのか。そして、ドイツがむごい残虐なことを行った。そして、そのようなドイツが例えば迫害されたというような事実のもとで、被害者として見ることができるのかというようなこと。あるいはまた、ポーランドから追放されたドイツ人、その反対に、ポーランドにおきましてもドイツが加害者となってさまざまな残虐な行為が行われてたわけです。
こういうような事実というものがあって、私たちは共通の歴史認識を達成していくためには、やはり重要なことは、一人ひとりがしっかりと意識を持って、自分たちの歴史は何なのか、そしてまた、相手の歴史がどうなのか、あるいは相手の理解がどうなったのかということを理解していかなければいけません。
山室先生がおっしゃったように、やはり歴史というのは現在に関係してくることであります。アクチュアルなものなわけです。そして、それぞれの世代の人たちがその歴史の中で生きていっているわけです。
そういった中で、共通の妥協を見つけ出すというのではなく、若い人たちにおきましては能力をつけていく、つまり自分たちの歴史というものを批判的にしっかりと見ていくという、そういった能力をつけていかなければいけないわけです。
そういった意味で、山室先生がおっしゃられたことに私は賛成いたします。と申しますのも、歴史と国境を越えて、ローバルな枠内で見ていくということ、つまり、どういった関連があったのか、そして、国境を越えて、文化的なものも含めてどういった関係があったのか、こういったことを見ていかなければいけないと思います。これはヨーロッパにおいてやっていかなければいけないと思います。そして、ヨーロッパの共通教科書というのはまだつくられておりませんけれども、こういったことが私たちにこれから与えられていきます課題だと思います。
そして、2点目としては、ただ単に史実を示すだけではなく、文化的な能力というものを身につけていかなければいけません。つまり、歴史というものをある解釈として理解していくということであります。
そして、今、私たちはグローバルな社会の中で生きていっているわけで、例えばインターネットなどもあるわけです。そして、そういった中で歴史というものを正しい形で示し、あるいはまた、正しい解釈と結びつけていかれなければいけないわけです。その歴史的な情報というものがメディアでどのようにして伝わっているのか、そして、どういった形で伝えていかなければいけないのかということなどをクリアにしていかなければいけないと思っています。

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