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シンポジウム「歴史和解のために」

第2部 討論 「何が 私たちにできるのか」(5)

写真歩平氏
このような気持ちにさせる『日韓交流の歴史』は、学生の気持ちに揺さぶりをかける力があって、彼らの歴史認識に働きかける力を持っていたと思います。
それを踏まえて、今後のあり方についてですが、『日韓交流の歴史』を評価するときに、この本を読んだ日本人学生の韓国イメージに変化が出たかどうかは重要なところだと思います。この本を読んで、韓国の歴史、日韓交流の歴史についてよく知らなかった学生に大きな変化があったと言えそうです。高校までの歴史教育で得た知識、認識、それ以外にマスコミなどで得たイメージが大きく変わったというレポートがたくさんありました。また、明確にイメージが変わったとは書いていなくても、そのように受け取れるレポートはたくさんありました。
その内容は、古代から日本が外交をリードしてきたと思っていたが、全時代を通して見ると、お互いにきちんと主張して外交をしていたことがわかったという意見とか、韓国は日本に併合されたりする弱い国だと思っていたが、植民地下でも立派な国家としてあり続け、決して弱小とは言えないというイメージを持つようになったという意見もありました。学生の多くの意見はプラスのイメージに転換したと思います。
また、反日デモや反日感情を強調した報道などの影響によって偏った韓国観を持ってしまったが、植民地時代の歴史などを知れば、韓国人が反日感情を抱いたり抗議したりするのは当然だと思ったという意見もありました。
また、今後の歴史和解に対して何をすべきかについても意見がありました。過去を忘れてこれから仲良くしましょうというのではうまくいくはずがない、まず日本がその事実を認めて謝罪すべきだという意見もありました。
また、日本人と韓国人は互いの歴史について誇張やあいまいさのないしっかりとした史実を知って、その上で日本が間違っていたところには誠意を持って謝罪を行い、韓国側はきちんとそれを受けとめることが必要だという意見もありました。双方が話し合うためには、日本が非を認めたら韓国はそれを受けとめることが必要だという意見です。
『日韓交流の歴史』は、日本と韓国は長い交流の中で敵対したり友好的な関係になったりしながら現在に至ったのであり、日本と韓国は兄弟のような国なのだというイメージを抱かせました。共通認識に至る努力の結果がこのような認識を持たせたのだろうと思います。
何をすべきかについて、『日韓交流の歴史』を読んで、初めて日韓交流の歴史を学んだ学生の考えには限界があることも事実です。ここでは日本政府の対応への批判などは書かれておりませんし、政治家の妄言に関する言及もありません。さらに、私はこうするという自らの行動提起もありません。したがって、これでは問題は一向に解決しないという批判は簡単です。
しかし、日本の歴史教育の不十分さもあって、韓国に対する認識は決して良好ではなく、韓国への反感を持っていた学生が、この本を読むことによって歴史を学び、これまでの韓国に対する認識を変化させ、歴史の学習の重要さを認識し、まずは日本が謝罪し、韓国がそれを受け入れる必要を訴え、さらに、韓国と日本は兄弟のような国なのだという認識に到達した点は重視したいと思います。一歩一歩の成長を見ることなしに、未来志向的な考えは出てこないのではないかと考えます。
司会者のほうから何か提案をしてくださいということを先ほど言われましたので、1つだけ。山室さんの報告にもありましたが、韓国では東アジア史という教科ができて2012年から高等学校で教えることになっています。その東アジア史の教科書がどうなるかについての試案、討議の資料が韓国ではつくられています。その資料をつい最近入手することができました。同じような東アジア史という教科を日本とか中国でつくってみたら面白いだろう。当面は別々なものをつくって、それを後でお互いに持ち寄って検討し合うことによって、東アジアで共通の東アジア史というような教科書がつくれれば、非常に面白いと思います。
韓国の資料を見てみますと、先ほど三谷先生から話のあったロシアの問題も、つまり北方の問題も非常に重視されていますし、それから、中国の南側にあるベトナムについても言及しています。その辺を含めて、広く東アジアととらえているようです。韓国の試みを日本でも学んで、最初から東アジア史という教科書を作るのが難しかったら、まず東アジア史という教材をつくってみることをぜひ提案したいと思います。
外岡
ありがとうございました。
今、お2人から日韓についての交流の歴史についてのご報告がありました。日中でも2006年10月の安倍・胡錦濤会談の後、この試みが始まっており、今、大詰めになっています。その座長を務めていらっしゃる歩平さん、そして、続いて、北岡先生と、ご発言をお願いしたいと思います。
歩平
先ほどレシッヒ所長から、興味深いお話を伺いました。
そこで、異なる国家間の人々の間で戦争に関する未来志向の歴史認識を形成することは可能かという問題を考えなければならないと思います。
歴史学者として最も重要な任務は、単に問題を指摘するだけではなく、問題を解決する方法を探ることにあります。ドイツの歴史研究者が歴史問題を解決する方法と経験も重要です。
とりあえず、中国の教科書の制度について。実は中国側では今はもう国定教科書ではないですね。86年から日本と同じように教科書の検定制度になりました。中央政府と省、中国の省は日本の県と同じレベルですね、中央、省の政府に2つの検定委員会があります。もちろん、今の検定制度の問題でもありますね。先ほど出席者は日中の間、政府レベルの歴史共同研究の問題を紹介してくださいと言いました。もちろん、この問題を説明しなければならないんですが、その前にとりあえず自分が参加した民間の中日韓の3国の間の歴史共同研究の問題を少し紹介したいと思います。
実は、2001年から毎年、中国、日本と韓国の研究者、市民団体によって、歴史認識と東アジアの平和フォーラムが開かれています。そのフォーラムが東アジアの地域共同体を志向する観点から、お互いの歴史認識、歴史教育の点検をする学術討論会です。2002年から3カ国の中学生、高校生など若者に、歴史認識を共有する第一歩となるよう、副教材をつくろうという決議を出しました。その結果は、3国の共通歴史副教材委員会が組織されました。12回の会議を経て、2005年の5月、『未来を開く歴史−東アジア三国の近現代史』という本が3カ国同時で発売されました。
この副教材は自国史中心の歴史を超越して、国境を越えて、積み重ねられた議論や交流のプロセスで、共通の歴史を記述する努力の第一歩です。この本の中では、もちろん侵略と抵抗の問題を説明するだけでなく、3国の対立と協調の問題、文化面の相互影響の問題を書きました。
学生さんの反応ですね。先ほど君島先生の話した学生さんの反応と大体一緒ですね。そのフォーラムのとき、毎年、青少年の参加もあります。その本に対していろんな反応もあります。
この努力は歴史事実を共有する実験だと考えます。もちろん、この本にはいろんな問題もあります。3カ国の学者は、近代以降の東アジアの歴史問題、展開する多くの問題については、かなり多くの異なる認識を持っています。現在、3カ国の学者は努力を続けて、この本の修正をしています。新しい本を編纂することを希望しています。これは民間分野での努力ですね。
もう1つは、2006年12月から日中両国の政府の合意によって、双方の有識者それぞれ10名を構成員とする歴史共同研究委員会を設置しました。2006年12月の26、27日、北京で第1回全体会合、去年の3月19から20日、東京で第2回目の全体会合、今年の1月、北京で第3回の全体会合を開催しました。その間にいろんな分科会も開きました。次回の全体会合は大体今年の6月下旬、または7月上旬に予定しています。私と北岡先生の任務は重いという感慨があります。

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