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シンポジウム「歴史和解のために」

第2部 討論 「何が 私たちにできるのか」(7)

写真周婉窈氏
(パワーポイントのデータを)2ページに動かしてください。第2巻第3部を出してください。次、お願いします。
大体、第3部第2章までは時代順なんですけど、第3章だけ今日的な歴史認識や歴史教育の問題に触れているわけです。
そういう格好でやっているんですけども、私は日韓もなかなかいい仕事をしたと思うんですよ。鄭さんと同じ意見なんです。ただ、かなり特殊なテーマもあったんですよね。例えば、植民地統治時代における日本の百貨店の進出とか。これは学問的にはとてもおもしろいテーマなんですけれども、広く読まれて理解されるにはやや特殊なテーマであった。それを避けて、一般的な歴史、その結果、はっきり言えば、突っ込みは浅いです。例えば第1章のこれを日本側、中国側がそれぞれ漢字でいうと2万字ぐらいで書くんですけど、そんなの簡単に書けるわけないんです。だから、これはあっさりしているんで、そして、それをさらにより深める議論を第2期、第3期と私は続けていただきたいと思っています。
歩平さんが言われたとおり、議論は非常に冷静、かつ、学術的といってよいと思います。私はさすが中国は大国だなと思いますね。大人の国で、それで、戦勝国ですから余裕があるんでしょうかね、もう淡々と耳を、時々エキサイトするときもないわけではありませんが、相対的に淡々と議論は進んでいるということです。
ただ、我々の仕事が決して容易でないのは、実はさっき言いました平和的発展主義、平和的発展を重視するという胡錦濤さんの立場なんですけども、これに同感する、戦後の日本の平和的発展を評価しますかという某新聞社の世論調査によれば、イエスと答えているのは中国で25%です。評価しないというのは67%あるんですよね。ですから、まだまだ難しい。
これを未来志向で徐々に氷を解かしていこうというのは、イニシアチブは政治のほうから来ているんですよね。私は、だから、胡錦濤政権のこの立場はなかなか勇気のあるものじゃないかなと思っています。政治家の役割はやはり重要なんです。
私、さっきドイツとの比較をちょっと言いましたけども、ドイツと比べて日本が明かに劣っているのは、政治家の妄言というやつです。これは、たちまち雰囲気を悪くするんで大変困るんですけども、君島先生は日本は謝罪し、韓国はこれを受け入れるべきだという意見があったんですけど、そういうことは何度かやっているんですよね。それが十分かどうかという議論はありますけども、全然してないというふうに思っている人も多いのであります。
ですから、この第3部第3章のここでどんなことがあるのかと。1、2、3章も、具体的にどんなことをしていたのか、してなかったのかということも取り上げる、そういうことになっております。
強いて違いを挙げると、こういうことは言えますね。私、やっていて違いがあるのは、日本側は「なぜこんなばかな戦争が起こったのか」というプロセスの分析に重点があるんですね。確かに、結果的には昭和16年の時点でいいますと、もう中国と4年近く戦争して、まだ勝てない。4年以上ですよね、4年何カ月やってまだ勝てない。そして、その状況でアメリカとイギリスと戦争するという、ほとんど自殺行為の戦争をしている。何でこんなばかなことをしたんだと。不道徳で不法で、しかも、巨大な犯罪的な戦争をした。なぜそうなんだろうかというところにやっぱり関心はあるんです。政治過程の分析ですね。
これに比べると、中国側は「日本が何をしたのか」というところに圧倒的に重点があります。これは無理もないと思うんです。被害を受けた国からすれば、どんなひどい目に遭ったかということを強調するところにあって、そして、日本側は、なぜこんなことになったのかというところにあるあると。
我々から見ると、幾つかのこういう被害があったというところに誇張があるような気がするし、それから、日本に首尾一貫した侵略の意図があったというのは、現実の政治過程を見てると、とてもそれはそんなもんじゃないと思うんですけども、そういう違いがあるでしょうし、中国側から見れば、日本の、なぜここでこうなったか、だれがこう行動したかというのは何か弁解してるように聞こえるんじゃないかという気がします。
でも、それぞれ自分の目の前の問題に取り組むとそういう違いは出てくるんだけども、お互いそういう違いが出てくるのはある程度しようがないなと、これをさらに突っ込んでいきたいと思っているわけです。
よく外国の人にも聞かれます。あなたたちは歴史認識の溝にブリッジをかけようとしているのですかというから、私は「ブリッジをかけるためには、まずどれぐらい違うかをきちっと正確に測らなくちゃいけない」と、まだそのレベルかもしれませんねと。でも、いずれそれはもっと前向きに進むでしょうというふうに答えることにしております。
外岡
どうもありがとうございます。
いろいろご意見もおありかと思いますけれども、周婉窈さんに台湾の事情について報告していただきたいと思います。
私の任務は、4つのテーマということなんですが、ここでは全部話すということはできないと思いますので、まず共通の教科書の話をしたいと思います。もし時間があれば、ほかの問題にも言及いたします。
日本、韓国、そして、中国と共同教科書を編纂しているということ、そして、先ほど君島先生からもお話がありました共同の教材を編纂しているということですが、私は非常に敬服しています。そして、先生方がこのような仕事を進めていることは、私にとっても非常に大きな啓発、学ぶことが大きいということです。
私は歴史の研究をしておりまして、次のようなことを考えております。
まず、3つの国から、日中韓、そして、台湾も含めて一緒にこういう研究を進めていっていただきたいと思います。共同の歴史教科書を書くときには、台湾も中に入れれば、東アジアの歴史像はさらに完全だと思います。
そして、先ほど韓国の鄭先生、君島先生もおっしゃったように、先ほど山室先生もご報告をしてくださいましたが、東アジアの歴史とも非常に関係があると思います。共同の歴史には、非常に大きな問題があります。まず歴史からきております、問題というのは。
歴史というのは特定の時空の範囲内でそれが存在しておりまして、それによって、その主体というものがあります。それぞれの主体の発展の道筋というのもありまして、自らの発展の道筋を持ち、その発展の道筋に「内在的な論理」というのもあります。
これらの問題というのはお互いに交差し合って影響し合っています。あるいは、全然関係のない、そういう時空の中でそれが発展してきたということもあります。例えば、中国の歴史もそうですね。そういう部分もありました。ですから、昔の歴史を見ますと、そういう独立した、関係のない部分というのも存在しています。そして、時間の並列の関係のある歴史というのもあります。
ですから、このようなさまざまな主体を含めた共同の教科書というものをつくるというのは非常に難しいと思います。もちろん、不可能ではありません。実は、それぞれの主体の独立性が失われるというような、そういうこともあります。
そして、それぞれの主体の中にも、その主体だけではなく、いろんな要素というものも考えなければならないということです。そして、東アジアの共同史をつくる、そういうものがつくれるかどうか、あるいは、そういう考え方を放棄するかということですが、私は放棄してはいけないと思います。

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