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朝日新聞シンポジウム「人民元改革の行方と日本・アジア」
【基調講演】余永定氏「中国マクロ経済の発展、通貨政策と世界的な不均衡」(2)

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余永定氏

◆中国の為替制度とその改革

 次に、中国の為替レート制度と、その改革についてです。中国が為替制度を改革する目的は、政府の介入の度合いを減じ、経済の安定性を維持するために、為替レートをもっと弾力的に、根本的に均衡に沿ったものにすることです。今年7月21日に、実質的に米ドルにペッグ(連動)する方式を放棄し、複数通貨の変動を反映させる通貨バスケット方式に変えました。

 バスケット方式の大きな特徴は、元ドル相場が二つの要因によって決定されるということです。第一の要因は為替市場での需給関係です。もう一つは、米ドルの他通貨に対する変動です。現在、中国はいわゆる二つの黒字を出しています。経常収支の黒字と資本収支黒字です。

 経常黒字は主に貿易黒字が原因です。資本収支の黒字は、通常の対外直接投資の流入だけでなく、人民元の切り上げに期待する投機資金の流入によっても引き起こされています。

 双子の黒字のおかげで、人民元は外為市場で強い切り上げ圧力にさらされています。

 一方、主要通貨に対してドルが変動する結果、人民元は対ドルで上がるか下がるか、どちらにも動きえます。実際、ここ数カ月、米ドルは他の主要通貨に対して緩やかに上がっています。もし人民元が通貨バスケットを参考にするのではなく、通貨バスケットにペッグされていたとしたら、人民元は対ドルで下落するはずです。

 現在の状況では、人民元の対ドルレートは上がるか下がるか二つの方向に動く可能性があります。

 7月21日の制度変更以来、人民元はこの二つの力によって大きく影響されています。政府がもし、市場の役割を重視するならば元高になります。もし政府が、通貨バスケットをもっと重視するならば、やや元安になります。

 二つの反対の力を考慮すると、実際には元相場の変動は比較的小幅になるということに、みんな気がつきました。これが実際に起こっていることです。

 中国人民銀行が介入の程度を検討するとき、次のような事実を計算に入れるものと思われます。マクロ経済状況と、長期的な調整の必要性、貿易収支、「不胎化」能力です。

 例えば、経済が過熱状態にあるときには、政府は人民元を上げるために介入を少なくするか、やめようとするでしょう。反対に、経済がデフレ圧力の下にあるときには、介入という手段を放棄はできないでしょう。中国の金融当局は、介入が必要だと思われる時に備え、その余地を残しておきたいと考えています。

 注目するべきは、現在の為替制度が、大きな変動を許すだけでなく元が長期にわたって変化しうるメカニズムを持ったことです。中国人民銀行の7月21日の発表によれば、各営業日の終値が翌日の取引幅の中心相場になることになっています。取引幅の下で、元は1日あたり対ドル中心値の上下0.3%の変動が許されます。

 通貨バスケットにペッグしている場合には、もしドルが他の主要通貨に対して一貫して安くなれば、元は対ドルで1日0.3%幅で上がっていくでしょう。もしドル高になれば元は下がるでしょう。

 しかし、実際にはバスケットにペッグしているわけではありません。バスケットは参考に過ぎないのです。

 元相場は、中国人民銀行の裁量によって決定されることができるのです。この意味で、制度はまだ過渡期のものです。

 個人的な、あくまでも私見に過ぎないことを強調させていただきますが、私はさらにいくつかの変革が可能と考えています。

 第一に、人民元が、ドルペッグからより離れられるよう、通貨バスケットの中で米ドルの比重を下げることが可能です。第二に、変動幅を拡大することができます。第三に、(翌日の取引の基準値となる)中心レートを自動調整するメカニズムは廃棄し、人民銀行の自由裁量で、新しい中心レートを発表することができるでしょう。

 つまり、中国は将来、さらに改革を進めることができます。国際的慣行に沿って通貨バスケットに連動させることもできます。そうすれば中国の為替制度はさらに柔軟性と透明性が増すでしょう。

 長期的には、元高は避けられないように思えます。理論的には、ある国が急成長の過程にある時には、その実質レートは上がります。もし名目為替レートが上がらなければ、実質的な人民元高は、インフレ悪化を通じて実現することになります。

 日本を含む東アジア諸国は、高成長と同時に自国通貨高を経験してきました。このような通貨高は、各国経済にとって不可避であるだけでなく利益のあることです。

 中国は元高を恐れる必要はありません。

 逆に、元高は内需を刺激し、過剰な海外市場への依存を減らします。言いかえれば、元高は、次の成長段階に向けた経済構造改革に不可欠な要素の一つなのです。

 しかし長期的に上昇するとしても、元高は緩やかなものでしょう。中国は、短期に円が50%以上も急騰したプラザ合意以降の日本の経験に追随しません。一度に大きな為替調整が行われることは、中国の脆弱(ぜいじゃく)な金融システムや、輸出企業のおしなべて低い利益率を考えると、リスクが大きすぎます。

 一定の猶予期間を与え、経済に耐え難い痛みを与えない形で経済構造を改革していくべきです。

◆世界的な不均衡

 次に、世界的な不均衡についてお話ししたいと思います。

 世界経済は、二つの大きな脅威に直面しています。原油価格の急騰と世界的不均衡です。

 世界的不均衡は二つの観点から論じることができます。

 投資・貯蓄ギャップと、ドルの過大評価です。不均衡の根本的な理由は、米国における投資と貯蓄のギャップにあると思います。ドル高は二次的な理由といえそうです

 投資・貯蓄ギャップは直接、間接に高金利につながり、大きな資本流入につながります。資本流入はドル高を招き、米国の経常赤字を支えてしまいます。

 この過程でドル高は、経常赤字を促すものに過ぎません。米国が投資・貯蓄ギャップを何とか解消すれば経常赤字は消滅するでしょう。

 一方、主要通貨に対するドル相場の再調整は、投資・貯蓄ギャップの解消次第です。もしギャップが埋まらなければ、ドル安は最終的にはインフレの高まりを招くだけです。

 興味深いのは、通貨の切り下げがギャップの解消につながり、経常収支赤字が最終的に解消されるかどうかです。

 いろいろな文献にあたりますと、通貨の切り下げが経常収支に対して持つ効果に関する議論のほとんどは「転換効果」として論じられています。それは部分的な均衡に基づくもので、投資・貯蓄ギャップには関係しません。

 対照的に、切り下げの投資・貯蓄ギャップに対する効果については、一般的な均衡の枠内においてのみ答えることができます。切り下げでもたらされる貿易黒字は、国民所得の増加につながります。ほかの条件が同じなら貯蓄の増加にもつながります。理論的には切り下げ幅が十分ならば、投資・貯蓄ギャップを解消できるでしょう。しかし様々な理由で、ギャップの解消に必要なGDP成長率が、潜在成長率を上回るかもしれません。そうすればインフレが、為替相場の上昇を招くことになります。それはまた、経常収支の悪化にもつながります。

 つまるところ、為替相場の変動は投資・貯蓄ギャップに影響を与えることができます。しかしながら、その影響は様々な制約の下にあります。投資・貯蓄ギャップは依然として残るかもしれず、経常赤字もそうかもしれません。別の言葉でいえば、為替政策がどうあろうとも、経済は均衡点に落ち着きます。そこでは実質レートに対応して、投資・貯蓄ギャップと経常赤字が残るかもしれないのです。

 経常赤字を論じる上で、二つのアプローチがあります。一つは為替政策に焦点を当てるもので、もう一つはもっと幅広い問題に注意を払うものです。

 米国での為替レートの輸入価格、消費者物価への転嫁率が低いので、為替相場の支出転換の効果もあまり働いていません。貿易収支の均衡を実現するための手段として為替レートの変更を利用することは、為替レートの変動を大きくし、経済の安定性を損ないかねません。経常赤字の是正のために為替政策の重要性を過大に強調することは、貿易収支の不均衡是正を達成できず、関係国経済に苦痛を残すこともあります。

 プラザ合意の後、円高ドル安が急激に進んだにもかかわらず、米国の貿易赤字は目に見えるような改善は示しませんでした。日本経済に大きな苦痛を与えることには成功したのです。

 米国の政策決定者は、「ジャパン・バッシング」を中心にした高圧的な為替政策で、貿易赤字に対処しようとしたベーカー財務長官(当時)の失敗から教訓を学ぶべきです。

 不動産バブルや石油価格の急騰に直面して、米連邦準備制度理事会はフェデラル・ファンド金利を徐々に引き上げています。この結果、アメリカへの資本流入が復活しています。米国経済がとても複雑なので、政府はドル安で経常赤字の縮小に成功することはおろか、ドルを押し下げる政策を成し遂げることもできないのです。

 不均衡是正の中心的役割を元ドル相場に求めるのは間違っています。近年、人民元レートは、あまりにも不当に関心を集めすぎています。その重要性が不釣り合いに大きくなっています。

 04年に米国の経常赤字の55%がアジア向けでしたが、中国はアジアの対米経常黒字の20%を占めたに過ぎません。米国の経常赤字の原因として、なぜ中国だけが非難を浴びなければいけないのでしょうか。

 新しい国際的な生産ネットワークができて、アジアの生産品の多くはまず中国に輸出され、そこで簡単な加工や組み立てを行い、再び米国市場に輸出されます。こうした生産品はすべて中国の輸出と数えられるのです。実際のところ、中国は他の東アジア諸国の輸出のプラットホームに過ぎないのです。東アジア諸国に対して赤字である中国がなぜ、通貨切り上げの先頭を切らなければならないのでしょうか?

 中国にそのような圧力をかけることは不公平な要求だと思います。 中国の経常黒字は過去10年を見れば、きわめて小さなものでした。今年の輸出増と記録的な貿易黒字は、02年後半以来の投資過熱や、04年後半以降の内需落ち込みで、生産能力が過剰となった結果です。だから05年の輸出増と低い輸入増は循環的なものであり、いつまでも続きません。

 中国の貿易動向への批判の根拠を、1年の動きにだけ置くというのは、学問的にまじめでありません。おまけにその批判は、中国の貿易黒字がそれほどでなかった05年以前も浴びせられていたのです。

 私の友人でもある、尊敬されている日本人エコノミストは、02年後半という早い時期に、中国がデフレを輸出しているとの批判を始めました。でも日本は03年、04年に中国に対する輸出増で大きな利益を得たのです。元の切り上げは、日本はじめ東アジア各国の輸出を増加させることはおろか、米国の経常赤字の是正にも役立たないでしょう。

 米国が金利を引き上げ、財政赤字を削減すれば、内需が減少する結果、為替レートにかかわらず米国の経常赤字は減るでしょう。かりに元が切り上がらなくても、中国の対米貿易黒字は減ります。同時に、中国による米財務省証券の購入も減り、米国の国内金利を多少押し上げることになるかもしれません。そうなると、米国経済はさらに、引き締められ経常赤字が減るでしょう。

 米国経済が十分に引き締められるならば、世界的な不均衡は元の切り上げなしに是正されるはずです。私はこのシナリオにはマイナスの結果が生じる可能性があることを十分承知しています。人民元の切り上げが世界的な不均衡の是正に役立ちうるということには賛成します。ここで言いたいのは、元の切り上げは不均衡是正の必要条件でも十分条件でもない、ということであります。政治家は、大衆の注意を不均衡の真の理由からそらそうとしがちです。学者は、そんな魔女狩りの、身代わりさがしの、合唱に加わるべきではありません。

 不均衡の議論で、東アジア諸国が同じ舟に乗っていることは言うまでもありません。もし、米国の対中圧力が成功すれば、次の矛先は、中国以上に大きな対米貿易黒字を計上している日本や他の東アジア諸国に向かいます。アジアの政策決定者と国民は、中国が米国のバッシングの盾になりながら、東アジア諸国を守っているのだということを認識するべきです。

 アジア諸国は腕組みをして見ているだけではいけません。結束して米国に不均衡解決への努力を要求しなければなりません。

◆結論

 中国共産党の第16期中央委員会第5回全体会議(5中全会)の公式発表の中で中国指導部は、科学的な発展概念が中国の経済、社会発展の支えになるべきであると宣言しました。経済社会発展を総合的な、調和的な、持続可能なコースに乗せるために、発展は人民中心でなければならず、古くなった考え方は変えねばならず、新しい発展の手法を見いださなければなりません。

 今後5年で中国は、安定した比較的速い成長を維持し、成長のパターンを変革し、独自の技術革新の能力を高め、都市部と農村部の調整のとれた発展を促し、調和のとれた社会の建設にもっと努力し、改革・開放をさらに深めなければなりません。

 公式発表によると、中国の1人当たりGDPは00年から10年間に倍増します。GDP1単位に消費されるエネルギーを05年から10年の間に20%削減します。外国の技術やイノベーションに依存せず、独自の知的所有権とブランドを持つ国内企業に頼ることになるでしょう。今後5年で、強い国際競争力をもった企業群が確立されます。経済開放は進み、国際収支は基本的に均衡の取れたものになるでしょう。9年間の義務教育は国全体に普及し改善され、都市部の雇用機会は増え、社会保障制度はさらに改善され、貧困層も減るでしょう。

 これまでの実績を見ても、私は、中国がこれらの新しい目標を達成できることに疑いを持ちません。中国は次の10年も、成長をより持続可能な軌道に乗せながら、高成長を維持することができます。中国の台頭は止めることはできませんし、それは13億人の中国人だけでなく、人類全体の利益になるのです。

 ありがとうございました。


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