|
|
|
朝日新聞シンポジウム「中国の台頭と日米同盟」 |
![]() |
ジョン・ハムレ氏 |
ハムレ ここにお招きいただいたことを光栄に思います。そしてこの会議を開催された朝日新聞社に感謝します。今回のテーマは非常に重要なものだと思います。中国の台頭、そしてそれが日本にとってなにを意味するか、米国にとってなにを意味するか、同盟国としてのわれわれになにを意味するか、という問題は、今後10年間の戦略的問題の一つであります。ですから、われわれが一緒に集まって、それについて話し合うのは、非常に重要なことだと思います。それで今日ここにこれほど大勢の方がみえたことに感謝します。
ご承知のように、この会議のテーマは「中国の平和的台頭と日米同盟」です。このテーマはいま起きている極めて重要な3つの事態を認識したものだと思いますので、それぞれについて述べます。
その第1はもちろん、平和的台頭、すなわち中国の台頭です。第2はここ日本における政治意識の変化、第3は日米安全保障の枠組みの性質の変化であります。以下、その一つ一つについて別々に話すことにします。
第1に、中国で起きている劇的な変化は、われわれのだれもがよく知っているところです。先週はずっと北京におりましたが、中国の変貌は驚くばかりです。実際には、中国の変貌は始まってからすでに27年になります。私が話をしたトップクラスの政府高官は「われわれは100年計画の4分の1を終わったにすぎない」と語っていました。
これは中国の平和的台頭と呼ばれています。もちろん、われわれは、それが中国にとって平和的な台頭となることを望んでいます。正直にいって、国際政治舞台で大きな変化が起こり、しかもそれが平和的に実現するというのは、歴史上めったにないことです。まさにそれが本日の討議の主題だと思います。
一方において、中国のこのような平和的台頭は、米国の中国に対する見方を非常に違ったものにしました。私が20年前に政府で若手として働いていたころには、率直にいって、米国民の90%は中国を恐れ、中国と戦争することになりそうだと感じていました。それが劇的に変化したと思います。今日では、米国人の大半は、中国との戦争が不可避だとか、あるいは有益だとか、そんなことは考えていません。これは中国についての考え方の重要な変化です。
それを知る尺度の一つは、ゼーリック国務副長官の最近の演説でしょう。彼はそのなかで、「中国には、国際システムを支える当事国としての責任を共有してもらう」と呼びかけています。
いま思い出されるのは5年前のことです。当時、クリントン大統領は中国に戦略的な競争相手になるよう呼びかけました。そして米国の政界では、中国を戦略的競争相手と呼んだとして、これを厳しく批判したのでした。ブッシュ政府はいま、基本的には中国に戦略的パートナーになるよう呼びかけているのです。これは注目すべき変化です。
こうしたことが起きたのは、中国政府が劇的なまでに洗練されたことによるのです。ワシントンにある私の小さなシンクタンクにおいても、それをみることができます。5年前、私がこのシンクタンクで仕事を始めた時には、中国大使館から来る平均的な外交官はかなり粗野な感じでした。
現在の中国大使館は、ワシントンでもずば抜けて洗練された大使館になっています。彼らは文化大革命で生じた空白を乗り越えてきたのです。中国政府の人材の底の深さには計り知れないものがあります。そして彼らはずっと洗練されてきました。それは彼らの対外政策にみられる通りです。彼らはその経済力を政治力に転換する方法をみつけました。舞台に登場したのは劇的なまでに新しい中国なのです。
次に第2の大きな変化に移ります。それはここ日本における変容です。この5年間に日本の政治意識が著しい変化を遂げたことは疑いないと思います。そしてそれは小泉首相の功績としなければならないでしょう。それに伴って経済界でも大きな変化がありました。
周知のように、10年にわたる経済的停滞の時期がありましたが、いまやみなさんはこれをかなりのところまで克服するにいたっています。というのも、経済界がこれを絶望的な時期と受け止め、変革が必要であると感じたからです。そしていまそれが起きています。
この5年間にわたって、それは到るところでみることができました。空のオフィスビルがたくさんあった3年前のことを、私はよく覚えています。それがいまでは、エネルギーに溢れ、生き生きとしています。エネルギーがみなぎっているのを感じることができます。すばらしいことです。
小泉首相はまた、改革を日本の中心的な政治課題とすることによって、政治意識の巨大な変革をもたらしました。そして前回の選挙は、正直にいって、選挙ではなくて国民投票でした。日本国民が改革の推進を望むかどうかを問う国民投票だったのです。そして国民は圧倒的多数で改革推進に賛成したのです。ここ日本では注目すべき変化がありました。
小泉首相はさらに、日本の世論の軍隊に対する見方をも変えてしまいました。自衛隊のイラク派遣は、日本国民が自分たちの軍隊に関する考え方を変える上で、それも前向きに変える上で、明らかに大きな効果を発揮した、というべきではないでしょうか。
みなさんの感情を害するかもしれませんが、触れなければならないことがあります。小泉首相の靖国神社参拝も変化を促す要因となり、過去には密室のなかで密かにささやかれていたにすぎない意識が公然と表明されるようになったことです。それも本日われわれが話題にする必要のある背景的問題であります。
最後に日米軍事同盟について一言述べさせていただきます。ご承知の通り、2週間前に両国の外務および防衛担当閣僚がワシントンで会議を開き、関係強化のための協定に調印しました。それはこの新しい関係をいっそう効率的にするものです。われわれの軍事機構はこれまで以上に緻密かつ能率的に結び付けられることになりました。私はこれを好ましいことだと思います。
![]() |
|
しかし、それが不安を掻き立てていることも事実です。私は先週北京で中国政府当局者と会って話しましたが、どの席でも例外なく、この合意の目的はなになのか、それを極めて具体的な形で質問されました。彼らはこのために神経質になっているのです。その点については後で話します。
話を変える前に一言いわせてください。東アジアのナショナリズムの高揚に驚いたことを話さないわけにはいきません。先週、北京でそれを感じました。この1年ほどは韓国へ行っていませんが、新聞でそれをみています。率直にいうと、日本でもそれを読んでいます。こうした民族的アイデンティティとプライド意識の高まりは、いまや時として、近隣諸国を不安にさせるような形で溢れ出すまでになっています。私自身、これに個人的に不安を感じていることをお伝えします。
ここで少し時間を遡って、本日の討議に、より広い枠組みを提供したいと思います。
20世紀の国際政治には、明確に区別できる三つの体制がありました。最初の政治体制は古典的な「力の均衡」の国際体制でした。それは欧州を拠点とし、その権力構造は欧州の諸帝国を基礎にしていました。それはグローバルな体制でした。これらの帝国の支配は世界全体に及んでいました。ところで彼らは日本に進出して植民地にはしませんでした。しかし、当時の日本は弱体だったため、大いにその影響を受けました。このグローバル体制は1945年まで続きました。第2次世界大戦がこの体制を打ち壊したのです。欧州の諸帝国はこの戦争によって完全に崩壊しました。
戦争の後に登場したのは、まったく新しい、まったく違った国際政治体制でした。社会と国民と政府の相互関係はどうあるべきか、という問題をめぐり相反する2つの見解の対立、すなわち共産主義世界を一方とし、自由主義の国際民主主義をもう一方とする対立に特徴づけられる二極構造の政治体制でした。
この国際体制は89年まで続きました。その終焉の日は89年11月9日だということもできるでしょう。それは東ドイツの市民がベルリンの鉄のカーテンを越えて自由に行き来できるようになった日です。その時期が終わって、現在のわれわれは非常に違った国際体制、質的に違った国際体制のなかに置かれています。それはわれわれが以前にみたことのなかったものです。
この体制はグローバルな超大国―ここでは米国―とそれぞれの大陸に拠る地域的超大国のグループからなっています。南米ではブラジル、南アジアではインド。西アジアではイランでして、率直にいうとイラク戦争後の現在、その地位は一段と強まっているでしょう。欧州では欧州連合(EU)です。EUは軍事大国ではなく、経済大国であり、政治大国であります。これらの地域にはそれぞれ2つの地域超大国がありますが、例外は東アジアです。中国と日本の2つがあるという意味で、東アジアは特異です。
asahi.comトップ|社会|スポーツ|ビジネス|暮らし|政治|国際|文化・芸能|ENGLISH|マイタウン