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国際シンポジウム「アジアにおける経済統合とインド」
内川秀二氏の講演

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内川秀二氏

 司会 それでは続きまして、「日本から見たアジア経済におけるインドの地位」と題しまして、日本貿易振興機構アジア経済研究所研究企画課長の内川秀二より講演をいたします。

 内川秀二(日本貿易振興機構アジア経済研究所研究企画部研究企画課長) 私、日本語でお話を申し上げます。スライドは日本語になります。ただ、お手元に英語に訳されたものがあると思うので、そちらをご参照ください。それでは発表させていただきます。

●インドが注目される3つの理由

 現在日本ではインドが大変注目されております。主な点といたしまして3点あります。まず、バグワティ教授が指摘されましたように、インドは1991年から経済改革を始めました。経済改革の意味はグローバリゼーションへの適応です。既に、バグワティ教授が指摘されましたように、大規模な規制緩和、そして、それが投資を促進するといった状況が90年代進んでいったわけです。現在、インドではグローバリゼーションを受け入れるかどうかではなく、いかにグローバリゼーションにうまく適応するかが問題になっております。それから、ホミ・カラスさんが指摘されましたように、インドではIT産業が急速に成長しております。それから、もう1つ重要な点は、現在インドはエネルギーを確保するために多くの国からエネルギーを獲得しているということです。現在、12カ国で原油、天然ガスの資産を確保しております。IT産業の発展は、このグラフから明らかなように急速に伸びております。ただ、これを過大評価することはできないと私は思っております。と申しますのは、2004年度におきましても、IT産業はIT関連産業も含めまして、GDPの4.1%しか占めておりません。今後は世界各国で競争相手が出てきますでしょうし、これがこのまま伸びていくかどうかは保証の限りではありません。

 次に、原油の輸入、それから石油製品の輸出という面について触れます。インドが工業化を進めていく中で、インドにおける原油の消費量は格段に増えております。ちょうどこのピンクの線が上にあがっていることから、すぐおわかりになるかと思います。その一方、国内生産はほとんど増えておりません。輸入依存度が25%から2003年度には72%にまで上がっております。もう一方で、インドでは石油精製工場がたくさんできまして、ガソリンやナフサなどの製品が今までは純輸入国だったのに、2001年から輸出国に転化しております。このように、インドはIT、エネルギーあるいは石油産業を見てみますと、うまくグローバリゼーションの波に乗っていることが言えるわけです。

●サービス産業の高い成長

 では、経済改革がインド経済全体にどのような影響を与えたのかを見てみたいと思います。ちょうどこの表は1980年代と90年代の産業別のGDP成長率を比較したものです。まず、GDP全体を見ますと、80年代は5.4%、90年代は5.9%、わずかに上昇しております。ただしここでよく見てみますと、製造業は7.2%だったものが、6.5%に落ちているわけです。経済改革は投資ブームを引き起こしました。一時的に一部の産業で投資が集中し、耐久消費財だけではなしに、消費財全体、中間財、資本財の生産が90年代半ば急速に伸びました。しかし、それは長続きしなかったわけです。と申しますのは、インドはまだ国内市場がそれ程広くないという点、それからもう1つ重要な点は、インドの製造業はいまだにまだ国内市場を志向しているということです。輸出はそれ程強くありません。それから、もう1つ特徴的なのは、サービス業全体が90年代に入って、高い成長率を維持していることです。商業、観光あるいは運輸、通信、金融、不動産、個人社会サービスすべて7%以上の成長を遂げております。

 では、このサービス産業がなぜ台頭したのか、それについて説明いたします。まず、80年代、90年代、経済成長を遂げていく中で、物流がどんどん増えていったということです。経済成長の中でインドの人々が豊かになりました。今まで2食しか食べられなかった人は3食食べられるようになる。あるいは、1枚の服しか着たれなかった人が2枚の服を着られるようになる。そういったことで、国内の物流が増えていくわけです。それから、90年代に入りまして都市化が急速に進んでおります。その中で新たなサービス業に対する需要が出てまいりました。それから、生活水準の上昇に伴いまして、教育費、保険医療、こういったサービスへの需要も急速に伸びております。それから、もう1つ重要な点は、経済改革の中でサービス産業に対する規制が緩和されたことです。ここで、私が強調したい点は、これらのサービス産業の発展は国内市場に主に基づいたものであるということです。インドでサービス産業と申しますと、主にIT産業のことを考えられる方が非常に多いかと思いますが、先程指摘しましたように、サービス産業におけるITの比重は、それ程大きいものではありません。

●インド経済の将来性

 では、インド経済の今後はどうなるのか、それについて申し上げます。バグワティ教授が中国とインドの格差については、すでに指摘されました。このグラフからわかりますように、この赤い線は中国の成長率、青い線がインドの成長率、常に中国のほうが上です。1人当たりGDPでも格差が広がったために、インドは中国の約半分しかいっておりません。確かに、これだけを見ますと、インドは過大評価することはできません。ただ、もう1点申し上げますと、80年代も90年代も平均成長率は5%を超えております。20年間安定して5%を超える成長率を遂げてきた、これは逆に過小評価もできないことを意味しているわけです。

 では、日本とインドの関係はどうなっているのでしょうか。1950年代、60年代、日本が高度経済成長を遂げる中、日本はインドから綿花、鉄鉱石を輸入いたしました。日本にとっては、非常に重要な貿易パートナーでありました。しかし、今現在、見てみますと日本にとってもインドは重要な貿易パートナーではありませんし、インドにとっても日本は重要な貿易パートナーとはなっておりません。直接投資についてみて見ますと、1990年代後半では、日本はモーリシャス、アメリカに次ぐ3番目の地位でしたが、現在では5番目に下がっております。ここでモーリシャスと出ておりますのは、これはインドへのタックス・ヘブンとして、モーリシャスが機能しているということです。従いまして、実際にはアメリカに次ぐ4番目の直接投資国だと言えます。貿易投資において日本にとってインドは、大きな役割を果たしていないのかもしれませんが、援助について見ますと非常に高い地位を占めております。中国へのODAが減っていった結果、日本にとって最大の援助供与国はインドです。また、インドにとっても、2国間について見ますと、日本が最大の援助国です。ただ、ここで問題なのは日本の援助は非常に大きいわけですが、存在感がないということです。

●東アジアとの結びつき

 次に、東アジアとインドの関係について、既に今までの発表者の方が指摘されました。インドとASEAN、インドと北東アジアの貿易は、90年代後半から現在に至る間にどんどん増えております。その関係が密接になってきたわけです。しかしながら、日本はまだその波に乗っておりません。これは、インドと北東アジア、インドとASEANの貿易品目を掲げております。インドの主な輸出品として宝石が出ておりますが、これはインドがダイアモンドを他の国から輸入して、それを研磨して再輸出するものです。それ以外には、鉄鉱石あるいは、有機化学それから先程述べた石油製品があります。逆にインドが輸入しているものとして、電気機械、機械、これは既に何人かの方が指摘されましたように、日本、韓国あるいは東南アジアにある日系、韓国系の企業からインドにある工場が部品を輸入していることを示すものです。

 そして、ここで特に重要なのは、ASEANからインドにパームオイルを輸出しているということです。そして、これが現在、貿易摩擦を引き起こしております。特にインドは、インドネシア、マレーシアからパーム油を輸入しております。ではなぜこれが大きな問題になるのでしょうか。インドにおきましては、未だに60%を超える人が農業に従事しております。そして、70年代からインドにおきましては緑の革命、つまり米や小麦の高収量品種が普及いたしまして、農村が豊かになってまいりました。ただし、それは灌漑地域に限られております。インドではまだ灌漑地域と非灌漑地域の差が非常に大きいわけです。灌漑地域におきましては、高収量品種が導入され、農業生産が増大し、さらに農民の所得が増え、それが貧困削減につながったという図式が見られます。もう一方で非灌漑地域におきましては、未だに農業の生産は天水に依存しております。モンスーン期にどれだけ雨に降るかによって農業生産が左右されます。この不安定な生産が農民の所得を不安定にし、それが貧困の存続につながっております。そしてパームオイルは、現在特に、非灌漑地域において食用油の元になる油糧品種を作っておりますので、その非灌漑地域の農民に打撃を与える可能性があるということです。

 従いまして、このような問題がありますと、インド政府といたしましても、貧困層の打撃になるような輸入は認められないことになります。インドにおきましては、1973年、国民の50%以上の人が充分な栄養を取れない、カロリーを摂取できない貧困層にいました。その比率が1999年におきましては、25%まで下がっております。この貧困率の低下自体は賞賛すべきものだと思います。しかしながら、未だに2億5,000万の人が充分な栄養を取れていない。絶対数で見るならば、貧困層はほとんど減っていない、こういった現状があります。インド政府の課題といたしましては、貧困の解決があります。そして、先ほどバグワティ教授が指摘されましたように、インドは民主国家です。もし、政府が貧困層対策をしてないようなポーズをとれば、それだけで政権はひっくり返ります。実際にかつて、インフレ率が10%を超え、急速に物価が上昇した時、与党が選挙に敗れる時代がありました。インドは貿易の自由化をしたくても、その一方で貧困層に打撃を与えないような政策を取らざるを得ないわけです。

●技術支援や農村開発が必要

 では、最後に日本はどのようにインドと提携していけばいいのか、その点についてご説明いたします。まず、企業のレベルで言いますと、今まで多くの発表者の方が指摘されましたように、今やインドは、孤立した市場ではありません。まだ、インドの貿易量は少ないとは言え、東南アジアとあるいは北東アジアと貿易関係が強まっております。ですから、これから日本企業がインド市場を見る時には、国際的なロジスティックの中で何を東南アジアで生産し、何をインドで生産するか、そういった長期的な視点が必要になります。次に、日本にとって最大の援助供与国であるインド、どのようにしてODAを作っていけばいいのか、今現在、インドの歳入に占める外国援助の比率は2.2%にしか過ぎません。2年前には援助の受取額を返済額が上回る、つまり返済額のほうが多かったという事態も生じております。インドは援助がなくても、充分国際収支をまかなっていくことができます。その中で、日本が援助をする必要があるとすれば、どういうところにあるのか。1つは、日本は非常に優れた技術をもっております。これは、単に製造業の技術が優れているということだけではありません。例えば、鉄道をいかに安全に運行するか、こういったソフトな優れた技術をもっております。こういった技術を公的資産であるODAを通して、インドに移転するのは非常に意味のあることです。

 それからもう1つ、インドの問題として、貧困があるならば、いかにして農村開発に資するようなODAを供与していくかが、問題になります。実際に日本が、農村に入って行って農村開発をすること、これは不可能です。しかしながら、農村開発に有利なインフラ、例えば、電力である、あるいは灌漑設備の投資を資金面でサポートすることは充分可能です。こういったことをこれから考えていかなければならないと思っております。以上で私の発表を終わらせていただきます。


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