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朝日新聞シンポジウム「日中摩擦」とメディア
加藤編集委員の講演

写真

加藤千洋

 山本 続きまして、朝日新聞社編集委員の加藤千洋さんより、基調講演をいただきます。

 加藤 どうも、加藤でございます。よろしくお願いいたします。(拍手)

 外交プロフェッショナルの、大変理路整然としたお話の後に、私は新聞記者を30年以上やっておりますので、新聞記者として非常に雑多な、雑駁なお話になるかと思いますけれども、この日中摩擦とメディア、あるいはその周辺の問題に関しまして、中国での取材体験等を織りまぜて、幾つかご報告させていただきたいと思います。

 北京に特派員として2回、計7年あまり駐在したんですけれども、その間、おつき合いしました中国の政治家の中に、2人ほど、好感を持った政治家がおります。1人は胡耀邦元総書記。もう1人は朱鎔基前首相でありますけれども、胡耀邦さんは、86年末に起こりました学生運動に対する対処が手ぬるいということで、主に長老たちから批判を浴びまして、総書記職から辞任せざるを得なかったと。その失意のうちに、89年4月に亡くなって、その胡耀邦さんの死を惜しむ学生たちが追悼運動を起こし、それがあの天安門事件につながったということはご承知のとおりであります。

 つい最近、胡耀邦さんの生誕90周年の集会が北京で持たれまして、胡耀邦さんの後輩筋に当たる胡錦涛総書記、胡錦涛首席が、いよいよ胡耀邦さんの名誉回復に動き出したのかと、現在、新聞的には注目されているところであります。

 朱鎔基さんのほうは、大変清廉、そして豪胆かつ人情味あふれる指導者だというふうに、私は印象を持ちました。こういう人物が、日本の首相になってくれないかなというのが、半分ジョークで半分本音でありますけれども、大変物事の方針をはっきり定め、実行力もあった指導者だと認識しています。

 引退した後は、ほとんど話題にもならないんですけれども、最近、中国のネット上でちょっとしたニュースが流れました。それは香港の中国系企業の役員をしている朱鎔基さんの娘さんが、結婚披露宴を、北京の近くのまちの豪華なリゾートホテルで盛大に開いて、盛大なお客さんが来たというニュースだったんです。それをネットで見て、おかしいなと。清廉な政治家、朱鎔基さんのイメージとは違うなと思っておりましたら、案の定、全くのつくり話、デマ情報だったわけです。

 ことほどさように、ますます中国のネット上にあふれる情報のたぐいは多いんであります。玉石混淆といいますか、大変要注意であるというふうなことが、中国のネット事情に関する私の基本的な立場であります。とはいえ、このインターネットなる新しいメディアが、時に日中の外交関係も左右しかねない状況を生み出しているということも一方で事実ではないかと思います。

 再び朱鎔基さん絡みのエピソードなんですけれども、2000年10月の訪日の際に、事前に北京で日本人記者団と会見して、歴史問題について、この問題で、もう日本人民をあんまりあれこれわずらわせる必要はないんだというような趣旨の、いわば柔軟なコメントをされたんです。

 来日後、どうしたかといいますと、TBSの筑紫さんが司会する市民対話集会なる番組に出まして、「私は500件ぐらいの、あなたは軟弱だという批判のメールを受けたんだ」ということを明らかにしたうえで、そういえば、日本政府は、文書の形ではまだ一度も謝罪をしていないというようなコメントを発表しました。

 国内に、対日歴史問題で軟弱だという、弱腰だという印象を持たれないようにという、朱鎔基さんの微妙な軌道修正が図られたんではないかなと思います。この2000年10月の来日の際、赤坂の迎賓館に宿泊されたんですけれども、中国側から特別の注文がつきました。それは宿泊する部屋に、インターネットの端末をぜひ設置してくれという注文だったようであります。

 その理由はと申しますと、朱鎔基さんは、夜になるとネットで、さまざまな情報にアクセスするんだという説明であったようであります。私はたまたま、その後北京で直接朱鎔基さんにお会いする機会がありまして、それはほんとうですかという質問をぶつけましたところ、彼の答えは「昼は秘書たちがやってくれる」と「夜は私の妻がやってくれる」ということでありました。

 いずれにしても、中国の総理という立場の人も、今やネットであれこれ、どんな声が、あるいは自分に対する批判とか称賛の声がどういうふうに飛んでいるのかということをチェックするような時代に、中国もなっているということで、私はなかなかおもしろいエピソードだというふうに思いました。

 ここで、北京でそれなりの期間、中国の政治および政治家を観察してきた立場から、2つの問題が指摘できるんではないかなと思うわけです。まず第1点は、日本における政権とメディアの関係というんでしょうか、中国には政権と緊張関係を保ったようなメディアが、長らく不在であったと。この点は日本と大変違います。

 したがいまして、中国の指導者がネット上でみずからに対する批判を目にすると、耐性というんでしょうか、耐える力、あるいは免疫ができてないというんでしょうか、時に大変過剰反応してしまうというところが、私には感じられました。

 この点で申しますと、例えば唐家?国務委員、前の外相でありますけれども、現在は中国の外交事務の元締め役をやっております。こういう人たちは、対日弱腰と言われることに対して大変敏感な体質を持っておりまして、したがいまして日中関係の雰囲気が険しくなったりすると、逆になかなか柔軟な対日姿勢がとれなくなるというような特徴を私は北京にいて取材の過程で何となく感じ取ったわけであります。

 もう1つ指摘しておきたいのは、従来の中国の情報環境というんでしょうか、中国当局が完璧なまでに情報を統制して誘導してつくり出した世論、かぎ括弧つきの「世論」でございましょうか、そういうものしかなかった時代の中国の外交にとって、そのような中国のかぎ括弧つきの「世論」というものは、外交にとっては1つの武器、あるいは応援団であったわけですけれども、その辺も先ほど申し上げた朱鎔基さんのエピソードにあるように、随分様相が変わってまいりました。

 民草の声を、グラスルーツの声を、時には何のオブラートにも包まず運んでくるネット情報の出現によって、世論は必ずしも応援団ではなくなって、むしろ政策選択の幅を狭めるような、場合によってはそういう働きをするようなものにもなってきたと。この辺は、先ほど田中さんがご指摘になったこの10年間の日本の国内世論と外交政策ということに関連づけて考えても興味深いところでありますけれども。中国でも、初歩的ではありますけれども、そのような状況が生まれているように私は思います。

 私が直接体験しました事例を紹介したいと思います。ついせんだって、東京駐在の王毅大使とインタビューする機会がありました。その際、質問の1つとして、今APECがあり、ASEANがあり、東アジアサミットがあるという時節ですけれども、そのどこかで胡錦濤主席と小泉首相の首脳会談が実現できるのだろうかという質問をした際に、彼の回答は、首脳会談はもちろん望んでいる。しかし……、その「しかし」の後が肝心なところだと思うんですけれども、もし首脳会談をやる場合には、靖国問題の解決につながるようなものであるなというふうに国民はみんな見ていますと。

 したがって、そういう条件が満たされない限りは首脳会談は難しいと、そこは言いませんでしたけれども、要は中国外交も国民の目線、声というものを相当程度考慮せざるを得ない状況になってきているなというふうに感じたわけです。

 この点では、先ほどの田中さんのご指摘にあったように、日本においても、かつては対中政策をある1つの方向に持っていこうとする場合には、もちろんそう容易なことではありませんでしたけれども、現在ほど難しくなかったと。現在は、何か1つの方向へ持っていこうとすると、必ず幾つか強力な違う逆ベクトルが働いてなかなかその方向へ持っていけないという状況が日本にはあるように思います。けれども、中国の場合もやや似たような状況が既に生まれているように私の目には映ります。

 それは、かつては共産党の中央が方針を決定して、中国の外務省・外交部が執行するという非常にシンプルな単線型の外交政策決定過程、執行過程であったのであります。その中国でも、ガス田その他いろいろなイシューに照らし合わせてみても、外交部以外のファクター、例えばそれは軍であり、外交部以外の経済官庁などその他の省庁であり、そしてメディアであり、そして世論でありと、さまざまなファクターが絡まり合いまして大変複雑な、言ってみれば単線型から複線型、非常に難しい状況が中国でも同時に生まれてきているように私は感じております。

 ここで、中国の情報環境がどのように変わってきたかということについてちょっと触れてみたいと思います。

 中国でインターネットが大衆向けに接続サービスを始めたのは95年ですから、まだ10年しかたっておりません。しかし、先ほどのお話のように、既に利用者は1億人を突破し、携帯電話は4億台に迫ると。携帯電話を使ったショートメールが1日に7億件、8億件飛び交っていると申しますから、1台当たり2件ぐらいのメールが飛び交っていると。中国のエリート層というのは、携帯電話を4つ、5つ持っているんです。どういうふうに使い分けしているのかよくわからないんですけれども、とにかく携帯電話がなければ仕事も何もできないという状況が北京や上海の都市部の実態であります。

 そのように、IT革命と申しますか、このようなツールの変革も大きかったわけであります。しかし、計画経済から市場経済体制の経済改革の中で、当然共産党のグリップも弱まっておりますし、それにつれて宣伝部門の力も昔ほど強くなくて、したがってメディアの自由裁量の空間も昔に比べれば随分広がってきたというような総体的な変化が起きているわけです。

 これをもっと端的に申せば、従来、当局が当局に都合のいい情報だけを選択して、当局の宣伝道具であるところのメディアを使って民衆に、国民に一方的に上から下へ、一方通行の情報の流れしかなかったところに、今別の流れ、すなわちそれは下から上への情報の流れ、そういうものがこの数年の中で生まれてきていると。この変化が一番大きい中国の情報環境の変容を示しているのではないかなというふうに私は思います。もちろん、その主要なツールはインターネットであります。

 ここで、インターネット等を通じて下から上へ上がってくる声、それを便宜的に世論ということで簡単に言ってしまえば、その世論の構造は今どうなっているかということを三角形の富士山に例えてみましょう。頂上付近の雪で白くなっている部分が第1層の世論でありまして、その担い手は官僚であり、学者であり、専門家でありと。あるいは、その声を流す主流メディア、中国では人民日報とか新華社とか中央電子台、こういったメディアのことを主流メディアと申しますけれども、こういうメディアが形づくる世論。

 第2層の世論というのは、富士山にちょうどベルトを締めた5合目当たりを中心にしてかなり幅の広い層、これが第2層の世論なんですけれども、ここが簡単に言えば最もインターネットの影響を受け、インターネットを駆使して構成される世論。したがって、これがことし春の反日デモなるものの動きに大変密接にかかわってきた世論の部分だというふうに言えるんだろうと思います。

 ここで1つ補足しておかなければならないのは、第1層の世論と第2層の世論、中国の2つの主要な世論はあまり一緒にならないんです。統合される可能性がない、ほとんど別々に、分離したまま同時に存在しているということだろうと思います。

 そして、富士山の広いすそ野の部分、これはいわゆる大衆と申しますか、あるいは広範な農村に住む農民と申しますか、サイレントマジョリティー、声なき声の世論であります。このような構成になっているというふうに考えていいのではないかと思います。

 この点について、私の知り合いの在日の中国の学者が非常におもしろいことを言ったもので、それをちょっとご紹介しましょう。第1層の中国の世論というのは、反日ではないんですと。これは胡錦濤さんや、ついきのうも温家宝さんが、対日関係は重視しているという言葉に象徴されるように、決して単純なナショナリズムにあおられた反日ではなくて、対日なんですと。

 対日とは何かというと、非常に冷静に中国の国益、あるいはビジネスマンでありましたら、狭い意味での私益、そういうものを第一の基準として日本と向き合う、すなわち対日なんだと。第2層の部分、これがなかなか厄介な反日の世論なんだと。そして、第3層は、ほとんど対日も反日も基本的に無関係、無関心の世界だというふうに例えたわけですけれども、なかなかこれはおもしろい切り方だなというふうに私は感じました。

 さて、きょうの本題であるのかどうかわかりませんけれども、ことし春の反日運動なるものをどう見るかという問題に移りたいと思うんですけれども、デモがおさまった直後のことしの5月、私は北京に参りまして、中国、韓国の専門家たちと議論をする場に参加する機会がありました。その場で中国の日本専門家、韓国専門家が異口同音にこう言ったのが非常に印象に残りました。反日デモが起きる下地は、ここ数年、随分でき上がっていたけれども、それがあそこまで規模が大きくなる反日運動になったのには、インターネットで外部から伝えられた情報があったんですと、そういう言い方なんです。

 それは具体的に何かと申しますと、1つは、韓国の盧武鉉大統領が3月1日の独立運動記念日に行った演説であります。それはどういう内容であったかといいますと、「過去の真実を究明し、心からの謝罪を求める」というような内容です。

 それまでの盧武鉉さんの姿勢というのは、自分の任期中は歴史問題を取り上げないと、そういうような立場だったと理解しているんですけれども、それを転換させて、日本に謝罪を求めるというような演説内容であったと思います。この演説内容と、これに反応して起きた韓国内の反日の動きがインターネットで即座に北京にも伝えられると、中国にも伝えられると、そういうことであります。

 もう1つは何かというと、これはアメリカの西海岸に起源があると言われております在米華人組織が始めた、日本が国連の安保理常任理事国入りすることに対するネット上の反対署名運動。これも瞬時にアメリカ西海岸から中国大陸に伝わって、1週間で100万人単位の署名が集まるというような猛烈な勢いで広がりました。

 この2つのインターネットで運ばれた外からの刺激が、北京、やがて上海と広がったことし春の反日運動の大きな火つけ役になったと。もしああいう2つのものが仮になかりせば、あそこまではならなかったのではないかなというような中国の専門家の指摘も耳にいたしました。

 盧武鉉演説につきましては、大統領が韓国国民の底流にあります反日情緒みたいなものに火をつけて、みずからの低迷する支持率の回復を図ったというような解釈もあります。それはそれとして、私の意見としては、やはりここで重視しなければいけないのは、北東アジア3カ国、あるいはそれより広い範囲と考えていいんでしょうけれども、ある一国で起きたことが、ネットによってたちまち他の二国に広がり、それぞれの社会で思わぬ反応を引き出す、そのような時代に私たちは今入っているのだということもはっきりと認識したほうがいいのではないかと思うわけであります。

 中国における反日デモについては、その原因あるいは背景についてはさまざまに分析されているわけですけれども、私は、小泉首相が首相就任以来、執拗に続けております靖国神社参拝、これが要素としてはやはり大きいというふうに考えております。それ以外にもさまざまな見方がありまして、台湾問題に対する日本の立場が変更されつつあるのではないかと。

 日米の間でその変更が話し合われているのではないかということに対する疑義、そういったことも意外に大きい要素だという指摘も耳にするわけであります。私はもう1つ、ここまで大きく反日運動が盛り上がった要因として重視すべき問題、これは先ほど申し上げた日本が国連安保理常任理事国入りを目指してキャンペーンを始めたということが中韓両国の人々、とりわけ若い人たちのナショナリスティックな気分をいたく揺さぶった要因ではないかというふうに見ております。

 ことし秋にも小泉首相の5回目の靖国参拝がありましたが、この際、中韓ではいわゆる反日デモのような大きな動きはありませんでした。それは反日疲れだという解説も聞きましたけれども、主として、少なくとも日本のパーマネント・メンバー入り、常任理事国入りのキャンペーンが挫折したということで、対日エネルギーが非常に空気が抜けていたということがあるんじゃないかと思います。

 そこまで重要な問題かということで、私なりの考え方を述べたいと思います。さきの戦争で、中国は戦勝国であり、日本は戦敗国だったわけですけれども、戦後いち早く経済発展をし、世界第2の経済大国になり、G8にアジアを代表して日本が参加するという状況が生まれ、その過程で中国は日本から経済支援を受けるという経験もしたわけです。それでも中国の若者たちの気分がいやされた、心の平衡感覚を保てたのは、やはり戦勝国グループの一員としてP5メンバーに復帰し、政治大国として世界に影響力を保っているというプライドが一方で大きかったのではないかと思います。

 そういう構図の中で、日本が常任理事国入りを目指して激しく運動を開始したというわけです。そのキャンペーンのタイミングとして、小泉首相がたび重なって靖国神社を参拝するとか、その他、教科書問題等々さまざまな歴史に絡まる問題がありますけれども、そのような問題の下地が十分にまかれていたところに、そのような運動が起こり、かつての侵略戦争の反省も十分行わぬまま、あるいはもしそのようなメンバーになるとすれば、まず初めにしっかりと根回しすべき中国、韓国、その辺のほとんどを無視する形でそのようなキャンペーンを行うのはまことに不条理であると、そのような気持ちを中国の若者が持った可能性は少なくないというふうに私は見ております。

 したがって、簡略化すれば、靖国参拝で積み上げられたまきに、日本の安保理常任理事国入りを目指したキャンペーン、これが火をつけたと。そのためにことしの反日運動なるものは勢いよく盛り上がったのではないかなというふうに、ごく簡単にスケッチすれば、そういう絵になってくるわけです。

 このほか、先ほどの話にありましたように、携帯電話とかインターネットとか、そのようないわゆる新しいメディア、ニューメディア、こういうものの出現によって運動の規模が盛り上がった。明確な指導者とか指揮者、組織者がいなかったけれども、あそこまで大きなデモになったと。そのようなことは、そのような要素が大きな影響を持ったというのは私も同意見であります。

 私は、たまたま改革解放後の中国で最初の反日デモであったとされる85年9月の天安門広場の主に北京大生、清華大学の学生らを中心とするデモ、その現場取材をいたしました。それから、89年の天安門事件の際も現場取材をいたしました。そのようなときに、北京の学生たちが自分たちの運動を宣伝するため、告知するため、あるいは地方から応援部隊を呼びかけるため、どのような手段でそれを知らせたかというと、85年の場合は、学生代表が近くの長距離電話局に行って電報を打って全国の大学自治会に呼びかけると、そのような手段をとっておりました。

 天安門事件のときには、それにファクスが加わりましたが、なおまだ電報局に行って電報を打つという作法も残っておりました。ですから、今回のようなショートメールで、次に何とかの十字路を通るからおまえもおいでよというような連絡手段、交信手段が89年にありせば、あの天安門広場に集まった民主化要求運動なるものの展開もいささか様相を異にしたのではないかなというふうに思うわけです。

 ぼちぼち結論に持っていきたいと思います。国益とメディアとか世論とか、その辺の話は多分盛り込めないと思いますので、それは後ほどのパネルディスカッションに回したいと思います。

 反日デモの要因としては、日本国内では、中国で行われているいわゆる愛国主義教育、そういうものが若者にナショナリズムの気持ちを醸成させて反日マグマが爆発したのではないかとか、中国が抱えるさまざまな国内不満要因が反日というスローガンをかりて、はけ口として反日が使われて吹き出したとか、そのような見方があります。その様相はないことはないと私は思いますけれども、基本的には先ほど申し上げたような靖国に象徴される歴史問題とか、国連安保理常任理事国入りの問題とか、そういうものが直接的な引き金になっただろうと認識しておりますが、もう1つメディアの問題を最後に取り上げておかねばならないと思います。

 日中両国のメディアの、きれいに言えば役割というのは相互理解促進ということでありますけれども、今よく言われるのは、相互不理解、相互誤解の役割しか果していないのではないかというような言われ方をして耳に痛いところであります。確かに、ある事象の全体像をバランスよく伝えたりすることができているかというと、必ずしもそうではないというふうに私も思っていますし、時にはむしろ誇張や歪曲という程度の悪いものすらまじっているように思います。この点は、虚心に反省しなければいけない点だと思います。

 中国側の報道、日本側の報道、それぞれの対日、対中報道でありますけれども、やはり最大の問題点として私が常日ごろ認識しているのは、非常に多様性に欠けていると。多様なそれぞれの国の声、実情、これをバランスよく紹介していれば防げるような誤解、そういうものを生んでしまっているのではないかというふうに感じておりまして、あの反日デモの際も「日華排斥」だとか、「日本軍国主義の復活に反対する」とか、私ども、日常的に意識しております通常の日中の経済や政治関係の現実からとても結びつかないような認識のずれたスローガンが叫ばれるのも、中国のメディアによって彼らにそのような実態が十分伝えられていないということがあるのではないかと思うわけです。

 最近、先ほどご紹介した王毅中国大使が、我々日本側の、かつて中国に特派員として駐在を経験したOBを招いて会合を催しまして、そのときにスピーチしました。そのときに彼は、新しい相互理解が今こそ必要なんだという表現を使いました。単なる相互理解じゃなくて、新しいという言葉をつけたところがミソだと思うんです。これは何かというと、彼によれば、中国をもうちょっと客観的に、中国の全体像を見た上で、批判すべきところは大いに批判していただきたいし、いいところはいいというふうに率直に評価してほしいと。そういう簡単な説明でありましたけれども、彼も彼なりに日本の中国報道に対する複雑な思いがそのバックにはあるんだなということは、その思いはその言葉の端から私も受けとめました。

 後のパネルディスカッションに話を回したいとは思うんですけれども、今、日中双方のメディアに求められるものは何かと考えますと、まず2つのことが頭に思い浮かびます。

 1つは、中国の閉鎖的な体質。中国の情報に関する透明性というものをもっと高めてもらわなければ、これはやはりなかなか難しいなということであります。従来の中国の情報秩序の中で、80年代半ばに駐在したときはまだその関係が色濃く残っていた時代でありますけれども、大変苦労いたしました。

 そういう体質は今でも残っていて、つい最近、東北の黒竜江省で有毒な物質が松花江、アムール川に流れ込んだという事件が発生しております。これも善意のうそとか、最近では、新華社以外の報道は許さないというような統制が行われているとか、SARSの教訓、その他いろいろございますけれども、まだこういう部分が中国にはたくさん残っておりまして、やはりここのところは透明性を高めてもらって、より確かな、多様な中国像を日本のメディアが伝えられるようにしてもらわなければいけないというふうに思うわけです。

 また、第2番目は、日中のメディア双方がもっともっと多様な姿を伝えていく。特に、これは中国のメディアに注文したいところでありますけれども、ジャーナリストの自由な視点で、自由に、多様に日本の姿を中国内にフィードバックしてもらいたいなと。

 私は、この辺は徐々にやっていけば実行可能な問題だというふうに思っています。この辺から手をつけていってもらいたいなと、もらいたいなと言うだけではなく、私自身も常日ごろそうしたいなと考えて取り組んでいる点であります。とりあえずの話題提供としての基調報告を終えたいと思います。どうもありがとうございました。(拍手)


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