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〈愛・地球会議〉環境本位型社会を目指して |
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養老孟司氏 |
養老 どうも養老でございます。
今回の主題は、一つは持続型の社会というか、環境ですね。もう一つが科学、それに合ったというか何というか、科学という主題だったと思います。私は、以前から環境問題という言葉はあまり使いませんで、これは環境が問題になっているのではなく、人間がやったことが問題になっているわけですから、これは実は人間問題であると。じゃ、だれがやったのかというと、眠っている人がやっているわけではないので、起きている人がやっているわけです。起きているというのはどういうことかというと、意識があるということで、つまり、意識がやったことでしょうということをずっと申し上げてまいりました。
意識というのは、私が若かったころは人間に特徴的な高級な働きであると言われておりまして、脳の科学をやろうと思ったら、偉い先生方は、意識なんていうのはもっと脳の科学が進歩してからやるものだと言われまして。それを待っておりましたら、とうとう67歳になってしまいまして、よくサステイナブルな環境とか地球が滅びるとか言っていますけれども、間違いなく、私が先に滅びます。もう間に合わないので、それなら意識の問題を少し考えてみようかなと。ここしばらく考えています意識の問題なんですが、おわかりのように、私は環境問題というのは人間が引き起こした問題であって、それならば一体自分がどう考えているから問題が起こるのか、ということを我々がまず考えなければいけない。
先ほどド・シルギーさんが、いかにもフランスの方ですが、最後に個人ということをおっしゃいました。一体どういうふうなものの考え方がこれを引き起こしているかと。意識というのを難しく考えると切りがないんですが、意識って、ものすごく簡単に定義できるんですね。学校で学生を教えていますと、意識の客観的定義は極めて簡単で、この程度の話を私が10分していますと、約1割の学生の意識がなくなります。意識のある学生とない学生は明らかに客観的に区別がつきますから、これは何の問題もない。
そうすると、次の問題は、人間は何で寝るかということです。寝ることが絶対に必要だということは多くの方はご存じなんですが。そこでこういうことなんですね。普通どう思っているかというと、眠っているということは意識がない。意識がないということは考えてない。したがって、脳は仕事をしていない。ということは、寝ている間は意識のあるときに比べてエネルギーを使っていないはずだと、おそらく皆さん、そうお考えだと思う。
実際、測ってみた人がいるんですが、基本的に起きていようが寝ていようが、脳が使ったエネルギーに変わりはありません。ということは、逆に意識とは何だという問題。つまり、筋肉が収縮すれば、明らかに収縮しただけのエネルギーを筋肉は使います。もちろん生きていくために筋肉はエネルギーを使っていますから、それは基礎代謝と言っていますが、脳だってそういう基礎代謝はあります。しかし、問題は意識を使っているときのほうが必ずしも余分にエネルギーを使うわけじゃないという、そういうことなんです。
それで、私はそれをよくわかりませんで、意識があってもなくても、エネルギーは大して変わらないのだろう。それも学生を教えていましたから、学生を見ていますと、そうかと思って、「下手の考え休むに似たり」と言いますが、要するにあいつらは考えていても考えてなくてもほとんど変わらないのかなと、そういうこと。でも、これはあまりはっきりした答えではありません。
●ああすればこうなるでは済まない
結局、そこで思いつくのが意識の性質であって、意識の性質は物の見事に秩序的な活動であります。それはおわかりになりますね。意識というのは秩序です。つまり、全くランダムに言葉をしゃべることはできません。でたらめを話すことはできますが、日本語ですと五十音をでたらめに言ってごらんなさいということはできません。それから、乱数表を意識的につくれと言うと、これは非常に難しい。乱数表を発生するような機械を考えてつくるということはできますが、じかに乱数表を書くことはできません。ということは何を意味するかというと、意識の秩序活動です。そうすると、物理学的に考えると、秩序的な活動をすれば必ずエントロピー(entropy)が増えます。それはどこへ行ったかということです。
当然、脳が抱えているはずでありまして、つまり、一般の方にこれを説明すると面倒くさいので、私は図書館だと申し上げるんですが。朝9時になったら図書館があきます。図書館があいたということは意識が始まるということで、そこへどんどんどんどんいろいろな人が来て、勝手に本を机の上に出して、いろいろ調べ物をして、つまり、自分の頭を整理して帰っちゃいます。図書館の中はどうなっているか、だんだん本がたまって、本棚から本が消えていきます。つまり、図書館の中の無秩序状態が増えてまいります。
そうすると、夕方になりますと図書館は使えませんから閉めちゃいます。つまり、意識がなくなって眠ります。その間、何が起こるかというと、今度は図書館の司書が全部本をもとのところへ、つまり、秩序へ戻してまいります。もとのところへ本を戻していって、きれいに戻った段階で、次の朝になりまして、もう一度意識が使えるようになります。
ですから、おそらく起きているときと寝ているときのエネルギーはほとんど違わないんです。我々は秩序活動を意識という形でやっても、そのある意味でのマイナスですね、それは脳自体が片づけてくれます。ですから、そこに問題があるのに気がつきません。
ところが、その意識活動が外の世界をいじり出しますと、外の世界に秩序を与えてしまいます。それはおわかりですね。都市、文明というのが典型的にそういうものです。そうすると、そこには必ずごみが出てまいります。つまり、一般の家庭で言えば奥さん方が部屋を掃除します。掃除すると部屋の中のごみはきれいに消えて部屋に秩序ができます。つまり、きれいになりますが、そのときにニコニコしてきれいになったと言っておられるのは、実は掃除機の中を見てないからであって、掃除機の中は掃除する以前の100倍か1000倍か知りませんが、汚れているはずです。つまり、世界全体を見ますと、実は秩序は相変わらず同じことになっております。そのごみをごみ焼却場へ持っていけば、ド・シルギーさんの専門だと思いますが、ご存じのように、高級な分子が水とか炭酸ガスという低級な分子に変わりまして、その間に熱を発生して、結局、ランダムにそれは増えているということになります。
ですから、我々の意識は何かしているようで実は何もしていないんじゃないかという疑い。これは「般若心経」というお経をお読みになりますと書いてあります。私、何かめちゃくちゃ言っているようですが、ほんとうにそこに関心がある方は暇なときにどうぞ15分じゃとても話し切れませんが。
結局、だから、何が問題かというと、我々の意識活動ということが非常に問題だと。それで、先ほど申し上げたように、時々、私は言うんですけれども、例えば今でも世界で爆弾を積んだ車で突っ込んでいく人がいますが、たぶん、ああいう人は自分が100%正しいと思っている方です。意識は時々100%正しいと言いますが、私はそういう方には「あんた、寝ているときにはどう思っているんだ?」という質問をしたいんですね。寝ているときは考えないに決まっているだろう。それじゃ、寝ているときに考えがないということは、それはゼロにしていいかという問題。
実は私が今申し上げたこと、寝ているときも起きているときと同じエネルギーを使っているということは、寝ているときはゼロではないということです。ある意味ではマイナスだということです。ですから、起きているのと寝ているのと、意識と無意識を足しますとゼロになります。ということがちょっと言いたかった。
ですから、それを先ほど申し上げたように、根本的にはそういった秩序活動である意識が外界、外の世界、皆さんが環境とおっしゃっている問題に働きかけますと、一種の秩序を発生してしまい、その秩序は意識せずにごみを生み出してしまいます。そのいたちごっこを、我々はここのところずうっとやってきたという気がします。
ですから、私はそれを別な言葉で、ああすればこうなるといつも言ってきたんですね。人生はああすればこうなるじゃないでしょうと。ああすればこうなるで済むなら楽なものですが、これは済まないんです。ですから、ここまで来ると、多くの方が、じゃ、どうしたらいいんですかと必ず聞きますが、これは実は別の問題なんです。
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