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シンポジウム「安全保障の今日的課題」

【基調講演】緒方貞子さん(1)



緒方貞子さん

 司会 それではまず、独立行政法人・国際協力機構理事長で、前国連難民高等弁務官の緒方貞子さんに、基調講演をお願いいたします。

 緒方さんは、今年の文化勲章を受章なさいました。

 それでは、緒方貞子さんにお入りいただきます。(拍手)

 どうぞよろしくお願いいたします。

 緒方 ただいま主催者からもお話がありましたように、たまたま「人間の安全保障」を守るために日夜奮励されていた外務省の2人の外交官の方、奥さんと井ノ上さんが亡くなられたということを考えますと、いかに人間の安全を守るために、人間が犠牲になっているかという現実を、皆様がお感じになるのではないかと思います。私も前の仕事では、こういう思いをたびたびいたしました。

 それほど、この世界は人間の安全を守る、人々の安全を守るということが難しい世界なのだということを思い浮かべながら、この『安全保障の今日的課題』という報告書がつい先ごろ発行になりまして、その中心的な考え方を皆様にお伝えできることは、非常に時宜にかなったものと考えまして、喜んでお話しさせていただくわけでございます。

 それを始めるに当たりまして、この出版に当たって、人間の安全保障委員会の日本のスタッフと、朝日新聞社の出版本部が非常に努力なさったことに、まずお礼申し上げたいと思います。訳すのが決してやさしい本ではなかったということは、重々知っておりますものですから。

人間の安全保障委員会の設立

 そもそも人間の安全保障委員会というものがどうしてできたかと申しますと、これは最初、いろいろなところにオリジンはあったのですが、日本のほうから申しますと、亡くなられた小渕総理がアジアにおける金融危機を前にして、いかに経済的に成長していたアジアの国々でも、金融危機の起こった際に社会的な保障が弱いために、たくさんの人が苦しんだということを目のあたりにされて、安全保障の人間的な面――社会的な側面と申し上げたほうが正確かと思いますが――を痛感されて、「人間の安全保障」についての探求をしようと提案をされたわけでございます。

 この考え方は小渕総理の亡くなられた後も、日本の政策決定者の間で続いておりまして、2000年の国連のミレニアム・サミットの際には、森総理が「人間の安全保障」についての考え方を提案されました。それにコフィ・アナン国連事務総長も呼応した形で、「人間の安全保障」の考えをもっと進めよう、政策を進めようということになりまして、それが「人間の安全保障委員会」の結成の基になったわけでございます。

 「人間の安全保障」ということを考えるに当たって、ここにいらっしゃれば非常にいいのですけれども、インドの経済学者でノーベル賞をとられたアマルティア・セン先生と私が共同議長として進めていくことになりました。

 そういう事業が非常に大事だと思いましたのは、方々で「人間の安全保障」の探求はなされていたのですが、これをある程度まできちんと概念化する試みはとても難しかったのです。私どもは、その概念化を行い、政策の指針として出すことを使命と考え、作業を始めました。約2年間かけて、この作業をしましたが、始めるに当たって、主に経済的、社会的な面をセン教授が担当され、私は紛争、さらに紛争解決という方向での研究を進めるという形で、役割分担をいただきました。

 そしてまた、私たちが机の上で書類を見ているだけでこういう問題を検討するのでは不十分だということで、ヒアリングなどを試みました。アフリカでは南アフリカとベナン、そして中央アジアの5カ国、中央アメリカではコスタリカで、いろいろな考えを聴取しましたし、研究会を行ったわけです。

 その結果、今年の3月には最終的な会合を東京で開きまして、要約のような形での報告書を日本政府、特に小泉総理に提出いたしました。英語で書かれた報告書は5月1日にできあがり、これを国連事務総長及び国連関係者には提出したのですが、日本語版のほうはだいぶ時間がかかりまして、ようやく先月できあがりました。

 そこで、これを機会に広く日本でも皆さんにも考えていただきたいと思いました。新しい形の脅威に対して、どのような政策を立て、どのように実行に移していくかをお考えいただきたい。

 私どもの委員会は、ただ報告書をつくるための委員会ではないということはいつも申しておりました。ぜひ結果を実行に移していただける報告書をつくりたいと、固くみんなで誓いまして、取り進めてきた作業でございます。

冷戦構造の崩壊と新たな脅威

 どうして、このような安全保障の今日的課題というものに対応しなければならなかったかと申しますと、やはり一番最初にあるのは、冷戦の構造が崩壊したことがあります。冷戦の構造とは、国家間のイデオロギーや政治体制の対立、それに基づく脅威が根底にあるものでした。

 ところが、冷戦が崩壊した後、一番顕著だったのがグローバル化の現象です。つまり、人、物、お金、情報というものが急速な形で方々に広まっていく。そうすると、新しい形の脅威が発生するわけです。脅威は発生するだけではなくて、増加していきます。

 そこで、新しい形の脅威を何とか見直さなければならないのではないか。これが、中心的なチャレンジ、つまり課題だったわけです。脅威の多様化の現実、脅威の求心化の現実、深刻化の現実の中で、人々が――ピープルという言葉を使っているのですが、これは日本語の「国民」や「市民」と訳すといずれも不十分だということで、私たちは「人々」と訳すことにしました――どういう形で不安定な状況に置かれているかを見極め、国家が十分果たせない役割を補完する形で、何をしたらいいのか。こういうことを考えたわけでございます。

 つまり、これまでの主権国家が安全を保障するという時代には、領土保全ということを前提として、国家を中心とした軍事力による安全保障というものが中心的な課題でございました。ところが今日では、この領土内にある人々に焦点を当てようではないかということになったわけです。

 人々に脅威を与えるものは、もはや国境を越えてくる外敵、つまり侵略とか侵攻にとどまらず、伝染病もあります。環境汚染の問題もあります。難民や外国人の急激な到来というものもあれば、国際的な犯罪もあります。人身売買等も、金融危機もあります。こういうものに、一体どうやって総括的に対応していくか。こういう状況の中では、国家間の関係だけでは解決しないのではないかというわけです。

相互依存を強める世界

 では、国家がどんな役割を果たすのかということを考えました場合には、この報告書は相互依存ということを非常に強く強調しております。こういう世界の中にあっては、やはり国家も人々も相互依存しながら生きているんだ、と。ですから、ある意味では、国家主権というものは共有される部分があるんです。そしてまた、それを実態として認識してもらわなければなりません。

 すなわち、「人間の安全保障」というものは、他の国々、他の社会の行動あるいは行動のないことによっても左右される。こういう認識から、新たな国益論というものが必要なのではなかろうかと考えたわけでございます。つまり、単独行動であるとか、自己中心的な行動は、どんな国家がやっても、結局よそに影響を与えていくわけです。

 ですから、どんな国も、他の国々、他の人々への影響というものを考えて行動していかなければならない。これが、グローバル化の相互依存に基づく世界観であり、こういうことを考えて政策というものを立てていかなければならない、実行していかなければならない。

 そうなると、国家の役割も国際機関の役割も、そして、さまざまな国際的な組織の役割も変わってくる。

 このようなことを前提にしまして、この報告書の枠組みを考えたわけでございます。やや抽象的になって、何か自分の生活とは遠いようにお思いになるかもしれませんが、この辺の概念をきちんとしませんと、出してまいりましたいろいろな提案の意味がはっきりしないのではないか。そう考えまして、一応枠組みだけは申し上げたわけです。

「人間の安全保障」には何が必要か

 そうすると、どういう形で国家の動き、人々の動きを理解し、打ち立てていったらいいだろうか。何が「人間の安全保障」なのだろうか、という問題が出てきます。

 考えますに、国家というものは保護的な部分と、人々の能力を強化するという部分の両方によって成り立っているのです。保護的な部分と申しますのは、法の支配、法の成立、あるいは政治のあり方である。やはりいろいろな意味で民主的な枠組みも持った政治が必要になります。行政にしましても、そういう形で対応できる能力のあるものが大事になるわけです。

 それに対して、人々はどうかというと、上からの保護と、下からの能力の強化が相まった形、つまり教育、保健、サービスのシステム、情報共有等に対する知識の部分と、それを支える社会保障の部分、この両者が合致して初めて、きちんとした「人間の安全保障」を全うする体制というのが出てくるんのではないでしょうか。

 このごろは日本でも、ガバナンスという概念が非常に広く使われているようですが、上からは一種の統治の考え方ですね。下からは、自治の考え方だろうと思うんです。それが一体になり、統治と自治が一体化して、初めていいガバナンスというのは出てくるのではないかと。

 こういうふうに考えますと、これは必ずしも開発途上国であるとか、Failed States(破綻国家)といわれる、体制が崩壊して国家の体をなさない国だけに当てはまるものではなく、すべての国に当てはまる枠組みであると思うのです。

 日本の場合を見ても、統治と自治というものが、実際ほんとうに働いているのだろうか。上からの保護、下からの能力強化というものが、ほんとうに機能して、いいガバナンスが行われているのか。これを考えていただかなければならないと思います。

 先進国も開発途上国も、すべてグッド・ガバナンスのためには両方の面がなければならない。私といっしょに共同議長をされたアマルティア・センさんは、目的は何かという話になると、人間がほんとうに自分の持っている自由のポテンシャルを十分に発揮できる。そしてそれを推進していける、きちんとした枠組みをつくっていくのが、「人間の安全保障」の概念であり、目的であるということをしばしば言っておられたものです。

 セン教授の考え方は、この報告書の初めの部分に十分書かれておりますので、皆さん、お読みいただけると、いろいろな形で示唆に富むものを見つけられると思います。

 長々とこういうふうに全体的な枠組みを申し上げましたのは、こういうことをわかっていただいたうえで、部分、部分を読んでいただきたいと考えるからでございます。





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