司会 パネリストの皆さんの冒頭発言を終えましたところで、ここで、緒方貞子さんを交えての討論に移ります。この後の進行は、また百瀬さんにお願いいたします。
百瀬 大分予定がおくれてしまったので、話を前に進めたいと思います。
冒頭にも緒方さんがおっしゃいましたけれども、「人間の安全保障」という考え方をどうやって実行・実施していくかというのが一番大切なことだと思いますので、冒頭発言で、NGOの方から具体的なポイントが一部出されましたが、討論ではさらにそれを詰めて話を進めていきたいと思います。
皆さんも非常に関心のおありになる、今大変なことになっている、イラクの問題からじかに入っていきたいと思います。
この場所はイラク問題だけを討論する場所ではありませんし、私も専門の者ではないのですけれども、「人間の安全保障」という立場から見て、今イラクの状況というのはどう見えているか。どう考えればいいのか。あるいは、「人間の安全保障」というものをイラクのような場所でどういうふうに守っていけるかということをお話しいただけるかと思います。
いかがでしょう、武見先生。今のイラクの現状、政治家の方々の間で大変な議論になっていると思うんですけれども、まずその辺の分析と、こうしていくべきではないかというご意見がございましたら、よろしくお願いします。
武見 先ほど緒方さんがご指摘のように、完全に戦争でもなく、かといって平和でもない。紛争は起きてはいるが、しかし完全な戦闘状態でもない。治安・秩序が非常に不安定で、地域によっても安定の度合いに相当格差があるという複雑な状況に、今イラクという国は置かれている。
その中で、さまざまな部族、そして宗教が混在をして、独裁的な政治体制が崩壊した後、とりあえず現状においては米英軍を中心とした政治力と軍事力の中で辛うじてある程度の治安・秩序が確保されている。
しかし、それがまた同時にイラクの人々の反発をも招く原因にもなっていて、その過程で、こうした米英軍の存在、また、ともに治安・秩序に当たる多国籍の多くの軍隊、さらには、復興支援に携わる人々に対してまでも、政治グループによっては反感を持ち、攻撃の対象にさえしている事態と、こうまずとらえておく必要があるかと思います。
そういうときに、日本という国が国際社会の中でほんとうに責任ある国として、どこまでイラクに住む人々の復興支援のために、どのような形でかかわり、支援を行うべきであろうかということを考えなければいけないんだろうと思っております。
それは政府の立場でもあり、民間の立場でもあり、そしてまた国連などを通じた、そうしたネットワークでの支援の体制を組むべき対象でもある。しかし多分に深刻な政治的対立が存在しており、かつまたそれぞれの政治勢力が武力を有するために治安が不安定であるがゆえに、そうした復興支援がなかなかできないでいる。
そういう中で、亡くなった奥さんや井ノ上さんたちは、結局最後どういう復興支援にエネルギーを傾注していったかというと、コミュニティーを単位とした、そうした人々を対象とした支援措置である草の根・人間の安全保障無償を数多く、ミニニーズを見つけ出してきて、そこに当てはめていくというような仕事を、わずかな2人という人数でものすごい勢いでやっていたようです。
当然外務省の本省からも担当の無償資金協力課長が現地にも行き、大使館員とも協力をしながらそういう案件の選択をもしてきたわけでありますけれども、こうした不確実な状況の中で政府として支援するには、まずそういったところから始めるのが現実的なのかなという認識を持っています。
そのうえで北部のクルド地区など、NGOが支援しているところもありますけれども、治安が悪くなってきたのでほとんどの日本人スタッフは引き揚げてきていると思いますが、ただ、長年活動してきたNGOの場合には、現地のスタッフでかなりの程度そうした活動を維持できるような能力を持っているものですから、そういう現地スタッフ機能というものに、より多く依存しながら政府がNGOを通じた支援を継続して行うことの必要性が、今また増大してきているのではないかと理解しております。
百瀬 ありがとうございます。イラクには熊岡さんも何度も足を運んでおられますけれども、今武見さんのおっしゃったような活動は、現場で見て、熊岡さんの見られた限りでどの程度可能なものでしょうか。
緒方さんから最初に「人間の安全保障」を進めていくには上からの問題と、下からの問題両方が、2つそろわないとなかなか確保できないというご指摘があったと思うんですけれども、いかがでしょうか。
熊岡 イラクでは今も戦争が続いている状況だと認識しています。その困難な状況下で、イスラム社会一般に当てはまるかとは思いますが、イラクは武見さんおっしゃったように、非常にコミュニティーが強く、モスクを中心にした地域社会がかなり困難な状況の中で助け合いもしているんです。だから日本を含む国際社会は、これを側面支援することで1つは役に立てると思います。
それから、大きな額の援助であれ小さな額の支援であれ、信頼できるカウンターパートナーにめぐり合うかどうかで大きく違ってきて、私たちの場合は、マンスール子ども教育病院というところに非常に信頼できる医師と看護婦のチームがいるので、もちろん基本的にはバグダッドで一緒に働いているのですけれども、場合によっては、ヨルダンから彼らと連絡をとりながら医薬品や必需品を送るというようなことでも十分助けになると思います。
イラクという国は、歴史、文化、芸術をふくめ非常に豊かで、人々が持っている能力が高い。イラクの人々の能力に依拠した復興支援であるべきだと考えます。
百瀬 ありがとうございました。
今、熊岡さんは、側面支援というような表現をなさったと思います。それから、武見さんは地元の人たちの力を支えていくというような表現を使われました。緒方さんは、国連難民高等弁務官時代に絶えず、お金を出すことも側面援助も大切だけれども、それに加えて日本の人が出ていってやることが大事で、そういうものがあってほしい。なぜなら、日本社会にも問題がはね返ってくるから、というようなことをおっしゃっていたと思います。
このような、人道援助をする人間自体がターゲットになっているような現状の場合は、どう考えればよろしいのでしょうか。やはりやむを得ないことなんでしょうか。