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シンポジウム「安全保障の今日的課題」

【パネルディスカッション】2.北朝鮮に対する支援問題



 百瀬 イラクの話ばかりしていてもしかられますので、やっぱり同じような問題で、イラクの場合は、国というもの、主権国家というものが倒されてしまって、その後の空白状態で起きている混乱というか、反撃、そういうことで成り立っていますが、それとは逆に、北朝鮮の問題があります。

 北朝鮮では国家権力が非常に強くて、そのもとで、人々が大変辛い思いをしている。人道問題が起きていて、人々が脅威にさらされているという中で、じゃあ日本のような国はどういうふうにその問題に取り組んでいけばいいのか。こういう問題についてちょっとお話しいただきたいと思います。

 緒方さんの報告書の中にありますけども、国家の安全保障のもとでは、民間人がこうむる影響とか、人道活動の普遍性とか中立性とか独立性とか、そういうものがほとんど無視されてしまって、国家間の政治的な交渉とか駆け引きなどが優先されてしまう。その例として、緒方さんも、北の核開発疑惑を取り上げて、人道支援によって人々の命を救うことが兵器問題の交渉材料に使われるという、あってはならないことが起きている。要するに、人道支援とそういう交渉、取引というものは別個に考えなくちゃいけないんだということを書かれていると思うんですけども、その点、伊藤さんなんかどういうふうにごらんになっていますか。今の北朝鮮に対する支援の問題ですね。

 伊藤 北朝鮮に対する支援問題ということですが、もう一度ご質問を……。

 百瀬 つまり国と国の関係から言いますと、北朝鮮の人々に対して食糧支援などをすることによって、あまり好ましくないというか、非常に問題のある国家権力を元気付けてしまう可能性がある。言い過ぎかもしれませんけれども、人々ではなく国家が力を得てしまうという、大変なジレンマがあると思うんです。

 その一方で、そういう援助を打ち切れば、人々が苦しむのは目に見えているわけです。そんなところをどういうふうにごらんになっているかと思ったんですが、北朝鮮の支援活動も続けておられる熊岡さんからでも結構です。
熊岡路矢氏

 熊岡 これまでのことで言うと、エチオピア、それから、80年代にはカンボジアやベトナムも独裁的政権と言われて、日本やアメリカ――西側諸国――から非難されていた国・地域でも働いていました。

 人道支援の立場で言えば、たとえばイラクには2600万人ぐらいの人がいるんですけど、独裁者のイメージで全部語られてしまって、軍事攻撃を受けたり、経済制裁を受けたり、あらゆる援助を断られる。同じことがカンボジアでも80年代に起きたんですけれども、これはフェアではないと考えます。

 一つには、経済制裁は体制を揺るがすのではなく、むしろ体制をかためる効果があることもあって、中から下、あるいは底辺層の人が一番苦しむという現実があります。何とかそこを選別して、人道支援を、一般的にはイメージの悪い国に対しても行おうという努力は必要です。これが1点です。

 もう一つは――これはまた二つの問題に分かれるんですけれども――その国に親近感といいますか、非常に強い思いがある場合は別にして、人道援助として成り立つかどうかを考えるにあたっては、やはり支援にかかわる調査、実施、モニターがきちんとできるかどうかというのを一つの基準にします。

 これも難しくて、なかなか100%というわけにはいきません。昔のエチオピア、タイ・カンボジア国境などの場合でもそこまでは問えないといいますか、ある一定の目減り分というのはありました。それにしてもやはり、一番困難に近い状況の地域を訪ねていける、現地で状況を確認できる、人々とある程度話ができる、そこへ支援を届けられる、というような条件がなければ支援を行うのは難しいと思います。

 したがって、北朝鮮については非常に難しくて、悩むところではあるんですけれども。実際6回行きまして、支援すべき理由、あるいは支援すべき人々がいるとは感じました。しかしかつての同じような――あるいはもうちょっと難しくはなかったのかもしれませんが――エチオピアや、孤立していたカンボジアと比べれば、一番厳しいところを自分の目で確認できなかった。それに、支援が届くかどうかを確認しにくい。そういう意味で、現在のところ留保せざるを得ないという立場をとっています。それでも、基本的には人道支援は、悪いイメージのところでも行うべきだというのが、申し上げたい第1点目です。

 2点目は、そうはいっても一定の基準をクリアしていなければ、改善を提案するといったようなことをすべきである、という点です。現在も、平壌ではWFP、UNDPはじめ国連の人々、それにヨーロッパのNGOの人たちが活動しながら、モニター等の改善提案を行っていますから、それを支援すべきだと思います。日本のNGOとしては非常に難しい壁にぶつかっています。

 緒方 経済制裁というものがあまり成功しないということは、今おっしゃったとおりだと思います。経済制裁の結果潤うのは、大抵の場合、その対象になっている国の権力者であって、底辺の人々は全部そのために苦しんでいるというのが今までの実態だと思うのです。

 私は、先ほど百瀬さんが提起された部分、正確に覚えてはいないんですが、人道援助等に当たっている人たちが人道援助と政治との取引をすることはできないというのは正しいと思うのですけれども、政府がアメとムチを使うのはいろいろな交渉のときには当然だろうと思います。それが使い方でもあるし、今言われたように、アメのほうばかりでムチがきかないとかいうことはあるでしょうけれど、外交交渉というのは多かれ少なかれアメとムチの混在だろうと思います。今の北朝鮮の問題も含めて、やはりいろいろな形での交渉以外にはないのではないでしょうか。

 武見 百瀬さんが設定された北朝鮮の問題などは、実は一番「人間の安全保障」的アプローチがしづらい局面なんです。独裁的な政権がある程度持続可能な形で存在していて、そこでは強制収容所などの非人道的な行動が行われていて、多くの人道的な問題が散在していることはほぼ明らかになっている。

 しかし、それに対して外部から介入することは現実にほとんど不可能であって、またそこに介入しようとすると、むしろ独裁政権が備えている軍事力というものが、この地域全体の極めて深刻な不安定要因になってしまう。

 しかも都合の悪いことに、独裁体制はその存続を図るために核兵器の開発を行っている。その核開発が進むと、明らかにその最大の脅威を受けざるを得ない立場にあるのが我が国であり、我が国の国民である。

 こういう状況下にあって、問題に対処するときに、中長期的には「人間の安全保障」的なアプローチが必要でしょう。現状であれば、脱北者のような人たち、あるいは北朝鮮からの難民といった人たちに対する「人間の安全保障」的な対応はある程度は考えられるかもしれません。

 しかし実際にこうした問題を考えるときの枠組みには、残念ながら従来型の国家安全保障的な視点に偏り、軍事的能力により多くの関心が集まるという弊害があるわけですから、一方で相手方の意図にも着目した信頼醸成を推進するための協調的な安全保障を進めるという、二つの観点から北朝鮮の問題には対処していく必要がある。

 例えば、協調的安全保障という考え方であれば、6者協議という形を通じた、交渉を通じた解決を模索する。また、国家安全保障という観点からは、そうした核開発がその政治体制にとっては不利益であることをはっきり示しておく。こういったことなどをも含めて、対話と圧力の枠組みの中で、この北朝鮮の問題を解決していく。

 しかしその中で生ずる人道的な問題については、極力国際社会が協力をしながら、まさに悲惨な立場にある人たちをできる限りそうした緊張状態の中でも守っていくための手だてを講ずる。私はこれが精いっぱいではないかという気がいたします。





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