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朝日新聞シンポジウム「世界が見るアジア――著名コラムニスト鼎談」 |
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トーマス・フリードマン氏 |
フリードマン これから10分かそこらの時間でお話したいことは、現在アジア、これから数年のアジア諸国の政策を形成しつつある二つのもっとも重要な力は何かということです。一番目は、グローバリゼーションの現状――そこで何が起こっているのか、です。二番目は、ファフさんも言っていたアメリカのイラクにおける企てがどのような結果になるか、です。それがアメリカのパワー、態度、そして方策に大きな影響を持つことは明らかです。
まずグローバリゼーションから始めさせてもらいます。私が今それをどう見ているか。その一番良い方法は、『The World Is Flat』いうこの本をいかにして書くようになったかを説明することだと思います。どうしてこのような題にしたのかです。それは私がインドに旅行したのがきっかけです。
2004年の冬でした。私は世界の、そしてインドのアウトソーシング(業務委託)の中心地となっているバンガロールに行きました。海外業務委託についてのドキュメンタリーを制作するためでした。ちょうどアメリカの大統領選挙戦のさなかで、海外業務委託が大きな問題になっている時でした。そのドキュメンタリーはニューヨークタイムズのディスカバリー・チャンネル(ケーブル局)のために作ったものでした。バンガロールに滞在した10日の間に、われわれは60時間に及ぶインタビューを撮影しました。
そして、インタビューを続けている間に、私は気分が悪くなる一方でした。別にインド料理のせいではありません。それは、私が眠っている間に、9・11事件の取材をしている間に、グローバリゼーションの場面で非常に重要なことが進行していたという自覚でした。
それは、バンガロールの起業家が、そうしようと思えば私の税金の計算をすることができたということ、私のレントゲン写真をバンガロールから見ることができたということ、私の新しいソフトウェアをバンガロールから書くことができたということ、あるいはデルタ航空に乗った時に行方不明になった私のスーツケースをバンガロールから追跡することができたこと、なのです。
私が寝ている間に、グローバリゼーションに関する話で非常に重要なことが起こっていたのです。それはすべて私がバンガロールでインフォシス・テクノロジーズのCEOナンダン・ニレカニとインタビューした時にわかったのです。インフォシスはインドのマイクロソフトのような会社です。インタビューに先立ってニレカニと雑談をしている時、「トム、グローバルな経済活動の場は平らになっているんだよ」彼はこう言いました。「グローバルな経済活動の場は平らになっている。そして君たちアメリカ人はそれに対処する用意ができてない」。私は彼のせりふをラップトップのパソコンに打ち込みました。
ホテルに戻る途中で、彼の言ったことをもう一度思い返してみました。そして、彼の言っていることは、「世界が平らになってきている」ということなのではないかと気がつきました。彼は私に「世界は平らだ」と言っていたのです。彼はそれを人間の発展における重要な到達点だと考えているのです。
もちろん、世界がすべて平らになったわけではなく、平らでないところもあることは承知しています。しかし申し上げたいことは、グローバリゼーションの場面で今日起こっているもっとも重要なことは、一連のテクノロジー、政治的な出来事が合わさった結果、グローバルな経済的なプラットフォームが創出されたということです。
それはこれまでになかった世界のさまざまな場所から、様々な人々が、様々な方法でそこに登場して競争し、むすびつき、協力することを可能にするようになったのです。それは世界の歴史にかつて見たことのないことなのです。
そこで私の言いたいことは、将来、富は、より多くの人々をこの新しい舞台に乗ることのできる教育とインフラを有する国、企業、個人に向かうだろうということです。この舞台は時がたつにつれてすべてのものを変えてしまうだろう、というのが私の主張です。それはグーテンベルグの印刷機の発明と同じくらいに大きな出来事になるでしょう。
ここにアジアが入ってくるのは、この舞台の形成がアジアの三つの大きな経済――インド、中国、そして旧ソ連の巨大な帝国――の開放と重なっているということです。21世紀になっての歴史はまだ短いのですが、それはかなりの部分、30億人の新たな参加者がもたらすインパクトよって形づくられつつあるということです。船橋さんが指摘したこれら30億の人々は、グローバルな経済活動の場が平らになったまさにこのときに、その場に登場しつつあるのです。かつてないほど、より直接的に、簡単に、安く競争し、結合し、協力することができるようになった今です。
私がミネソタで子どもだったころ、1950年代に、両親は、「トム、食事を全部食べなさい。中国やインドの人たちは飢えているんだよ」と言ったものでした。私は2人の娘にこう言います。「宿題をやりなさい。中国やインドの人たちがアメリカ人の仕事を奪おうと懸命なんだよ」。そして平らになった世界では、彼らはそうすることができるのです。
別の言い方をすれば、ビル・ゲイツもそう言っているのですが、30年前には、もし東京やテキサスで中くらいの成績――Bクラスの――学生に生まれるか、北京やバンガロールで秀才に生まれるか、の選択ができたとしたら、みな東京やテキサスでBクラスの学生であることを選んだだろう。そのほうが、生涯における選択やチャンスが北京やバンガロールで秀才学生であるよりもはるかに大きかったからです。30年前はそうでした。文化大革命の狂気の中に閉じこめられた中国の秀才学生、遅れた貧しい社会システムの中にいるインドの秀才学生であるよりも、そのほうがずっと良かったのです。
しかし、世界が平らになった今、東京やテキサスで中くらいの学生でいたいとは思わないでしょう。北京やバンガロールの秀才学生が競争し、結びつき、協力することがこの舞台の上で簡単にできるようになった今は。したがって私は、この平準化の過程は時が経過するにつれて、地政学、日本、中国、インド、韓国の興隆、そしてこれら諸国の間の、そして米国との相対的な力関係に大きな影響力を持つようになると考えます。
次に、イラクに関して簡単に述べさせてください。なぜなら、イラクをめぐる動きがどう展開するかは、アメリカがその力をアジア、そしてそれ以外の地域で投影する能力を形成するうえで大きな要因になるのが明らかだからです。イラクの問題は重大な時点を迎えており、ハリケーン・カトリーナによってさらに重大になったものと思います。
私の友人であるマイケル・マンデルバームは先日こう言いました。「現在、イラクにとってのアメリカは、ニューオーリンズにとっての堤防、堰のようなものだ」と。アメリカは現在、洪水を食い止めているのです。アメリカはイラクにおける内戦――初期段階の内戦はすでに始まっていますが、本格的な内戦――をおしとどめている堤防のようなものだというわけです。スンニ派とシーア派の間の本格的な内戦のことです。
私にとっての問題は、イラク人は現在進行中の憲法作成過程の中から、自分たち自身の社会契約を作り出すことができるのだろうか、ということです。イラク社会を崩壊から守る堤防や堰の役割を果たしている米軍に取って代わることのできる社会契約です。この点で二つのことを指摘したいと思います。
第一はハリケーンの影響です。ブッシュ政権がイラクでの決着をつけるためにどれほどの時間を想定していたにせよ、ハリケーン・カトリーナはその時間を短くしてしまいました。ブッシュ大統領が今週か、あるいは来月か議会に行き、イラク再建を助けるために更に1000億ドルの予算を要求できるなどと想像できるでしょうか。ニューオーリンズが復興のために数千億ドルを必要としている時にです。実質的に想像できないことです。
米国内でのイラク戦争支持はあきらかに低下しています。ほとんどの民主党員はすでに戦争に反対を唱えています。ほとんどの共和党員は戦争のことは真剣には考えていなかったかもしれないが、ともかくブッシュ大統領を支持してきました。そしてカトリーナの結果、ブッシュ大統領の力が弱体化すれば、彼がイラクで堤防を維持する能力もそれだけ弱まるでしょう。
イラク国内の状況については、私は絶望的だと言うつもりはありません。しかし、あまり楽観的になることは困難です。過去数か月にわたり進行中の憲法制定過程は、イラクの歴史でまったく前例のないものです。アラブ世界の現代史を通じて初めて、アラブ国家の国民が水平的な対話をすることを許され、求められているのです。上から下への独白に対して、水平的な対話です。全く前例のないことです。
そしてイラク人は自分たち自身の社会契約を作り出そうと試みているところなのです。彼らがこれまでに作り出した憲法草案は悪いものではありません。しかし完全でもありません。イラク社会における内戦を防止する堤防の役目をするには不十分です。
本当の問題はこうです。近い将来、すなわちこれから3カ月のうちに、イラク人――、スンニ派、シーア派、クルド人――は、善意のスンニ派をこの社会契約に取り込めるかどうかです。敵意に満ちたスンニ派もたくさんいます。しかし私は、スンニ派の大半は善意ある人々だと思っています。
そして彼らにとっての問題は、連邦主義の問題です。問題は、この憲法草案に打ち出された連邦主義はイラクの分裂と党派化を促進するような連邦主義なのか、それとも高度の文化的、宗教的自治を許すが、イラクの一体性と中心を維持するような連邦主義なのか、ということなのです。
私は、近いうちに、こうした問への答えが出てくるだろうと思います。そして、その答えはイラクのもっと大きな問題に対する答えになるでしょう。すなわちイラクにとっての必要事、それはアラブのイスラム世界の政治的、経済的変質ということですが、その必要事は果たしてイラクで可能なのか、ということです。それとも、その必要事はイラクでは不可能なのでしょうか。そしてこの問に対する答えは、アメリカの中東における立場、イラクにおける立場、そしてアジアに至るまでの立場を決定することになると考えます。
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