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朝日新聞シンポジウム「世界が見るアジア――著名コラムニスト鼎談」
前半:討論2 (中国など)―1

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船橋洋一氏

船橋 中国の力を過大評価してはいけない。それから、中国の内政問題、特に政治とか社会などの問題を過小評価してはいけない。同時に、中国が対外的に影響力、パワー・プロジェクションといいますか、力を投影しようとしても、そこはアメリカとの関係でチェックされてしまう。一部にある「中国はこのままどんどん台頭をする」ということではないのではないか、という懐疑的な見方を示されたので、中国の将来、パワーがどうかというところをもう少し光を当ててみたいと思います。それでは、アメリカは中国とどういう関係をつくろうとしているのか。

 最近、中国の国有石油会社が、アメリカのユノカルという石油資本を買収しようとしたところ、アメリカの議会は、これに反対する決議、下院は358対19だったですか、忘れましたけれども、圧倒的に多数で反対されました。その理由は、国家安全保障上、懸念があるというんですが、専門家に言わせると、国家安全保障上の問題なんてほとんどないということなんですね。

 にもかかわらず、中国脅威論のようなものがひとり歩きする。ウォール街とかアメリカの大企業は、やはり中国の労働力、安い労働力だけでなくて、先ほど、フリードマンさんがおっしゃったような知的な労働者、労働力も含めて必要だと。中国との関係はさらに強化しなきゃいけない。中国はさらに豊かになって、台頭してもらって十分結構ということかもしれませんけれども、ペンタゴンであるとか、そういうところは、やはり中国の経済力がいずれは軍事力に向かうと。そのときに、アメリカを東アジアから追い出そうとするんじゃないかという非常な疑いを持っていますね。ですから、アメリカの中でも一様ではないと思うんです。

 かつてのソ連であれば、経済界のほうが、何とかソ連との関係をもっとよくしようというのはなかったと思いますね。だから、コンテインメント、封じ込めでやってしまえと。ある意味で成功したとも思いますけれども、中国の場合は多分、そういうコンテインメント、封じ込めは効かないですよね。これだけ経済がグローバリゼーションの中で、我々のビジネスであるとか雇用と深くかかわってしまってきている。ギャップが大きい。

 それでは、中国、どういうふうに位置づけて、アジアとの関係の中で、中国をどういうふうに位置づけようとしているのか。ファフさんとフリードマンさんそれぞれにうかがってみたいと思うんですね。ファフさんのほうからお願いします。

 ファフ 大きな問題ですね。中国に投資しているアメリカの企業が中国の繁栄を願う一方で、アメリカの安全保障の関係者たちは中国の力を懸念していると言われましたが、それは、今日のアメリカの立場の矛盾を突いているわけです。この矛盾は、社会の様々な部門の利害やイデオロギー傾向に根ざすものです。そして明らかに、中国に投資している企業の一部は、製造や生産面での利点のためだけでなく、中国市場の存在があるから投資しているのです。この中国の市場についての西側諸国の考えというのは不思議な現象です。

 これはずっと昔からのことで、20世紀は勿論、19世紀にまで遡れます。アメリカ人は中国を見て、10億人近くの人間がいる、彼らがみなミシンを買いたいと思ったらどうだろうか、と考える。そこでミシン製造業界はこの中国市場のことで頭がいっぱいになる。19世紀について類似の現象をさがすと、アメリカのプロテスタント宣教師たちがいます。彼らは19世紀のごく初期のころから中国に行き、キリスト教を通して10億近くの魂を救済しよう、アメリカ人の考える邪教から中国の人々を救おうとしたのです。

 このように非常に多くの人がかなり昔から中国救済の事業に身を投じてきました。そうした中でビジネスマンはだいたい失敗しましたが、宣教師は生き残り、少なくとも共産主義が中国に来るまでは有利な立場にありました。彼らの次の世代、子供たちの世代からは、優秀な中国専門家、極東地域専門家が輩出しています。そしてこの何十年かは中国が再び門戸を開いたため、西側企業がまたもや中国に進出し、その一つはフォルクスワーゲン社だったと思いますが、市場に足場を作ろうとしました。しかし彼らは金を儲けることはできませんでした。市場で利益を得ることはできなかったのです。

 先日私はゼネラル・モーターズ、現在非常に困難な状況に陥っているあの会社ですが、この企業について驚くべき話を聞きました。ゼネラル・モーターズでは、傘下の多く地域投資事業の中で中国事業部門だけが大きな成功を収めました。中国事業が成功した理由は、これが現地中国の小規模な自動車製造業者たちとの合弁事業だったからです。そしてこの合弁事業には、アメリカ人の役員が送り込まれてきました。彼は1年2年と周囲を観察し、人々が自転車にかわって自動車を持てるところまできた、と判断したのです。

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 そこで彼は非常に原始的な自動車を設計しました。ちょうどフォードのT型モデルやフランスのシトロエンの2CVのように、農民のために作ったもので、収穫品や家畜を後ろに乗せて運べる2座席の車で、安価に走らせることができる。これはスピードも出ないし、それほど馬力もありませんが、よく売れて、ゼネラル・モーターズに大金をもたらしてくれました。

 ところがこの役員は最近首を切られてしまいました。なぜならデトロイトのゼネラル・モーターズ経営陣は、中国で作られているようなああいう車をわれわれのところで製造しているとはとは思われたくない、ゼネラル・モーターズにはふさわしくない、というのです。このように、中国市場で儲けることについては多くの非効率があるわけです。もっとも私は中国でビジネス活動をするということは、製造のアウトソーシングよりももっとビジネスの動機に関わることだと思っています。つまり遠い田舎に住む中国人たちまでがみなミシンやら冷蔵庫やらさらには自動車まで買い始めたこの時期に中国にいたい、ということなのです。

 次に安全保障の問題ですが、アメリカの政策エリートたちは、常に安全保障とかアメリカの優越性への挑戦の観点から考えるというところがあります。あるいはアメリカの基本的安全の観点から考えます。そして中国は彼らにとっても強迫観念だったのです。だからこそ第2次世界大戦が終わった時に、アメリカは中国の共産主義のことをあれほど心配したわけです。

 中国は、アメリカの同盟者である蒋介石に率いられた、民主国家となる可能性を秘めた国だ、とわれわれは言い聞かされてきました。それなのに中国は毛沢東の下で共産主義独裁国家になってしまった。ということは、10億近くの人々がいるわけですから、アメリカにとって非常に大きな潜在的脅威となったということです。

 1950年代には、怯えた市民たちのグループが、中国軍はすでにメキシコまで来ており、今にもアメリカに侵攻しようとしている、という噂を広げました。これは朝鮮戦争のとき、朝鮮戦争が終わってからそれほどたっていないときです。

 当時は中国軍の兵士の数の多さを見て、中国の潜在的軍事力に強迫観念を持ったわけです。そして輸送機関があまりないのに、兵士をどうやってある場所から別の場所に移動させるか、といったことには気が回らなかったのです。もちろん、彼らがカヌーに乗って太平洋を横断し、メキシコまで来るわけはありません。その後中国が通常の軍事力を増強し、そしてもちろん、核大国になってくると、この強迫観念は新たな形をとって、中国はアメリカの次の大いなる敵だ、というビジョンに結実したのです。中国は、グローバルな超大国としてアメリカに挑戦する国になったのです。

 ワシントンの保守派のシンクタンクなどには、今、手遅れになる前に、中国をやっつけるべきだという人々もいます。われわれは未来を予見することはできませんが、しかし私は先ほど申し上げた慰めの言葉を繰り返したいと思います。中国は歴史的に見て、世界を支配したいという情熱は持ってこなかったように思います。中国が持っているのは自分の地域の中で最大の役割を果たしたいという欲望です。

 しかしアメリカを攻撃したいとか、ヨーロッパを所有したいという動機は持っていないように思います。それに実際のところ、もし中国がアメリカやヨーロッパを支配下に置いたとしてどうするのでしょうか。私は、中国は知的にも、概念的にも、そして伝統的にも、中華文明の範囲内に制約されているように思います。さて、これはあなた方日本にとっては問題です。しかし私にとっては問題ではないし、ワシントンにとっても問題ではありません。日本はこれにどう対処していくのでしょうか。

 私にここにはある種の常識、つまり、北東アジアには人々が戦争をしたいと思うような重大な問題はないと思います。住む場所がなくてそれを求めるあまり、隣国を併合しなければならないなどという者は誰もいません。確かに中国は周辺の諸社会を併合してきました。チベットとか南の辺境地域とかですが、しかしこれらは、その根拠は非常に薄弱だとは言え、中国が領有権を主張してきた地域です。また中国は朝鮮に非常に大きな関心をもっています。

 朝鮮は、とぎれとぎれにではありますが、何世紀にも渡って中国の支配下に置かれたため、朝鮮の人々の間には根深い不安が生み出されました。これが、表立っては語られませんが、北朝鮮が核爆弾を持ちたがる理由の一つなのです。しかし北アジアで生じる対立とか競争の問題は、一定量の常識によって緩和することができると私には思えます。

 それに比べて、第2次世界大戦前のヨーロッパについては、そうとは言えません。そこには、ドイツはその人口に対して領土が小さすぎるからリヒテンシュタインを持つべきだとか、イギリスの独占的制海権を打破しなければドイツはイギリスによって窒息させられてしまうなど、一連のドクトリンがあって、真剣に受け止められていました。

 また東ヨーロッパ全域に、ベルサイユ条約の名残で、何十万人規模の民族が別の国の中に恣意的に統合されてしまっている、という状況がありました。こうした民族自身は元の国に戻りたい。ところが彼らを獲得した方の国は自国の新たな自発的市民になるよう強制してくる。従って20世紀の最初の40年間の出来事は、致命的な反目や野心をヨーロッパの中に残したのです。

 ところが北アジアについては、私はこういう事態が存在するという印象は持っていません。もちろん、中国には民族的紛争があります。インドも、特に周縁地域で民族紛争、特に諸部族ともめています。カシミールでは深刻な国境紛争があって、パキスタンとインドの間ではリアル・ポリティックと、感情、民族、宗教問題が絡んで何度か戦争が起きています。

 しかしそれ以外は、アジアでは、私の見解が正しいことを願いますが、相対的に平安な未来があると、少なくとも予見できる範囲では思います。そういう状況があるべきだし、そうした状況を保つことができるはずです。


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