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朝日新聞シンポジウム「世界が見るアジア――著名コラムニスト鼎談」
後半:討論3 (朝鮮半島など)―3

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船橋洋一氏

船橋 東西ドイツの統一の過程といいますか、要因ですが、ポーランドの場合は社会の中から相当大きく体制変革の動きというのは出て、それが外部要因、つまりペレストロイカとかグラスノスチとか、ゴルバチョフ後の新思考外交とつながったところがあると思いますね。

 東ドイツそのものは、そういう下からのボトムアップの自由を求める動きといいますか、ドイツと統一していくと。どの程度、実はベルリンの壁の発生するあたりまで熟してきていたのか。北朝鮮を国際社会の中に、世界経済の中に、国際貿易の中に北朝鮮も入れて、先ほどのデルセオリーじゃないですけれども、経済のほうから体制も少しずつほぐしていこうという、そういう考え方、アプローチの仕方だと思います。

 その際に、受け皿がなかればできませんよね。いくら、こちらがそう思っていても。今の北朝鮮にそれがあるとはとても思えませんけれども、東ドイツの場合はどうだったのでしょうか。

ファフ 東ドイツは他のワルシャワ条約諸国とは違っていました。というのは、プロパガンダの成功もあって、政権へのかなり広い支持があったからです。東独の人々の多くは、ドイツの過去、ナチの過去、は主として西独が負っていると信じています。ここで逸話をお話ししましょう。

 私は東西交流の正式な米国の一員として、1980年代の後半だったと思いますが、東ドイツへ2度行きました。そのときはアメリカの学者とジャーナリスト1名ずつで、われわれは優秀な東独政権の職員たちに案内されて大学、教育省などを訪問してまわりました。その中には、若い人や、心を開いてくれる人、また西側に住んでいた人や西側に旅行をしたことのある人などがいました。

 訪問の最後の夜、ワイン飲み放題の宴会があり、参加者たちはプロパガンダをもて遊ぶより互いに語り合いました。そのうちのひとり、明らかに成功の道を歩いているような若い党員が私に言いました。

 「われわれは西ドイツや米国の人々のようには暮らしていないことを私はよく知っています。しかし、私は東ドイツで子どもを育てているのを喜んでいます。なぜなら、ここにはモラルがあるからです、公共サービスへの信頼があり、富の分配があって、ほとんど無料です。平等があり、無料の医療サービスや教育などもあります。そして、私にはこれらの利点は、貧者が踏みにじられ富める者だけが成功する西独やアメリカの節操のない大見得を張った資本主義より優れているように思えます」。

 私はこう言いました。「それはそれとして、なぜあなたは、あなたの言う価値について、西ドイツやアメリカと比較するのですか。どうして、オランダについて話をしないのですか。東ドイツと同じような利点を持つ社会について、オランダと比較したり、またスウェーデンと比較しないのですか」と。

 すると、彼はこう言いました。「でも、スウェーデンやオランダは、われわれよりずっと貧しいですからね」。それがあまりにばかげていたので、私は彼が確信を持ってそんなことを言ったとはとても信じられませんでした。

 東ドイツは西ドイツに対抗するために何かを我慢するという考えがありました。その結果、ポーランドのような反体制派が存在しなかったのです。ポーランドや、またハンガリーで1956年の動乱を鎮定した宗教的反体制派のような存在もありませんでした。チェコでは1968年に動乱がありましたが、東ドイツは違っていました。

 さて、北朝鮮ですが、反体制派はいるでしょうか。いるかも知れませんが、どんな形でも自分たちの考え発言するとは思われません。つまり北朝鮮では、自らを主張することは致命的な行為なのでしょう。ですから、東ドイツと同様、北朝鮮には、韓国では狂ったような資本主義や人間の人間からの搾取、残虐な行為などが起こっており、ファシスト米国に指図されている、という考え方があると信じるに足る根拠があると思われます。

 そこで、再統一については、両ドイツの再統一や韓国の提案に対してそれへの逆提案、知的なまたは政治的な反応もありません。もし、統一が実現したら、恐らく二つのドイツの再統一のときと同じようなショックが生じるでしょう。それ、は双方の経済格差のため、さらに大きな規模のショックとなるでしょう。

 しかし、この問題のカギは前に述べたように中国です。東ドイツの場合、ゴルバチョフまで10年、ペレストロイカやグラスノスチに10年という年月があり、ソ連共産党は革新体制へと変容し、または変容しようと努めていました。円卓会議でロシアはポーランドに二大政党制が実現するのを黙認しました。

 当時ルーマニアでは、ゴルバチョフは古参党員に費用のいかんにかかわらずソフトランディングさせるよう頼んでいました。私は当時ルーマニアにいて二人を知っていました。その役割についてロシア大使館の保護が保証されていると私は彼に伝えましたが、その役割というのはリベラルな西洋式政権を成立させることではなく、ゴルバチョフがロシア内部にもたらそうとしたもの、いわば、党の自由化だったのです。もちろんゴルバチョフは、ロシアを政治的に西欧化させようとしていたのではなかったのです。

 彼は党綱領を真剣に受け止め、責任ある行動をとる遵法的な共産党が生き延びることができるのだと言っていました。しかし、もちろん、それは共産党が生き延びるのには遅すました。そのとき事態はすべてあまりにも先へ進んでいたのです。

 朝鮮問題では、中国が統一のカギを握っています。しかしすでにイラクで見たように、韓国の戦車を歓迎する北朝鮮の人々が町中を踊り歩くようなものになるとは、だれも思うべきではありません。


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