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脱デフレ

―新たな社会・経済システムを求めて



【冒頭発言 田中康夫氏】 「生活や産業の構造変え、高品質社会を」

 小此木 ありがとうございました。広範な問題のご指摘をいただいたわけですが、コーディネーターがいらないぐらい次の田中康夫さんに対する質問も含まれていたかと思います。

 きょうは、この会場の申し込みに2000人を超える人たちの応募があったと聞いております。

 大変若い人たちの参加もこの種のシンポジウムにしては多いわけですが、田中さんの話を聞きにやってきた人もその中には多いのではないかと勝手に推測しております。長野の改革がまさに財政危機を克服するために公共事業を減らしながら、そして、ただ減らすだけではなくて、雇用創出に焦点を当てたというところで、ぜひ田中さんに、最近、ヨーロッパ、台湾にも旅行されて戻っていらっしゃったわけですが、そういう国際比較論にも立ったお話をお願いできると思いますので、よろしくお願いいたします。

 田中 自由民主党と読売新聞からすると、最も早く病気になってほしいと思われているに違いない田中康夫といいます。

 先ほど竹中さんが、デフレを喜ぶのはごくごく一般的な主婦だというようなことをおっしゃったと思うんですね。

 ●「プロ」の演繹法をリセットする必要

 私も、どうもそうしてみますと、今のデフレがそんなに悪いのかと思っている人でございまして、ただ、今まで、では「プロフェッショナル」と呼ばれる政治家や経済人と経済学者、がいらっしゃるので困ってしまうのでございますが、「プロフェッショナル」と呼ばれている人たちが行ってきたことが700兆円の借金を抱えるという世の中になってしまったわけでございまして、といたしますと、それをもう一度リセットしなければいけないのではないかということです。

 私が職員によく語っていることは、今までの「演繹法」と呼ばれるもの、これは知識と経験を持った人がその知識と経験に基づいて敷衍的なものを生み出すことができる、これが「演繹法」だと言われていたわけですね。

 でも、私は、この演繹法というもの自体が壁に当たっているのではないかということです。

 つまりこれは、役人の世界だけでなく日本全体が、これはこのような法律があるからできない、あるいは役人は、今まで前例がないからできない、と言っているでしょうけれども、こういう規制があるからできないとか、あるいは、他社がやっていないからできないとか、つまり知識と経験のある人のほうが袋小路に入っていくような物事を考えていたということです。

 そして、なぜ、ではその「主婦」と呼ばれる人たち、ある意味で言うと私が申し上げている「ウルトラ無党派」のそうした方々に私は支持をされ続けているのだと思いますけれども、こうした方々はよい意味で教養を超越しているということです。

 教養を超越している人は、まさに80年代のような軽薄・短小の時代の「皮膚感覚」というような言葉ではなくて、私たちの社会があるべき姿というものを教養を超越した場所において私たちは希望として抱くということです。

 そして、その社会が、もし提示されているものが、人々が提示しようとしているものが私たちにとってより望ましい社会であるとするならば、まさにそれに対して知識や経験を持つ者が帰納法として今の時点からどのようにブレークスルーをしていくかを考えねばならないということです。

 その意味で言うと、私はデフレを脱却するためにインフレ・ターゲットだとか円安誘導だとか、あるいは従来の公共事業だとかおっしゃる方がいますけれども、このいずれも、私はあまり意味がないのではないかと思うわけです。

 つまり700兆円も借金を抱えている国で政策的にインフレを起こすなどということは、これはハイパーインフレを起こすことはできるでしょうけれども、ターゲットなどということを設けると、アメリカのようにまさに数字に基づいてハイテクの社会で戦争ができると勘違いしていた人たちがまさに滅びていく社会なわけですね。

 後でお話ができると思いますけれども、私はやはり今回の戦争は、日本とアメリカだけが「自由」と「民主」と──日本には「自由民主党」という言葉があるように、「自由」と「民主」とは、これは相反することでございまして、「自由」とは、まさにゲーテの時代にはお金持ちだけがパスポートなしでもフランクフルトから北イタリアまで女性を探しに、恋愛を探しに行けたのかもしれませんけれども、それがヨーロッパという1つの東京ドームのような大きな場所に一たん許された者は、そこでパスポートを見せずとも、極めて安価な値段で自由に行き来ができる、ボーダーレスになるということです。

 けれども、一方で「民主」ということは、これはボーダー・コンシャスになるということです。つまり、フランスのような国がラ・マルセイエーズの歌のもとでは1つに集うことがあっても、ブルターニュに行けば石の建物であり、アルザスに行けば木の建物であり、そしてコート・ダジュールに行けば黄色いしっくい壁の建物であると。言葉遣いも違えば、食べ物の種類も違うと。まさにこれはボーダー・コンシャスだということです。これが「民主」ということです。

 日本は、戦後、みな2×4のアルミサッシの家になることが統一化であると、均一化であると思われてきたわけですけれども、そうではなくて、EUが、今、果てしなく実験をし続けようとしていることは、それぞれの「民主」というもの、それは分権であり、各地方の「コモンズ」と呼ばれる自治の活性化であります。そして、そのもとにおいて全体がボーダーレスである「自由」ということです。

 日本とアメリカだけがなぜか「自由」と「民主」、アメリカの小さな町に行くと、先住民族とバッファローを殺した歴史が「自由と民主の歴史」と書いてあるわけですから、「自由」と「民主」は本来よい意味でアウフヘーベンをする努力をしなければいけないのに、最初から「自由」と「民主」が同じであると勘違いしている人たちの新しい敗北の始まりだと私は思っていますけれども、円安誘導というものも、まさにこれは1997年に行った円安誘導が非常に対日批判になったわけで、現実的ではありませんし、また、公共事業と呼ばれるものも、これはお手元にお配りいたしましたように、事業費1億円で雇用できる労働者人数がございます。例えば下水道をつくったり道路をつくったりすることは1億円で1200人日。1人が1日働くと1人日であります。

 これに対して、例えば間伐に関して言いますと、5300人日であります。あるいは造林は4100人日であります。

 私は今、非常に、なぜ日本において市町村合併というようなものに関して反発をしているかというと、これは98年の参議院選挙で自由民主党は都市部において壊滅状態になるわけです。そのときに、自由民主党は、自由民主党というのは田舎にお金をばらまく政党であって、これは納税者に立脚していないと勘違いしたのですね。

 私は、公共事業がいけないと言っているのではありません。公共事業のあり方を変えなくては私たちの社会は次なる社会に向かえないということです。

 「脱ダム宣言」は、環境の問題を申し上げたのではありません。巨大なダムをつくるということは、戦後、森林が荒れているときにおいて、あるいはさまざまな風力発電をはじめとした電力の新たな場所というものが求められない時代において、例えば1970年代の初頭までに必要なダムというものはつくられているかもしれません。

 現在、例えばダムをつくるということは巨大なお金が地元に潤う、と長野県議会の、今は統一地方選を控えて大変おとなしく分別のある方々になられている方々がおっしゃられた。ダムをつくらないと長野県の財政は破綻すると言われておりました。

 数百億円あるいは数千億円をかけてつくられるダムの費用の約8割は、3社で組まれるジョイント・ベンチャー、ゼネラル・コンストラクターの上位2社は例外なく大阪や東京に本社がある会社ですから、8割のお金は長野県以外の会社に還流されていくということです。

 他方で、長野県において県営のダムをつくる場合においては、長野県民が起債もしくは税金によって負担をせねばならないのは3割に上るということです。

 つまりは、1割近くの金額は──長野県は1兆6600億円という巨額の借金を抱えていて、1日の利息の返済だけで1億3000万円です。平成15年度は1億2000万円に多少減りますが、その長野県がさらにゼネコンに対してボランティア募金をするということであります。

 私は、阪神・淡路大震災でボランティア活動に似たようなことはしましたが、まだ人間ができていないので、このような厳しい財源の長野県がゼネコンに対してお金を差し上げるというようなほど人間がまだ大人になっていないということです。

 話を戻しますと、例えば長野県は森林整備の予算を、私が就任してから約2倍近くに増やしました。長野県は全体の県土の8割が森林ですので、林務部という部があります。いまだにこの林務部の予算の森林整備の予算は、わずか3割に過ぎません。残りの7割は何かというと、これは公共治山と呼ばれる谷止工と言われる谷にコンクリートを打ち込んでいくなどの公共事業なのです。

 この公共事業は、地元に還元されるわけではありません。むしろ東京や大阪のコンクリート会社、そして東京や大阪のゼネラル・コンストラクターにお金は還流されていくということです。

 ならば、スイスに見られるように山間に住んでいる人に、山間に人が住まなくなれば、これは山が荒れ、川が荒れ、空気が荒れるだけでなくて、人心も荒れるということです。

 私たちは、中山間地域に対しての所得保障というもののあり方を変えなくてはいけないということです。

 つまりは、山の手入れをしてくれるようなお年を召した人に対して、スイスと同じように所得保障を150万円なり200万円なりしたほうがはるかに少ない金額により、はるかに確実な雇用の場が確保され、はるかに過疎化や荒廃は免れるということです。

 「脱ダム宣言」が言っていることも、巨額なダムをつくって東京や大阪にお金が戻っていく、そして、ゼネコンにお金が戻ることも、その人たちが、大阪の北の新地や東京の銀座で豪遊してくれれば、ある意味ではこれは新しい地場経済での循環かもしれませんが、これらのお金は、ゼネコン同様に公的資金を入れながらゼネコンの役員とは違って一人として役員がやめていない都市銀行の維持をするために都市銀行が巻き上げていくわけですから、つまりダムをつくり続ける、公共事業をするということは、忌むべき存在と皆さんも思っていらっしゃるであろう都市銀行へのボランティア募金であるということです。

 この構造を私は変えなければいけないということを申し上げてきたわけです。

 その意味で言いますと、今の合併のところに戻ります、つまり谷止工をつくるようなこと、あるいは巨大なダムをつくるようなことをしているから都市で票が入らなくなったと勘違いした自由民主党は、98年の前後にいわゆる公共事業のなかなかできないものを300カ所近く中止の勧告をいたします。

 これに対して、機を一にして「都市基盤整備」という言葉を言ってきます。でも、この都市基盤整備とは、地方において用いていたコンクリートを、まさに阿佐ヶ谷と高円寺と西荻窪の駅前が同じように見えてしまうようなコンクリートの整備ということです。これは、満員電車に揺られている中央線の人々にとっての福音とはならない都市基盤整備であるということです。

 もし仮に都市基盤整備をするとするならば、上海の新空港と市中心部がリニア新幹線で結ばれているように、東京駅と成田と羽田の間を20分でリニア新幹線を地下で結ぶほうがはるかに、私たちの──私は「国」とか「国家」という言葉は使いませんが、私たちの社会にとって望ましき公共投資であるということです。

 私たちは、創るべきものとあるいは逆に残すべきものというものを大きく勘違いをしているということです。

 これは錢高組の社長の錢高一善さんという方が私はすばらしことをおっしゃっていると思うんですが、産業再生機構というもの、例えば宇宙産業であったり、自動車産業であったり、鉄鋼産業、こうしたものは私たちの社会の中において非常に影響があるし、あるいは、これは国策というような言葉ではなくて、私たちがある意味では支えなければいけない産業だと。けれども、ゼネラル・コンストラクターというものは、もう膨大な数がある。そのリングの上で倒れてしまった人をICUに連れていって蘇生をして、心臓移植までして、自力で「長距離ランナーの孤独」としてお水を飲んでいるだけで、闘っていた同じゼネコンの人と同じリングに上げて闘わせることがフェアなのかということです。

 そして、ある意味では京都の中京区に見られるようなところが膨大な数の就職産業から転換した会社による巨大なマンションができていってしまうということです。

 つまり、私たちの社会は創るべきものと残すべきものを大きく勘違いしていると思います。

 今、先ほどの合併の話になりますと、都市基盤整備ということを言い出す。 他方で、自分たちの本来の集票田であったはずの田舎に対しては、合併をすれば20兆円というお金を合併特例債という形で差し上げると言っている。

 起債というものは箱物をつくること以外原則認められていません。長野県が仮に森林整備のための起債をするという場合においても、これは純粋な意味で環境整備というものには用いられないということです。

 そして、もう1点申し上げると、皆さんが例えばローンを組んでいるとするならば、通常は、少しお金がたまったならば、まとめて返して利率を下げて再ローンを組み直すことができます。

 自治体はそれはありません。起債を組んだ段階での利率を規則正しく返していくということです。

 これは決して規則正しいわけではなくて、合併をして、そこで、例えば静岡市の場合には、450億円という起債が組まれて、公共事業が行われる。合併に伴って、全体で3000億円という公共事業が静岡市と清水市の合併に対して行われる。果たして一体それはどこに行われていくのかということです。私たちは、もっとソフトな部分にお金を使わなくてはいけないということです。

 各ゼネコンに、今、市町村合併のためのプロジェクトチームができているのは、まさに700兆円の、あるいは100兆円の財政出動の失敗というものを全く私たちがそこから学んでいないということではないかと思うのです。

 長野県が行おうとしていることは、労働集約型産業と知識集約型産業が集積した、まさに「脱物質主義」の産業にしていこうということです。

 私がもともと長野県で選ばれたのも、昔は長野県は東京から最も遠い県庁所在地でした。3時間半、長野までかかったわけです。四国や九州も2時間で県庁所在地まで飛行機で行くことができます。

 今、新幹線ができて、長野県は長野市まで1時間半で来られるようになった。 その結果どういうことが起きたかというと、実はビジネスの人たちも皆、長野市に泊まらないで帰るようになってしまった。2時間半くらい東京からかかる松本市の場合には、ビジネスホテルは逆にとても稼働率は高いわけです。

 そして、観光の人たちも、長野県は黙っていてもお客様が来てくれたので、わざわざ日本海から2日おくれのお刺身を持ってくるようなサービスをしていたので、長野県に観光に来る方もみんな群馬県の草津温泉に泊まって、バスで志賀高原を越えて、善光寺をごらんになって、そのまま東京に夕方お帰りになってしまう。

 最近は、拝観料無料なのでガラス張りの知事室にもお寄りになって、県民の税金で、有名になりました名刺を1枚おとりになられてお帰りになるという方もいますけれども、いずれにしても、私たちの社会は物質的に豊かになったら、逆に空洞化してしまったということです。

 オリンピックを行うために「失われた10年」の間に長野県は、逆に公共事業費が最大時でバブル時代の約2倍、県単独事業費で約3倍という金額を用いました。

 けれども、その結果が空洞化になり、まさに巨額の起債残高を抱えているということです。

 ●福祉・医療、教育、環境に傾注投資

 その中で長野県は福祉・医療、教育、環境というこの3つの分野に対して傾注投資をしていくということを考えているわけです。

 このあたりは、後でお話をしたほうがよろしいでしょうか。

 小此木 そうですね、もう2分ぐらい続けて、そこまで説明していただけますか。

 田中 それはどういうことかといいますと、長野県はスウェーデン型の社会を目指すということです。ただ、単純に比較しますと、スウェーデンの場合と日本は税率が違いますから、スウェーデンのような福祉という形は難しいかもしれません。

 ただ、1つ申し上げられるのは、福祉・教育あるいは環境ということは、これは人が人のお世話をしてはじめて成り立つ産業であるということです。

 今までの重厚長大の時代の石炭産業のような労働集約型とは違う形の労働集約の産業にしていくということであります。

 これは、「宅幼老所」というものを長野県は設けていきます。長野県には約300近い小学校があります。小学校の学区の単位というものが私は人の顔が見えるコモンズという社会だと思っています。ここに宅幼老所を設けていくわけです。

 これは何かというと、長野県はご存じのように男性は長寿1位で、女性が3位であります。そして、老人の医療費は、全国で最も低い県であります。そしてまた、在宅で亡くなる方の率が最も高い。

 PPKといいますが、前日まで野良作業をしていたおばあちゃんが翌日になるとピンピンコロリといって、ご自宅のお布団の上で亡くなる。でも、これは本来望むべき姿なわけですね。

 これは、立派な特養ホームをつくったりするということではなくて、家の近くに農家や商店街のしもた屋を改造して、10人から15人の人たちが集えるような宅幼老所を設けていくということです。

 そして、幼とは幼児でありまして、長野県は女性が働いている率が最も高く、高齢者が働いている率も最も高い県です。ですから、ゼロ歳児から小学校に入るくらいまでの子供、保育園に入る前の子供たちをこの老人たちが集っている農家のしもた屋等を改装した場所で子供たちも一緒に預かるということです。

 これは、老人と子供はある意味では人生のスピードが一緒ですから、老人も子供と一緒にお昼ご飯を食べてお昼寝をすることによって、逆に元気づけられていくということです。

 私は知事になったときに立派なデイセンターに行きますと──長野県は今年度から30人学級を1年生に導入しまして、4月からは3年生まで導入いたします。そして、4年生から6年生に関しても、市町村が費用を負担するという部分に関しては、30人学級を導入していくわけですけれども、これもまた1つの雇用であります。同時に教員の資質も高めなくてはいけませんけれども──子供が30人学級なのに、日本の福祉とは、老人たちはデイセンターの立派なコンクリートの建物に入ると、30人どころか40人、50人一緒にいるわけですね。家で畳で寝ているのに、バスに揺られて行きますと、立派なコンクリートの建物の中でいすに座らせられるわけでして、夕方になると、また自宅に戻ってきて畳の生活になるわけで、毎日遠足に行っているようなものであります。

 子供は遠足の前には興奮して鼻血を出しますけれども、長野県の老人は慎み深いので、鼻血も出さずに心の中にたまっていっていたわけです。ですから、これをもっと分散型の宅幼老所にするということです。

 これは、障害者に関しても、グループホーム化を進めていくということです。あるいは、先ほど申し上げたような森林の整備は雇用にもなるということです。そして、30人規模の学級にもしていくということです。

 長野県は、もうすでに平成14年も終わり、ですから新年度から平成18年度まで、あと残り4年間です。この中で、公共事業費を段階的に40%削減します。そして、県単独の事業費を50%削減します。

 実際には、養護学校等の改築を、木造化で行いますので、全体の投資的経費の総額は30%の削減です。

 つまり、私が繰り返し申し上げているのは、日本では国土交通省とそして農林水産省が行うことだけが公共事業と呼ばれてきたわけです。そして、それに対して、厚生労働省も岡光某さんの時代に、それに続く第3の公共事業を担えるようにと思って特養のゴールドプラン構想を出してくるわけです。

 けれども、これは、施設は立派になるかもしれませんけれども、そこで働くきめ細かさというものはないし、雇用にもつながっていかないであろうということです。

 そして、それは、お金は単にコンクリートと──アメリカではネオコンという人たちがいますけれども、日本ではゼネコンという人たちに還流していってしまうということです。

 ですから、この形を投資的経費の用い方を、まさに21世紀型の、私はケインズが間違っているのではなくて、ケインズが言ってきた投資的な費用の場所、あるいはその形を変更していかなければいけないのではないかということです。

 平成18年度の長野県の歳出構造は、平成14年と比べますと、投資的経費はこちらに記してあるように48.2%から39.2%へと低下していきます。

 他方で、一般の行政経費のうち福祉・医療、環境、教育、そして産業、雇用と。長野県は、年間1億人お客様が来る観光業と、そして農林業と、またさらにはIT産業に象徴される製造業と、この3つが大きな柱であります。これらをさらにスティミュレートするための予算、これらの費用が全体で28.5%から36.3%くらいまでに増大をしていくという形であります。

 これは、従来の産業連関表と呼ばれるものですと、公共事業のほうが例えば生産誘発額が約10億円の投資に対して、公共事業では12億5100万円と、福祉では11億8900万円で、教育は10億6500万円なので、公共事業というカンフル剤が大変に効くと言われてきたわけです。

 でも、先ほど竹中さんがおっしゃったように、まさにカンフル剤は終わるとカンフル剤の役目すら果たさなくなってきていて、禁断症状に陥っていたということです。

 私たちは、他方でまさに漢方薬であったり、整体であったり、鍼・灸であったりを求める癒しの時代だと言いながら、経済の分野においてはいまだにカンフル剤を求め続けてきました。

 小此木 すみません、田中さん、この辺で一たん打ち切ってください。

 ●中身を変えれば意識の上でデフレ脱却

 田中 わかりました。ですから、これを国のGDPに相当します総付加価値額で換算すると、10億円投資した場合には、逆に公共事業は6億800万円に過ぎません。福祉だと6億9800万円で、教育の場合は、逆に8億5900万円となるわけです。

 長野県は、こうした点から、まさに人が人のお世話をする形の産業というものへと転換をしていくことを目指しているわけです。

 そのことによって、結果として私はそのデフレ自体が問題なのではなくて、私たちの社会がまさに少子高齢化の中においてですね、生活や産業の構造を変える、あるいは地域住民がもっと自律的に活動できるようなコモンズというものを主体にした社会にしていこうということです。

 フランスにおいては5000人以下の町が全体の9割を占めます。あのアメリカのような国ですら5000人以下の町が全体の8割を占めます。 まさに分権化とは、市町村合併という形をつくることではなくて、中身をつくり変えることのほうが意味があり、そのことが結果として日本が仮に低成長であっても高品質な社会になって、それは結果として私たちの意識の上でデフレを脱却していくことになると、そのように考えています。








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