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フォーラム「うたおう 子どもの権利」
【討論】(1)

 司会 それでは、ただいまより、フォーラムの後半に移ります。ここでは、皆様からいただきましたご意見・ご質問をできるだけたくさんご紹介してまいりたいと考えております。受付でお配りいたしました質問用紙に簡潔にご記入の上、これからしばらくいたしましたら係の者が場内を回りまして質問用紙を回収させていただきますので、どうぞお渡しいただければと思っております。

 それでは、この後の進行は、川名さんにお願いいたします。どうぞよろしくお願いいたします。

●世界の子どもたちの現状は

 川名 それでは、前半のパネリストの皆さんの発言を受けて、さらに議論を深めていきたいと思います。

 こうして、皆さんと子どもの問題を考えているこの今の瞬間にも、イラクやアフガニスタン、あるいは、アフリカの国々で命を落としている子どもたちがたくさんいるかもしれません。ちょっとそのことも考えてみたいと思います。

 世界の子どもたちのことに目を向けますと、毎年1100万人の子どもたちが、5歳の誕生日を迎えることができずに亡くなっています。それから、毎年100万人の子どもたちが、大人によって性産業に投げ込まれています。また、今現在、2億5000万人の子どもたちが児童労働に従事させられている。例えば一部の国では子どもの小さな手がカーペットを織るのにとてもいいということで、そういう産業に従事させられたりしているということが、今現在もあるわけです。

 そして、武力紛争に巻き込まれている子どもたち。戦争によって亡くなる子どもと、子どもで兵士に仕立てられる子ども、これが30万人いると言われています。様々な形で武力紛争の犠牲になっている子どもたちが後を絶ちません。

 それから、エイズ。エイズの問題は、子どもを脅かす最大の問題の1つと言っていいでしょう。今、地球上で3600万人がHIVに感染しておりますが、そのうち、1200万人が15歳から24歳の子ども、若者たちということです。

 こういうことを考えますと、私たちは自分の目の前のことしか、なかなか考えられないんですけれども、世界では子どもの人権が本当に守られているのかどうかということを考えると、命に直結するような深刻な問題がまだまだたくさんあります。

 先ほど筑紫さんが、いつも携帯して持って歩いている手帳にそれらの数字を書き込んでいるとおっしゃっていまましたけれど、この現状をどんなふうにお考えでしょう。

●4歳以下の子どもが毎日、3万人以上死んでいる

 筑紫哲也氏

 筑紫 同じことをいろんな言い換えができます。アフガニスタンとイラクの戦争が始まる前のユニセフの資料によると、この10年間に紛争で命を落とした子どもたちがおよそ200万人。この数字は戦争で死んでいった大人の兵士の死者をはるかに上回っています。つまり、戦争では、戦闘員の兵隊が死ぬよりもっと多くの子どもが死ぬということであります。

 それから、5歳になる前にこれだけの子どもたちが死んでいるということを言い換えてみますと――この数字を私は初め信じられなくて、自分が数字に弱いんで間違えじゃないかと思って問い合わせたことがありますが――毎日3万3000人以上の子どもたちが死んでいる。栄養失調や脱水症状、はしかなど、つまり予防可能な原因で、もしちゃんとした予防が行われていたならば、死なないですんだ子どもたちが、1日に何と地球上で3万人を超えて死んでいる。初め、私はこの数字を信じられませんでした。しかし、そういう数字があります。

 それから、2億5000万人の子どもが働いているということ。ここで注意すべきは、その6割はアジアの子どもたちだということです。つまり私たちの近くの国々で、子どもたちはより過酷な状況の中にいるということですね。

 非常に深刻なのは、「子ども兵」の問題。子どもの兵士というのが20世紀の後半からどんどん増えています。

 いろんな背景がありますが、1つは、前に比べて武器が軽くなったから、子どもでも運べる。もう1つ大きな理由は、大人より子どもは言うことを聞く。ですから、上官にとっては非常に従順な使いやすい兵士ということで、子どもが使われる。それから、さらに大きな原因は内戦だとかゲリラとかいう場面で子どもは――残酷な言い方ですが――大変有効なんです。つまり、敵方が警戒していない。ボスニアとかいろんなところで見られたケースですが、相手方は子どもだと思っていると、地雷を持っていてボンとやってしまう。いわば秘密兵器といいましょうか、闘う側にとっては、子どもは使いやすい兵士なんですね。そういうことで、子どもの兵士というのは20世紀の後半から世界的にずっと広がってきました。この現象はおそらくイラクでも止まらないだろうと思いますし、大変残酷な状況になってきています。

 つまり、文明というのが発達していったら、子どもは以前よりは解放されるはずだと考えてきたわけですし、私たちもそう考えがちなんですが、子どもが置かれている状況というのは決してそうでないということが一番大事なポイントだと思います。

 川名 ありがとうございます。私たちは主に日本の子どもの現状について考えるんですが、同時に、大人としてやはり世界でこういう子どもの状況があるということを知り、何かできることはないのかということを考えてみたいと思います。それがまさに、子どもの権利条約を多くの国々が批准している理由ではないかと思っています。

 イブさんは、アーチストとして、また、子どもの問題にかかわっている活動家として、様々な国にいらっしゃっています。世界の子どもたちの現状をどう見ておられるか。そして、たしか8度目の来日になると思うんですが、日本の子どもについてどんな印象を持っていらっしゃるでしょうか。

●児童労働の背後に複雑な問題

 イブ・デュテイユ氏

 デュテイユ 日本の子どもについてお話しするのは、直接話しかけるということもありませんし、ただ、街にいる子どもたちを見かけるだけですので、はっきりと明確にお答えするのは難しいと思います。ただ、眼差しが輝いていないということ、これは非常に重要だと思います。日本であろうとフランスであろうと、子どものことを聞く、子どもの問題について考えるということは、大人には絶対に必要です。

 最近、ギニアに行ってきました。子どもの権利について、あるいは、子どもの置かれている状況について、テレビを見るのと実際に現地に赴いて現状に接するのでは全く違います。ギニアの首都はコナクリですが、ここの空港からホテルに行く道のりで、貧困の問題に私たちは直面することになりました。

 もうほとんど夕方で暗闇に近かったんですが、全く照明がない。でも、いろいろ物を売っている小さな店は開いている。ビスケットを売っていたり、枕などの雑貨をいっぱい扱っている。それを売っているのは、子どもたちなのです。照明がないのでロウソクをつけているんですけれども、そのロウソクを自分が扱う商品の上に立てて、わずかでも商品が見えるようにしていました。

 ですから、ギニアの経済というのは、子どもたちの労働の上に成り立っていると言っても過言ではない。もちろん、稼ぐ金額はわずかでしょうが、それでも、その子どもの家族にとっては必要な金額なわけです。

 児童労働についていろいろと議論はしますけれども、しかし実際にこの現状を見てみると、一体この児童労働をどのように考えたらいいのか。児童労働というのはただ単に廃止しなくてはいけないということだけではないわけです。複雑な問題が背後にはある。

 私たちはいろいろな国との合意の上で、どのように対応したらいいのか真剣に考えなくてはならなりません。問題の解決を私たちの眼差しでもって考える。ほかの国の問題についても、自分たちの問題として考えていかなくてはいけない。彼らの置かれている国の事情、文化、伝統といったものを考えながら、こうした問題から脱却するにはどうしたらいいのか考える。もちろん、子どもの兵士の問題や虐待、子どもの性産業への利用など、当然、私たちが闘わなくてはならない問題であります。

 しかし、それらの現状に置かれた人たちの声を聞くということが絶対に必要です。ただ単に、人からの聞きづてではなく、現場や現状を直接見るということ。私が先ほど申し上げたBICEというカトリックの組織なども、実際に現場に行って、地域の人たちとの協議の上で、問題の深刻さを分析しています。

 汚職の問題もあると思います。子どもたちのためにギニアにはいろいろ国際的な支援が供与されています。しかし、それが子どもたちにまで届く前に、途中で大人によって横取りされてしまう。例えば、お米を子どものために送ったとしても、お米の一部が横取りされ、さらにその半分が横取りされ、子どもたちのもとに届くお米は1粒もないということもあります。

 たとえ私たちが善意でお米をギニアに送ろうとしても、途中で全部横取りされてしまう。いろいろ善意を持っている人はたくさんいるでありましょう。しかし、この問題が非常に複雑であるということを忘れてはならないのです。ですから、このような協議の場を通じて我々は深刻に考える必要があります。

 川名 私たちは、いつも目の前に見えることしか考えられないということがありますが、少し想像力を働かせ、やはり世界の子どもに目を向け、そのために何ができるのかということを考えていきたいなと思いました。

 日本は、世界で2番目に豊かな国ということになっています。ですので、寿命も一番長いですし、まず飢えるということもありません。それから、物もたくさんありますし、日本の子どもたちは多分親に何か買ってと言って、断られることはほとんどないかもしれないですね。

 そういう中に育っている日本の子どもですが、じゃあ、本当に幸せなんでしょうか。さっき筑紫さんから目が輝いていないというお話があったんですが、イブさんにもう一度、お尋ねします。日本の子どもの印象はどうですか。

●大人を必要としている子どもたち

 デュテイユ 私がびっくりしたのは、学校に通う子どもたちが制服を着ていることです。豊かな家庭の子どもなのか、貧しい家庭の子どもなのかわからない。肉体的には子どもたちは、ほとんど同じ外観をしています。ですから、子どもたち全員が同じ服装をさせられることによって、それぞれが違うということに気付く機会が失われてしまうのです。その一方で、制服があるということで、かえって違いが現れるような気もしています。

 日本の子どもたちの眼差しについては観察していませんが、物質的な豊かさと幸福は全く違った2つの概念だと思います。確かにお金は必要です。子どもたちを保護するためにも予算が必要です。しかし、金銭的な豊かさが必ずしも幸福につながるわけではありません。幾つかの国では、貧しい子どもたちも幸せな眼差しをしています。そして、豊かな国であっても、悲しい眼差しをした子どもたちがいます。大人たちがどのような視線を子どもたちに投げかけるのか。どのように耳を傾けるかということで、子どもの幸福が決まるのでしょう。

 私自身は、日本の子どもたちのがどのような子ども時代を過ごしているのか知りません。ただ、多くの人々が、日本の子どもたちの視線が変わった、そして、大人の視線が変わったとおっしゃっているのであれば、現代の生活がはっきりとした答えを私たちにもたらしてくれないのかということを示していると思うんです。

 女性は確かに自分を解放しなければなりません。女性は仕事をすることも必要ですし、仕事の中で自己実現をすることも必要です。しかし、同時に女性にとっては、母親であることも必要なのです。子どもたちは両親を必要としています。

 フランスでは現在、議論が始まっています。最近、出版された本がありますが、そのタイトルは『子どもを学校に行かせるな』。小さな子どもや幼い子どもは学校に行かせるなという題名なんです。これは本当に小さな子どもたちに関してです。私たちの村では、その考えに賛成です。私は例えば、2歳半までは、子どもが母親を必要としている。家族を必要としている。そして、特に愛情を必要としていると時期だと考えています。

 子どもの権利を考える時、子どもの義務のことがよく語られますが、小さな子ども、幼い子どもは、権利があっても義務がないということを忘れているのです。半年から1歳半の子どもには、どんな義務があるのでしょうか。子どもたちは私たちを必要としています。私たちに期待をしています。解決策を見つけてほしいと考えているのです。瞳の中に輝きを取り戻せるように、大人を必要としていると思います。


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