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フォーラム「うたおう 子どもの権利」
【質疑応答】(6)

 川名 戦後すぐ、ベビーブームの頃は一家に4人の子どもが産まれていました。それが今は一家に1.32人ですから、1つの家族の人数が6〜7人から3人を切るというような状況になっています。介護保険というのが導入されましたけれども、これは小さくなった家族だけでは、とてもじゃないけれども、介護を担えないということで社会全体で高齢者の介護を担っていこうという合意ができたということなんだと思うんですが、考えてみたら、子育ても一家に3人を切っている状況で家族だけでやれというのは無理になってきているのかなと思います。

 今、筑紫さんのお話にあった地域社会、それでは、地域全体でというふうに思いたいのですが、東京で砂粒の1つとして生きておられる重松さん。いろいろ地域のことを考えていらっしゃると思うんですが。

●地位社会に「斜めの関係」が必要

 重松清氏

 重松 砂粒の1つで、上の娘が中学校2年生で下が小学校2年生なので、虐待と家庭内暴力が同時に来ている世代の1人なんですけど、何と言えばいいんでしょうか。家庭と学校と地域社会が一体になっちゃまずいんじゃないですか。お父さんが100人いてどうするんですか。

 一体じゃなくて3方向から光を当てなければ死角は全然、減らないわけであって、地域社会の一番のメリットといったら、お父さん、お母さんの言っていることだけが正解じゃないよと教えてくれることだったし、それから、下町風に言っちゃえば「おまえのお父さん、あんなに威張っているけれども、ガキの頃はこうだったんだよ」という、昔の感覚で言うお父さんの権威というものを少し相対化してくれる場でもあった。

 それを思うと、最初にイブさんの村の紹介がVTRでありましたね。それのナレーションというか説明で「みんなの顔を知っている」というのがありました。それから「いろいろな人がいる」というのもありました。まずは必要なことはこの2つだよね。

 だから、言ってみれば、お父さんと同じ考えの人がご近所に100人いたってしょうがないわけですよ。お父さん以外の視点がなくなっちゃうわけで、あるいはお母さんと同じ視点の人が100人いてもしょうがないわけです。

 これは本当に予言しておきますけれども、僕たちの生活の中から今後どんどん減っていくものは親戚としてのおじさん、おばさんといとこ。今でも地方に行くと何とか家のいとこ会なんていったりして温泉に行ったりしていますけれども、これから少子化やひとりっ子が進んでいったら必然的におじさん、おばさん、いとこというのはなくなります。

 おじさんやおばさんって一緒に住んでいてもいいんですし、たまに会っていいんだけれども結構、斜めの関係というか、お父さん、お母さんが真っすぐ上だとすれば、ちょっと横から「いや、だからさあ」と言う冴えないおじさんやおばさんが勇気を与えてくれたりとかですね。

 だから、そのあたりを橋田壽賀子さんはうまく使っているんですけれども、それを思うと、おじさん、おばさん、いとこという身内の斜めの関係が今後つくれなくなっちゃうんであれば、より一層、地域社会での斜めの関係は意識的につくっていかなきゃいけないと思うんです。

 ただし、その時にニュータウンの弱さというのが1つだけあって、特にニュータウンは、言ってみれば、先ほど筑紫さんがおっしゃったベッドタウン、サラリーマンの町です。しかも、値段もはっきりしていますから、大体年収が同じぐらいで、世代も同じぐらい。そうなるとあんまり変化がない。

 ただ、今のお父さんたち、具体的に言っちゃえば団塊の世代のおじさん、おばさんがそろそろ定年を迎えて町に残るように、昼間のニュータウンをぶらつくようになってくれると何かが変わるかもしれない。

 しかし、その時にサラリーマンのままで「元部長です」というだけで地元に帰ってこられたら変わらない。それから、まさに港区で、筑紫さんが「筑紫哲也です」でやっていくとみんな困っちゃうので、そうじゃない姿でやってもらいたい。そういうところを考えていかないと、僕たちは逃げ道をなくしてしまうと思います、本当に。

●育児に愚痴こぼす抜け道を

 さっきの幸せの問題、育児が楽しいかという問題もそうなんだけれども、そろそろ終盤になってきて、多分、これが最後の僕の発言になるかもしれないので、皆さんにちょっとだけ元気を出して帰ってもらいたい。

 僕、思うんだけれども、俺だって育児をやるの初めてなんだよね。こっちも親をやるのは初めてなんだから悩んで当然だと思うし、大変で当然だと思うんです。

 いろいろな人の相談を受けて一番心配しているし一番悲しいのが「悩んじゃいけない。育児というのは楽しいものなんだ」ということで、「楽しくなきゃいけないのに楽しめない自分って何なんだろう」と落ち込んじゃうということが一番悪循環になっちゃうと僕は思ってます。

 育児が楽しいというのが日本では2割しかいなかった。これ、楽しくない人にとっては、自分のほうが多数派じゃん。(笑)日本人は多数派にいるほうが好きだからね。大丈夫。だから、多数派にいるんだから、安心して落ち込んで、愚痴をこぼしていいんじゃないかなと思います。

 ただし、その時には愚痴をこぼす抜け道がないとまずい。だから、その抜け道をいかにつくっていくか、これが死角をいかになくしていくかにもつながっていくと思います。

 もちろん、世界が広がっていくというのは楽しい。楽しいんだけれども、それと同時に公園デビューなんかが問題になったりして、それは結構大変かもしれない。僕は、はっきり思いますけれども、うちに8人子どもがいたら、最後の2人ぐらいは結構全うに育てられるかもしれない。孫に勝負だなと思ってますけど。(笑)

 だから、さっきも申し上げましたけど、虐待の問題と育児ノイローゼの問題というのは本当に表裏一体だと思うんです。どこかに肥大してしまった理想とか、自分というものがどんどん押しつぶしていっている状況があると思うので、何とかそれぞれのガス抜きの抜け穴をつくってほしいなと思います。

●それぞれの存在を尊重することの大切さ

 最後に僕、ここにお叱りを受けに座っていると言いましたが、子どもの権利条約を――普通のお父さん、みんなそうだと思いますけれども――あんまり読んだことがなかったし、あんまり考えてなかった。何でかって考えてみたら、連想ゲームじゃないんですけど、権利と言ったら、これに対応する言葉は何だろうって考えると義務が1つですね。

 それから、もう1つ、主張だと思ったんですね、権利を主張する。子どものくせに権利を主張するとか、何か生意気じゃないかというような感じで、どこか子どもの権利という言葉自体にちょっと鼻白んでしまうものを正直言って持ってました。

 ところが、今日、イブさんがスピーチの中で尊重なんだとおっしゃった。権利に対応するものは尊重であり、もちろん主張できない赤ん坊や幼い子どもの分は大人のほうが積極的に守っていかなきゃいけないというので、ああ、なるほど、尊重って大事だなと思いました。子どもを尊重する、あるいは悩んでいる自分を尊重する、地域社会を尊重する、一つひとつの存在を認めていくだけですごく楽になるんじゃないかなと思ってます。

 だから、密室の中の育児。もしかしたら、密室というのは現実的な問題だけじゃなくて、どこかに僕たちの中に穴をあけていない、閉じている意識がそうさせているんじゃないかと思ってます。

 地域社会、いろいろな人が集まればいいなと思ってます。いろいろな人を見つけなきゃいけない。だから、職業で言っちゃえば、みんなサラリーマンで一色に塗りつぶされてしまうんだけれども、いろいろなお父さん、それぞれの趣味があったり性格があったり、いろいろなところで自分の親とは違う大人、斜めの関係に子どもたちをたくさん出会わせてあげる。それももしかしたら大人の役目かもしれないなと思ってます。(拍手)

 川名 ありがとうございました。戸惑ったり迷ったりしている親にとっては大きな励ましの言葉です。そうですよね。大体今は、最初に抱く赤ちゃんが自分の赤ちゃんです。そういう状態で親になっていくわけですから、わからないことがあったり少々失敗したりするのは当たり前ということで。今からだったらうまくいくのになと私もまた改めて思いました。


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