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フォーラム「うたおう 子どもの権利」
【最後の一言】

 川名 それでは、長いと思っていたシンポジウムも終わりの時間が迫ってきました。今日は子どもの権利条約を考えるシンポジウムなんですが、子どもの権利条約というのは、読み替えれば大人が子どもに対してどういう義務を果たさなきゃいけないのかということでもあります。最後に一言ずつ、自分はどういう大人でありたいかということを話していただいて終わろうかなと思います。水島さん、どうぞ。

●子どもの権利、尊重できる大人に

 水島 今日はありがとうございました。子どもの権利条約の精神を踏まえて、どういう大人でありたいかというご質問です。まず1つは、子どもの権利条約というのは、当然、子どもも大人も同じく人権というものを持っているわけですけれども、子どもの権利というものを大人の権利よりも一段特別なものとしてきちんと守っていこうという考えでつくられている条約だと理解をしております。ですから、これからまたいろいろと話題になってくるとは思いますけれども、いろいろな面で大人の権利と隣にいる子どもの権利が真っ正面からぶつかるということがございます。

 今回の虐待防止法改正の中でも、ドメスティック・バイオレンスを見せられることも虐待としてきちんと盛り込むことができましたが、大人が何か言いたいことを言うということが、隣にいる子どもを傷つけるというようなことは十分あることですので、そのような時に自分の権利は権利であるかもしれないけれども、子どものためにそこはぐっと我慢をして、子どもの権利を尊重できるような大人でありたいと思っております。

 同時に、日本の子どもの目が輝いていないというのは、先ほど川名さんが大人の目も輝いていないんじゃないかとおっしゃいましたけれども、本当に私もそう思っています。

 今の日本の大人たちが幸せそうでない姿を見ていると、子どもも当然、将来に希望が持てるわけでもないわけですから「大人になることも悪くないよ」ということが子どもに伝わるような大人でいたいと思っております。今日はありがとうございました。(拍手)

 川名 重松さん、一言。

●短冊に子どものこと願える大人に

 重松 七夕の短冊に自分のことではなくて子どものことを願えるような人、それが大人だと僕は思っていますので、そういう大人になりたいなと。頑張ります。(拍手)

 川名 港区で何かしようと思っている筑紫さんもどうぞ。

●道草できる社会をつくる

 筑紫 いや、港区はつまらないので、僕は全国、ほかのところでやっていますが、ほかのところでやっていることで1つ。この間、多治見という町で全国から作文を集めたら予想外にいっぱい来たんです。テーマは何かというと「道草」なんですね。

 さっきから言っている話で、子どもにとっていい環境というのは地域社会にもっと無駄があることだと思うんです。寅さんという映画がギネスブックになって日本人が見続けたのはなぜかというと、寅さんというのは社会に何にも貢献してないですね、生産という面では。にもかかわらず、あの存在がどんなに嬉しい存在か。つまり、役に立つものばかりで、役に立たないものは全部捨てるという社会をつくってしまった結果、いろいろなことが起きている。私たちは、もっと無駄を認める、社会の中にある無駄だといいますか、ゆったりしたものを認めることが子どもにとっていいものをつくるんじゃないかと思います。

 「道草」の作文を見て驚いたんですが、重松さんがさっき親になるのも初めてとおっしゃいましたが、全部初めてなんですよ。例えば老人の知恵なんて言うけれども、僕は嘘つけと思うんですね。初めて老人になるんですからね、私だって。(笑)

 その前に経験があったわけでも何でもない。生まれてこの世に出てきた子どもにとっては、すべてのことが初めて。だから、風が吹いても珍しい、花が咲いても珍しい。つまり、大人から見れば当たり前じゃないかということが珍しいんですよ。だから、子どもは道草をする生き物なんですね。ところが、道草を、ほとんど私たちの社会は、学校のシステム、親のシステムも禁じてしまっているんですね。だから、それも虐待じゃないかと私は言いたいところです。

 七百何十遍の作文が集まりました。全部読んだわけじゃないですけれども、本当にびっくりしたのは、自分が道草をしたことによって、どんなに自分の人生にとっていろいろなものを得たか、転機になったというケースもあることです。人生の道草です。それから、ちょっと違う道に行ってしまったということで経験したものが、その後の一生を変えるとか、いろいろなものがあります。

 例えば今日ここに来る時に、ある地点からここまで来るというのは、真っすぐ来るためには地下鉄が一番速いとか、いろいろな形でお見えになっているわけですよね。そうすると、この途中の過程というのはほとんどスピードが大事であって、そこに何ら注意をそう払う暇もないじゃないですか。

 道草というのは、その間に「どうせあいつの話を聞いてもしょうがないからやめちゃおう」と途中で下りて別のところに行ってしまうとか、そういうプロセスを含んでいると思うんですね。ですから、もう少しゆとりと言うと格好いいんですが、無駄のあるといいますか、ゆったりした生き方といいますか、社会というものをつくることが実は子どもにとっていい社会になるんじゃないかなと思ってます。(拍手)

 川名 ありがとうございました。イブさんは、どういう大人でありたいと思っていらっしゃるのでしょうか。

●子どもの権利、すべての人が知っている世界に

 デュテイユ 私がなりたい大人とは、子どもになって欲しいと思うような大人なんです。私には5歳の孫がいます。よく孫にうちに遊びに来てもらうのですが、おじいちゃんになったというよりは孫のおかげで私は若くなったような気がするのです。子どもとの触れ合いを通じて、私たちは子どもの見方、つまり、新しい見方を教えてもらっていると思います。そして、そのことが私の大人としての生活を豊かにすることになります。5歳の子どもに望むことは幸せな大人になって欲しいということです。

 私たち今、コミュニケーションの世紀に生きています。インターネットをはじめ、新聞やテレビ、ラジオがあります。書物もあります。すべての知識が手の届くところにあるんです。ところが、それらを伝達し合うことが少ないように思います。コミュニケーションの内容は、私たちが思っている可能性と比べると非常に貧しいのではないでしょうか。

 結局は、一緒に語り合ったこの時間にかわるものは何もないと私は信じています。私たちは、こうやって一緒に時間を過ごすことによって知識を広めようとしました。こうやって集まった時に知識は広がっていきます。ほかの人の見解を聞くことができますし、新しい言葉やビジョン、エピソードを伺うことができます。また、異なる文化が互いに伝達し合います。そして、私たちの共通の課題に対して互いの知識や新しいビジョンを持ち寄ることができるのです。

 先ほど私のビデオについて重松さんが本当に美しい映像だとおっしゃってくださり、感激しました。しかし、偶然にそうなったのではありません。15年間の努力があったのです。15年間、村の都市計画を考え続けてきました。例えば、役場は学校のそばに置くことで、子どもたちと知り合いになりました。役場に子どもたちがやってきて話をし、私たちも子どもたちに話をすることができる。互いに知り合うことができました。

 この関係を大都市でもつくり出すべきではないでしょうか。パリでは、よく路上でパーティーを行うんです。ところが、同じ地域に住んでいるのに互い知らないということが結構あります。これも道草になるかと思いますけれども、アパートの同じ階の人と知り合いになることも必要だと思うんです。

 私が未来のために夢見ている町は、何か温かいもの、そして優しいもの、甘美なものです。つまり、それは現代の生活の逆です。メールやインターネットで会話をするのではなくて、こうやって実際に会って話すほうが重要なのです。テレビよりもこうした出会いの場のほうがいいのです。私たちの間にスクリーンを置いてはいけません。テレビのスクリーンであってもコンピューターのスクリーンであっても、それを私たちの間に置いてはいけないんです。真の交流を行い、お互いに言葉に耳を傾け合うことが重要です。私の夢見る世界は、すべての人々が子どもの権利を知っている世界です。そして、子どもの権利を尊重しないことがますます難しくなる社会を夢見ています。(拍手)

 川名 ありがとうございました。本当に長い時間、聴いていただきました。私は、子ども時代に虐待をされて育った大人の人たち何人かにお話を聞いたことがあります。その人たちがどうして虐待を生き延びて大人になることができたのかお聞きしたんですけれども、答えは共通していました。「親にはさんざんな目に遭ったけれども、ほかに思いをかけてくれる大人がいたからだ」と言っていました。たとえ親がダメでも、ほかのだれかが自分を見てくれている、気にしてくれている、そう思うと人は生きていけるということがわかりました。だから、そういう子どもに出会った時に思いをかけられる大人に近づければいいなと私は思っています。

 イブさんは愛する女性と出会って結婚したいと思った時に、その女性に子どもがありました。今、日本でさまざまな形の虐待がありますけれども、継父による虐待というのはとても深刻です。懐かないと言って子どもが亡くなってしまうまで暴力を振るうようなケースもあります。

 でも、イブさんは何年かたって、その子が本当に自分の子どものように思えた。その時の気持ちを『子供を抱いて』という歌につくっていらっしゃいます。この後、その歌を聞かせていただきます。自分の周りにいる身近な子どもの顔、あるいは見たこともないような世界の子どもたちのことを思い浮かべながら、ご一緒にその歌を聞いて、このシンポジウムを終わりたいと思います。どうもありがとうございました。(拍手)

 司会 それでは、パネリストの皆様には一端ご退場いただきまして、引き続き、イブ・デュテイユさんに歌っていただきたいと思います。(拍手)


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