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連続シンポジウム「転機の教育」第3回 「大学改革 ― 危機を抜け出せるか」

【提言】 生駒俊明氏(2)



●大学の本質を考える

 生駒 次に、大学の本質について、少しお話ししたいと思います。

 冒頭に申し上げましたように、今、大学改革というのは、外の圧力でかなり進んでおりますね。特に、国立大学の法人化というのは、行財政改革の一環として、公務員の数を減らすというようなモチベーションが働いて動いているわけですね。ここにもあります「大学の危機」ということが叫ばれる。

 ところが、大学はよく考えてみますと、1000年以上の歴史があるんですね。その間、政治体制は変わります。イデオロギーも変わります。あらゆる時代を超えて大学がずっと歴史的に存在してきた。この事実は、大学の本質というのは一体何だったのか。政治体制よりもより深いところに、存在の意義があるというふうに考えます。

 そのもとになるものは、一体なぜそういうことで大学はあらゆる体制を超えて存続してきたか。

 多分、歴史的に大学が存続しなかった時代というのは、ある国ではあったと思うんですね。私は歴史が専門ではございませんので、全部わかりませんが、例えば、毛沢東の文化大革命というのは、ご存じのように、知識人が全部農村に下放されて、肉体労働をさせられた。あそこの十数年の大学の空白というのは大変なものでございまして、その間、やはり中国は歴史的に見ても大変な損失を被ったわけですね。

 そういうのは別として、大学が長い間存続してきたというのは、やはり学問というものをつかさどる機関だったということなんですね。これは、昔は神学をはじめとする学問だったのですけれども、19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて、どうもいろいろ学問あるいは科学の知識が人間に役に立つ、経済的にも役に立つということがわかってきまして、それを技術と呼んでますけれども、学問と技術を扱う機関として存続したからだと思います。

 これは、社会的に見ると、学問を専門に扱う組織というのは大学以外にないわけでして、しかも、学問、技術というのは、やはり社会に何らかの格好で役に立ってくる。ですから、社会が大学に対して、そういうものを期待するから、いかなる政治体制も学問、技術というのを扱う組織というのは、尊重しなくてはいけない。特に、共産主義というのは、大変アカデミズムを尊重したわけですから、そういうことは社会が歴史的によく学んできたということなんです。

 それを、現代流に解釈いたしますと、やはり社会が大学に将来の価値を生み出してほしい。これは教育の問題もそうですね。将来、社会で活躍してくれる人を養成する。研究もそうですね。既存の技術的なものよりは、将来の技術の芽を生み出すようなものを期待する。知識もそうですね。

 そういうことで、やはり将来の価値を大学に託しているという長い間の積み重ねで、社会が賢くなっていると思っております。

 したがって、社会が大学を財政的に支えてきた根拠というのは、私はそこにあるのではないかと思っております。

●アカデミック・フリーダム

 学問が時の権力から分離していなくてはいけない、自由でなくてはならないということは、アカデミック・フリーダムという言葉で言われております。これは、「学問の自由」と訳してしまうと非常にニュアンスが違うので、私はアカデミック・フリーダムという言葉を使うんですけれども、これは、将来の価値を生み出すというものを大学に期待しているから、時の権力は、その中身については口を出してはいけないというものです。これは、イデオロギーとは無関係に存在しているのだと思います。

 これは、だいぶ前に、大学紛争のときには大学の自治という間違った概念で喧伝されたために、今ではほとんどアカデミック・フリーダムということを言わなくなってしまったんですけれども、世の中がこれだけ大学改革に関心を持ったときに、あるいは時の政治とか力のあるものが大学にいろいろなことを注文つける。これ自体すごくいいんですけれども、大学の人は、もう一回、アカデミック・フリーダムを再定義して、やはり歴史的に守ってきた大学の存続というものを堅持する必要があると思っております。

 これは、学問の発展を見てみますとよくわかるんですけれども、イタリアのボローニャ大学に行ったときに感激したのは、ガリレオが地動説を唱えたところの教壇がそのまま保存してあります、木でできた高い教壇が。それから、同じ大学に、人体解剖、これはもう時の権力は人体解剖なんてのはけしからんということで禁じていたのですけれども、それをやって見せて、学生にデモンストレーションしたすり鉢型の講堂がそのまま残っている。外部から役人が来ると、人体を動物に換える装置までありましてですね。

 そういうことをやったがために、学問というのは発展してきた。それがやはり将来の世の中に大変役に立っている。こういう歴史的ないきさつをよく知っている国、これはヨーロッパですね。

 日本は残念ながら、学問を形成した経験がないんですね。江戸時代に和算とかいろいろありますけれども、いわゆる西洋流の学問というものに対して、残念ながら我々は新しい学問を形成した経験がない。そういう点で、一般の方が、学問に対する考え方というのは、西洋社会とは随分違っている。

 そういう意味では、大学人がそこをはっきりと提示していく必要があるのではないかと思っております。

 特に、今度の大学改革では、学長のリーダーシップということを強く言っております。だけど、本当に学長のリーダーシップを大学で発揮するということが正しいかどうか。あるいはどこの部分に学長のリーダーシップを発揮して――どこの部分というのは、やはり教官であるスタッフは、自由に自分の価値でもって研究あるいは教育をしていくかと、こういうようなことは、はっきりと大学の中で切り分けていく必要があると思っています。

 特にこのアカデミック・フリーダムという概念は、カナダの大学に私が見に行ったときに、彼らは非常にはっきり言っていました。あそこも学長のリーダーシップを強くして、アドミニストレーション(経営、管理)を強くしたんですけれども、やはりそこの部分というのは、教官の教育とか研究に対して、外部の圧力がかかるのを防ぐという役割をはっきり言っておりました。

 それと関連して、教員の任期制というのが今日本では非常に言われておりますね。評価をして任期をつけて雇いなさいと。それは実は、このアカデミック・フリーダムとは相反する概念です。テニア(tenure)制というのがございます。これは、ある一定の能力を持った人は終身雇用すると。むしろその大学には、ぜひいてくださいという、そういう終身雇用権ですけれども、これを今、日本ではけしからんということでなくす方向に行っておりますけれども、これはある意味で、大学の自殺行為になる。

 今まであまり研究も教育もやらない先生がたくさんいたものですから、任期制ということが言われているんですけれども、大学の定常状態は、やはり非常に優秀な人に自分の大学にぜひいてほしいという意味でのテニア制というのをもう一回考え直してほしいと思います。

●大学の社会貢献

 それで、大学の社会貢献というのは、大学の使命というのは、学問の創造と伝承と普及。学問の創造が研究で、伝承が教育ですね。普及という部分は、これは社会貢献だと思います。

 今、大学の教育、研究、社会貢献と言っていますけれども、この社会貢献はあくまでも研究と教育を通しての社会貢献と言いかえる必要がある。

 そういうふうに見ますと、大学の社会貢献というのには、3つのパス(経路)があると思っております。

 第1のパスは、人間の好奇心を満足させる。これは、学問の最も重要な部分ですね。知識を創造すると。それを体系化して、文化として残していく。いわゆる人間の精神生活を豊かにする。これが実は、大学の一番の社会貢献だと私は思っております。非常に当たり前のことなんですけれども、なかなか最近そういう話をする人がいなくなった。

 これは申すまでもなく、人間が動物と区別されるのは、この精神活動ですね、精神生活。これを豊かにするのが、大学の第1の役割であると。

 第2の役割は、経済的に採算がとれないようなものでも、大学の研究の成果によって、問題を解決……。例えば、公害とか環境問題とか、地震予知の分野などもそうかもしれません。けさほど、大きな地震が北海道でありましたけれども、ああいうような経済の採算がとれないようなもの、こういうものを克服していこうというのが、やはり大学の第2番目の社会貢献だろうと思います。

 第3のパスは、いわゆる今世の中で言われている産学連携の部分でして、これは産業技術を創生して経済を活性化する。

 実はこれは、大学の役割としては非常に小さな部分だと思います、全体から考えますと。今、それが非常に大きく取り上げられ過ぎている。





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