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朝日新聞シンポジウム「転機の教育」
基調講演:寺崎昌男氏「競争ではなく、国公私大学連携へ」(2)

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寺崎昌男氏

●大学の公共性に立ち返り、国公私の連携を

 さて、きょう私が受けております注文は「では、どうしたらよいか」「どういうところに気をつけてもらえばよいか」を言って欲しいということでした。最後にそのことに触れて終わりにいたしたいと思います。

 1つは、国公私立を問わず一番大事なことは、大学そのものの持つ、あるいは持つべきに本当の意味での公共性というのを理解していただきたいと思うのです。経営原理よりも何よりも、大事なことは公共性の問題です。 国立大学のことに戻りますと、国立大学は戦後なぜ各府県に1つずつできたか、ご存じでしょうか。原則があったわけではないんですよ。各府県一国立大学設置の原則なんてありませんでした。幾つも国立大学がある府県はいっぱいありますし、東京のように4つも5つもあったところもあるし、あるいは、本当に1つしかなかった県もある。つまり、ある人口以下の府県には2校以上の国立大学はつくらない、という消極的な原則があっただけでした。

 しかし、その反面、一つずつはつくっておく必要性があったことも事実です。それは何かというと、教員養成です。教員をつくるということがものすごく必要だった。なぜか。教育改革の結果、義務教育期間が9年に延びたからです。3年間の新制中学ができた。そこに増えるであろう教員の空席をどうやって埋めるか。国立大学に供給を仰がざるを得ませんでした。

 2番目、我々が受けた一般教育を、占領軍はリベラルアーツと言いましたが、そのリベラルアーツ教育のための機関を置いておくことも、新制大学にとって不可欠でした。この2つのことが全国の県に国立大学を置いた原点でした。つまり、両者とも――1つは義務教育の普及、もう1つはリベラルアーツの普及という――日本の教育に責任を持つ大切なインスティテュートとして、今の国立大学は生まれたわけです。 これは大事なポイントでございまして、国立大学の方たちは、ただ上からおりてきたインスティチューションにあぐらをかいて座っているだけだというような言われ方に対しては、断固として反批判されてよろしい。国立大学はもともと先に申したような公共性の高い必要性に応じて、国民の税金を使ってつくられたものであります。こういうことは、今後、国立大学法人の存在理由を論議する場合、重要なポイントとして論じられるべきことではないか。

 現在、既に国立大学で持っている現資産は、文部省の発表では土地の財産だけで9兆1300億円になると言われております。私のおりました桜美林大学の調査では5兆7000億円になっております。数字が大き過ぎて大小比べられませんが、大差ないと言っていいでしょう。この5兆、9兆円という金額、これも我々が出したものであります。税金という我々が出した舞台の上で、今、進んでおられるのが国立大学法人であります。我々は初源の公共性に戻るのだということを、何度強調し自省してもおかしくないと思います。

 2番目に私学について。国立大学がもし本当に教育改革をされていったら、私立大学にとっては、正直のところ、大変なライバルが生まれることになります。何といっても、持っている資産が違うという問題があり、教員1人当たり学生数でも、両者は比較になりません。国立大学を約10人とすれば、私立大学は25から30人、学部によってはもっと大差がございます。この恵まれた条件の上で、本当に教育改革が行われたら、それは私学にとってみれば強敵ですよね。

 しかし、そこのところを、強敵が生まれるということではなく考えてみる視点というのを、私どもは持っておく必要があると思います。

 私学もまた8割の学生たちを引き受けております。その点では、やはり実は公共的なものにほかならない。慶応義塾をつくった福沢諭吉は、義塾の「義」という言葉にパブリックという片仮名をつけて理解いたしておりました。あの考え方がまさに実は私学の基本なんですね。

 私学は、宗教、教育を通じ、また、専門教育を通じてパブリックな仕事をしているということであります。私学の場合、存在自体がパブリックである。いや、転じて言えば「パブリックであるがために私学である」ということを自覚すべきだと思います。

 オックスフォードやケンブリッジのようなイギリスの大学は国費で約7割から8割賄われていると言われております。日本の私学は、せいぜい10%台の後半ぐらいならいいほうで、10%そこそこが国費で賄われております。イギリスはそれと比較になりませんが、それでも、オックスフォードやケンブリッジは国立大学になるとは言わないわけです。たとえ100%公費で賄われても、うちは私学である、というレーゾンデートルの主張の仕方をする。日本の私学は国庫助成の増額を求めることは当然ですが、併せてこういう発想の存在理由の主張を、もっともっと強めていくべきであると思います。

 3番目に、そういう視点から見ますと、我々が目指すべきものは競争であろうかということです。 既に与えられている資源の差を考えれば、本当に競争しろと言われても、今のところ競争になりません。私学の方々はそこを非常に不満に思われて、イコールフッティング(対等な立場)の競争ならするとおっしゃっております。そうでなければ、競争にならないということをおっしゃっている。これは、半分ぐらいもっともだと私は思うんですね。しかし、そこを競争至上主義ではなく考えてみたらどうなるだろうかということでございます。私は、実はこれから必要なのは、国公私すべての連携だと思います。競争の時代ではなく、実は大学連携の時代であるということがこれからの課題だというふうに考えているところでございます。

 それで思い出しますが、今年、国立大学法人の授業料は値上げになりました。運営交付金という上からおりてくるお金は1%減り、そのかわり、私学のほうの授業料の方向に沿って授業料を上げるということで、平均して1万5000円上がりました。国立の方々にとってみれば、これは大変苦渋の選択であった。大学の広報紙などを読みますと、学長さんたちがなぜ値上げをしなくちゃいけないか、それも、昔は1年生にだけ値上げがあったが、今は在学生全部に対する値上げをすることになっております、そういう値上げをなぜしなくちゃいけないか、苦渋に満ちた説明をなさっております。

 そういう情景を見るにつけて、もしその事態を競争原理で考えたらどうなるかと思います。 私学の立場で、本当に競争原理で考えたらどうなるでしょう。「どうぞ、何県の何市にある何国立大学法人も、もっともっ上げて私たちと同じ授業料になさってください、一緒に学生を取り合いましょう、競争でいきましょう」と、こうなると思うんですね。そういう言い方で大学問題、教育問題が進んでいくような時代は、終わってほしいと私は思います。むしろ、これから我々が、それこそこの国の将来をかけてやっていくべきことは、連携・連帯にもとづく高等教育の充実であり、その機会の多様な拡大であり、研究水準の全般的向上であります。そういうことをこれから原理として立てていくべきだと思います。

 あと、つけ足しになりますけれども、「国立は理系でいきなさい、私学は文系でいきなさい」と昔も言われた言い方が、ひょっとしたらこれから広がっていくかもしれない。そう見る私の友人たちがたくさんおります。国立におります友人たちです。そういう分業あり得ないとは思いますけれども、現在ですら、2つの文化、つまり、理系の文化と文科系の文化がこれだけ離れてしまって大丈夫かという声がある時に、大学がそれを分け持ったりしたら、それは大変な悲劇になると思います。

 しかし、先ほど申しましたような予算や評価の状態が続けば、先はどうなるかわかりません。ですから、やはり50%の学長さんたちが「まだわからない」と言っておられるのだと思います。「まだわからない」という答えは、非常に重い、「だれにも読めない」と同時に「結果は疑わしい」という判断を方っているのではないでしょうか。

 今、言えることは「これだけの自主改革努力をしております。おたくもどういうことをやっておられますか」と、こうやって大学相互に連携していくということだと思います。大学に企業秘密はありません。いいことは全国に広げていくべきだ。いかがでしょう。

●誰のための改革なのかを忘れずに

 最後は、大学改革のこれからのあり方についてです。 私は、東京大学で13年半教えておりまして、その前後、立教大学で約10年半教えました。両方におりましたので──たった1つずつの大学ですから、全部わかったなどと言えませんが――比較的よくわかりました。その頃、教育改革をするという必要に迫られました。 東大の頃は何をやらされたかといいますと、大学院重点化という方向にどう向かっていくかということであります。これは大変なことでありまして、その最後の時に私は教育学部長で、その責任者として、教育学部をいかに大学院重点化に持っていくかに腐心させられました。

 立教に戻りました。今度はリベラルアーツの教育を重視しよう、全学を通じる教養教育を固めようということになりました。そのカリキュラムづくりの責任者をやらされました。

 そのころ、やっていて感じたことがございます。それは、一番大事なことを、改革をしている間に忘れるということです。お互いに学者でありますから、学者として、大学全体の課題解決に献身することになりますが、その献身をしている間に、一番腐心し、心を砕くのは、お互いの調節なんですね。傷つけないように、しかし、大事なことはやっていこうと。この流れは一見美しいのですが、その時に改革主体の頭の中にある事柄の半分ぐらいは、教授仲間、学者仲間としての気兼ねなんですよ。

 これは、一面では大変大事なことです。そういうものがなければ、改革はできません。教員の下から盛り上がるモラルがないと改革はできません。しかし、そのモラルの中に、実は学者としてのエゴ、お互いの持っているくだらない縄張り意識、それから、ちょっとでもいいから楽をしたい、1時間でもコマを減らしたいというような気持ち、これが限度なく入ってくる恐れがあります。

 私がやっておりました頃に一番感じましたのは、だれのためにやっているんだということでした。だれのために教育改革しているんだ。学生のためです。学生でしかあり得ない。

 立教におりましたころ、先生方との間の本当にしんどい話し合いが終わった後、一番学生たちで混んでいる校舎のロビーのところへ行きまして、ガヤガヤした学生たちの傍に座って、それを見ているのが楽しみでした。君たちの次の世代は、もっといい1年生、2年生になれるからね。これが教養教育をつくっていたころの私の誇りでございました、あるいは、慰めでありました。

 そういう流れというのは、現在あるでしょうか。少なくとも、例えば、達成度目標を数字ではかることを要望するような評価を立てる方々にとってみたら、それはないんじゃないかという気がします。大学はどれぐらい努力しているか。これだけのことになっているのではないでしょうか。そうではない。大学のプロダクトというのは、基本的にはだれなのか。大学院生と学部の学生です。ここの目線に立つということほど、大学改革にとって必要なことはないのではないかと思います。

 最後に、現在の国立大学法人の運営に関してであります。これは、今見ておりますと、新しい運営方針ができました、経営協議会が生まれ、教育研究協議会が生まれ、その合意の上に、上のほうの役員会が決定するという、いかにもすっきりした構成になっております。もっとも、そのこと自体は、私学の目から見たら羨ましいことでも何でもない、「うちはそんなことは昔から100年間やってきたんですよ」というシステムです。ただ、その中で、やはり実質的にぜひ気をつけていただきたいと思うのは、官庁から管理職人事を通じてのコントロールであります。例えば、官庁からの事務局長の方が大学全体の管理職者、副学長などになられることは非常に多いですね。ケースによっては、成功している場合もあります。しかし、そういう流れの中で、いつの間にか、大学の非常に大事な部分、つまり、大学を1つの氷柱に例えますと、その右半分の部分をなしている事務系の方々、この部分についての構造が、公務員でないということであるにもかかわらず、変わってないということがございます。それにまた、昔と同じように本省の都合で、国立大学法人の職員の人事が簡単に動くというようなことはやめていただきたいと思います。

 それから、先ほど申しました教学に責任を持つ者の責任の範囲と、もう1つは、運営や事務に責任を持つ人の動き方の範囲を、これからの国立大学はつとめてはっきりと決めていただきたい。教授会の決めることはどこまでか。その上で決める部分はどういうことなのか。それぞれの運営機関の権限とその内容、このカタログづくりというようなのも、まだできていないと思います。これを判然と、ただし自主的にきちんとおつくりになる。そういう国立大学が生まれることを祈っております。

 歴史の話などもありまして、退屈されたかと思います。一応私の基調講演はこれで終わらせていただきます。ありがとうございました。(拍手)

 司会 寺崎昌男さんの提言でございました。どうぞ拍手でお送りくださいませ。ありがとうございました。(拍手)では、これより、舞台上のセッティングをいたしまして、引き続き討論に移りたいと思います。皆様、どうぞこのままお席にお着きになってお待ちくださいませ。

 また、本日は、大勢の方が会場にお集まりでございます。お荷物などは、できるだけおひざの上、あるいは、お足元におおさめいただきまして、1人でも多くの方がお席に着くことができますよう、皆様のご協力をよろしくお願いいたします。後ろのほうにいらっしゃる方、どうぞあいたお席にお座りくださいませ。

(舞台セッティング)


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